表紙 目次 | 2017.5.6 大統領選挙で見る時代の流れ米仏の2つの大統領選挙を眺めていると、国際的な流れが見えてくるので、書きとめてみた。日本人にとっては、馴染みの薄いフランス政治だが、第1回投票では、4候補が得票率24〜20%で並んだ。 小生の見るところ、それぞれの候補の特徴はこんな風に映った。・・・ 先ず、決選投票に臨めなかった2候補であるが、旧式イデオロギーに縛られている感じを受けた。以下のように描くと、両者は対称的に位置付けることができる。 ○ フランソワ・フィヨン(共和党) 部外者には、宗教による国民統合へと進もうとしているように感じさせるが、実政策では、功利主義的グローバル経済化推進であるから面白い。しかし、世界で見ればトルコやインドといった大国の現政権がそうした体質を示しており、一つの流れであることは間違いない。それが、先進国でも潮流化している訳である。 ○ ジャン=リュック・メランション(左翼党) マルクス主義的サヨクであるから、宗教人種についてはリベラルを打ち出すしかなく、原理主義的主張に埋没しているように思われる。 フランスはクリスチャンの農民が多い国でもあるから、サヨクとして、経済グローバル化反対を貫くことになる。NATO脱退も主張することになる。 理念的には、どうもインターナショナルとは口だけにすぎず、一国的"世界市民像"を夢想しているように見える。 前者は、米国で言えば、元大統領のブッシュ型に近い。あくまでも、大国として動くべきという発想が根底にあり、そこには宗主国体質がにじみ出る。 ブッシュの場合は、それに福音のグローバル布教的感覚がのっかったのである。 後者は、最後までクリントンの対立候補として残ったサンダースそっくりである。その思想的根底は自称社会主義ではあるものの、本質的には貧者主体のキリスト教精神の復活としか思えない。主張に合理的根拠を欠くからである。 当然ながら、金融グローバリズムへの嫌悪感は相当なもの。これはギリシア〜南欧のような国々なら支持される可能性が高いが、イノベーションで経済発展を図ろうという国で一大潮流になるのは異常である。地産地消のアーミッシュ型コミュニティを理想としているような思想としか思えないからである。もともと、一国経済で成長の勢いが止まりそうだから、経済圏の拡大になるのであって、福祉国家化と補助金交付が進むのは交易拡大の結果得られる利得を回せるからできる話。ただ、米国は先進国にもかかわらず福祉国家化を避けただけのこと。米国は今からそれを始めようとしても無理である。 一種の信仰というか、夢想を振りまいて、人々の熱情の政治をしようではないか、という感覚なのであろう。従って、自分達が嫌われる理由も全くわからないのである。人種的排斥が高まっているのは、事実上テロリストの存在を容認しているコミュニティを問題視するからで、しかもそのコミュニティは他のコミュニティと同化する気ゼロであるからこのまま放置はできまいというだけの話。ところが、その感情を逆撫でする主張しかできないから、国粋勢力に人々を押しやる結果になってしまう。それでかまわぬというのが、こうした人々の考え方であろう。 結局、決戦投票に残ったのは、中道と極右とされる候補。 ○ マリーヌ・ル・ペン(国民戦線) 排他色濃厚な国粋主義による統合を訴える候補であるため、マスコミから敵視されてきたが、人気上昇一途でここまで来たということ。当然ながら、激烈な反官僚体質である。思想的には過激な反リベラルだが、同時に功利主義を表に出すことを厭わないので、大衆感覚に一番合致している候補であるのは間違いなかろう。 早い話、フランスは大国としての威信を取り戻すべし、という単純なウヨクの思想そのもの。(一般にウヨクはユーロ離脱大好き。経済大国がそんなことを始めれば金融機関総倒れとなろう。そういう事態をも作りだせる力を持てることが嬉しい人達と見て間違いない。) ○ エマニュエル・マクロン(社会自由主義政党アン・マルシェ!) すでに述べたようにカソリック農民国であるから、経済グローバル化は好まれない筈だが、この候補は経済グローバル化による地域安定化を目指しているように見える。規制撤廃を含む経済改革政策を取り入れた実績から見て、経済成長施策を優先するのではなかろうか。 そういう点で、大衆とはかなりの齟齬がありそうに思うが、脱国粋主義と宗教的寛容の現実主義者に映るから、支持が集まるのであろう。 米国で言えば、前者はまさにトランプ型である。政策立案や実行に興味がある訳ではなく、国家の威信発揮ができればよいのである。 この体質の大統領は、比類なき軍備を誇る大国の最高司令官として動いていることを見せつけることを重視する。それにより、議会も民衆も自分についてくるしかなくなるという単純な発想。だが、実際、そうなる可能性は高い。 表だって言わないが、独立国として、キリスト教精神を復活しようではないかという、隠れたメッセージが流れていそう。従って、自由を束縛する官僚機関に対しては嫌悪感剥き出しとなるし、国際官僚をはびこらせる自由市場の世界を容認すべきでないとなる。 その一方で、功利主義が表面化することになるが、それが現実社会であるとして肯定することになる。 こうした流れは、大国ではない、東欧諸国で見ることができる。先進国的扱いではあるものの、大半の人々は発展途上国的状況に押し込められていると感じており、その原因をグローバル化にあると見がちだから、反グローバルを掲げるのは当然の姿勢。しかし、損得勘定と安全保障上の必要性があれば、国際化には喜んで乗る。 後者は、クリントン型と言えなくもない。 その精神に見え隠れするのは、反コミュニタリズム的キリスト教的信仰だからだ。 安全保障感覚も、そこらから来ているとすれば、最重要視するのは、産軍複合体による自発的な核戦争阻止の流れであろう。 ここらが、自称サヨクには全く理解できない点。産軍複合体は、局所戦争勃発を防止する方向には進まないが、大規模戦争を抑止する体質。 資本主義であろうとなかろうと、どのような宗教であろうが、戦争のタネは転がっているという現実を踏まえている訳だ。(トンチンカンな事務総長と国連官僚が差配し、失敗が決まっても面子で国連軍を派遣させ続けさせた、スーダンの現状を見れば、当たり前の姿勢である。) 要するに、エネルギー・食糧を筆頭とする経済利権は戦争の火種になるのは自明であり、それを防ぐのはグローバル経済進展と見ているといってもよいだろう。そこから生まれる利権を覇権国が押さえることで世界の安定を図ろうということになる。 こうして眺めると、国際社会は急速に安定感を失っていると見て間違いなかろう。それを後押ししているのが、実は自称サヨクである。 米ソ冷戦時代なら、反NATO反軍運動は母国の安全を強化する動きに繋がったが、今はそれが逆効果となる時代である。そして、クリントン型政治の終焉も安全保障体制を一変させるインパクトを与えることになろう。 クリントン型とは産軍複合体構造の温存。それが、大規模戦争を防いできたのは紛れもない事実。 そして、企業よりなのは、成熟社会なら当たり前の話。それなくしてはイノベーション抑圧になりかねないからである。企業がイノベーション創出に興味を失ってしまったら、老人だらけの社会になっていくのだから、早晩持続不可能に陥るのは自明である。しかし、その道を選びたい勢力が伸びているのが現実。 そして、ついに、ルペン、トランプ、プーチンといった国家主義者が前面に出て来たのである。抜き差しならぬ国家間紛争の火種を播き散らすことになろう。 そうなると、一番厄介なのは、オバマ政権が始めた核兵器近代化の流れ。再び、国家主義的な核兵器増強時代に戻ることになるからだ。しかも、産軍複合体構造が壊されていく。司令官が核のボタンを押すことがあり得る時代に入ったのである。 政治への発言の目次へ>>> 表紙へ>>> (C) 2017 RandDManagement.com | |