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2016.1.15

北朝鮮暴発の可能性

巨視的に見れば、東アジアは、世界のなかで一番安定している地域と見て間違いなかろう。
中華思想で全権を握った習政権と、安倍自民党政権が、弱体化する兆しが無いからである。この大前提が崩れない限り、たとえ、台湾、韓国、ベトナムでどのような方針転換が発生したところで大事にはなるまい。そして、生活レベルが向上した東南アジア地域での動乱発生もおよそ考えにくい。
マ、それは比較の問題ではある。・・・EUはデフォルト騒ぎ勃発の可能性さえあるし、さらなる政治的混迷はさけられまい。なにせ、周辺のロシア・ウクライナ・トルコ・サウジは何を始めるかわかったものではないからだ。

しかし、東アジアで忘れてならないのが、北朝鮮のリスク。

2015年末、金養建 政治局委員/統戦部長が、"交通事故"死。73歳。
「金日成同志和金正日同志的革命戰士,金正恩同志最親密的戰友」とされ国葬。

北朝鮮では以前から、幹部の交通事故死が多い。表だった粛清合戦を避けた権力闘争の一手段と見てよかろう。素人的には、ついに来たか感がある。

時あたかも、"North Korea's Kim Jong-un 'in H-bomb claim'"@BBC 10 December 2015のなか、金正恩第1書記[33]肝入りの牡丹峰楽団北京公演中止。我が首領様の顔に泥を塗るようなことが発生したわけで、小中華思想に染まっている朝鮮半島では、実際に関係があろうとなかろうと、誰かがその責任を被ることになる。その観点では早速の動きといえよう。
国際的な動きを知る高級官僚層と、ドメスティックな軍人層の間の路線対立が再び先鋭化してきたということでは。

簡単に権力構造を見ておこう。・・・
直近の人事決定は2015年4月の最高人民会議。そこで最高権力機関たる国防委員会のメンバーに指名され、副委員長となったのは3名。黄炳瑞[66]、李勇武[90]、呉克烈[85]。要するに、黄炳瑞采配の確定。
これを支えるのが、粛清された玄永哲人民武力部部長、金元弘安全保衛部部長[70]、崔富日人民保安部部長[70]。さらに、空軍制服組の李炳鉄、ミサイル生産部門の趙春竜、それに、慈江道担当という以上の情報を欠く金春燮。
軍需畑の朴道春[71]との入れ替わり。(引退ではなく、核兵器専任者に転出した可能性が高い。)

一方、朝鮮労働党だが、中央政治局は常務委員3名体制。最高負責者たる第一書記¶に次ぐNo.2は金永南人民会議常任委員会委員長[87]。しかし、国防委員会メンバーではないから、実質的には黄炳瑞 中央軍事委員会副委員長/国防委員会副委員長[66]
これに次ぐ委員は10名程度のようだ。
上位は、朴奉珠(朴鳳柱)首相[76]と金永南の弟 金己男¶中央宣伝鼓動部部長[86]らしい。崔永林前首相[86]は名誉職からフェードアウトか。
金正日の妹で2013年に処刑された張成沢が夫だった金敬姫¶[69]も委員だが、常識的には粛清されたとみるべきだろう。
青年同盟を基盤としている崔竜海¶[60]は、地位を確保していそうだが、確定的ではない。
金正恩的生母高英姫の逝去@2014をもって国防委副委員長を退任した金永春[79]も事実上活動をしていないようだ。
最高人民会議からは、崔泰福¶議長[84]と楊亨燮常任委副委員長[89]
外交畑は姜錫柱¶国際部長[76]
国防委員会メンバーからは、李勇武[90]と金元弘[70]。朴道春¶[71]が異動しているとも。
尚、¶は中央書記局メンバー。候補委員の書記局メンバーは4名。死亡した金養建が含まれていた。

いかにも、軍部と官僚が半々づつという組織。統戦部長は軍部ではなく官僚だが、国防に係る領域への越権的関与が進んでいたのは間違いなかろう。
これが平穏にすむ訳がなかろう。

ご存知のように、金正恩時代に入るとともに、開戦体制が敷かれ、ロケット砲・ミサイル発射等々による軍事緊張を煽る路線が始まった。
王朝交代期なので、いかにもありそうなこと。だが、金正日型の軍部ガス抜きが上首尾にできるとは限らない。開戦の危険を孕む状態だったと思うが、どうやら大事にならずにすんだ。
と言うか、先軍から、党官僚主導に持ち込むことに成功し、軍部の好戦派を排除し軍事緊張を解いたにすぎない。その結果、日本の経済成長率を若干とはいえ上回る数字を出せたし、金新王朝への支持率も今迄にない程高めたらしい。従って、この流れが奔流化したように見えた。

そうした流れの象徴が、統一戦線部長が主導して実現した電撃訪問の南北高官対話@2014年。「大韓民国」として扱うという異例の措置。金正恩“接班”たる実質的No.2と共に訪れたのである。
そして、軍部が画策したと思われる2015年8月の南北武裝衝突も、板門店緊急対話で解決に。こうした経緯を見る限り、どう見ても、南北対話を進めることで、米国との和平も近づくという発想の路線。

しかし、その官僚主導の緊張緩和路線と真っ向から対立する、平和路線を幻想と見なす勢力が軍部に存在しているのは紛れもなき事実。
そうした勢力にとって、首領様直属の特権的的統戦部長は目の上のたん瘤だったに違いあるまい。そして、ついにその切除に成功した訳である。
悲願の朝鮮半島統一のため、命を捨てる覚悟ありかとの踏絵で、軍事部門を握ろうとする勢力が伸長しかねない素地ができたことになる。暴発の可能性が一気に高まってきたのでは。(軍部若手の跳ね上がり分子から見れば、2016年はオバマ大統領がレイムダック化してなにもできないから、ここを逃すべきでないとなる訳で。)

ただ、現行の外交路線は、緊張関係を避けるための融和型。暴発もできる限りさせない筈である。
これは平和路線への転換ではなく、軍の組織再編期にさしかかっているからにすぎない。ここを理解しておく必要があろう。

それは、新年の辞からも想定可能。この演説の肝は、新時代を切り拓く一大行事たる、36年ぶりで開催予定の党大会への言及。
先軍話はもちろんのこと、それに代わって打ち出された軍備と経済の両輪話が強調されることもなかった。そのため、大会では経済躍進路線が打ち出されるといった調子の解説が多い。

おそらく、対外的に発表される党大会の中心議題はそうなるだろう。
しかし、その目論みは軍の近代化以外に考えられない。パルチザン時代の民兵組織的様相を残す軍を、本格的な戦争が可能な体制(儒教王朝の軍隊。核兵器は抑止力ではない。)へ変革することこそが次のステップなのは自明だからだ。
民族解放に立ち上がり、建国を成し遂げた祖父。敵国に対抗できる核武装を実現した父。3代目として、この2つの栄光を引き継ぐには、なんとしても、朝鮮半島統一への足がかりを構築した証拠を示す必要があるからだ。それは、こうした軍事能力強化以外にありえまい。経済建設は、その観点ではほとんど意味が無かろう。

北朝鮮にとっては、軍の組織再編とは社会変革そのもの。様々な利権が絡むなかで、青写真通りに進む可能性は低かろう。一枚岩の組織の訳もなく、跳ね上がり勢力が動き始める危険性が増す。

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