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2005.8.16
 
 


魏志倭人伝の論議について…

 お休みに、古墳時代をとりあげた著作を乱読してみた。
 適当に選んだので玉石混交だったが、ビジネスマンの夏休みの気軽な読み物としてはお奨めである。
 時代の流れを読む際の反面教師役としては、これ以上のものはないと思う。

 なんといっても特徴的なのは、「○○の謎」といった雰囲気の本が多いこと。もちろん、本を売るための訴求の手だろうが、各著者が勝手な視点から分析するという点では、これほど意見がバラバラなのも珍しい。
 正直な印象を言わせてもらえば、隣の家の昨日の献立表を見て、その前日の献立表を推定しているような論議ばかりだ。興味があるなら、読者も推定してみたらという気になるから、古代ファンをつくるという点では優れた本とも言えそうだ。

 しかし、どの題材をとっても、謎があるようにも思えない。
 ほとんどの著作は学術解説書というより、フィクション本に近い。

 どうしてこうなるかといえば、この学問分野の主流派は、発掘物の形態分類学者だからだ。古典的な博物学の世界が続いているようだ。
 従って、この分野で目立ちたいなら、新しい発掘物を報告するか、データの見方を変えるしかない。前者は難しいから、色々な見方が登場することになる。

 もちろん、新しい見方を提起すること自体は結構なことだ。しかし、どうしてそのような見方をするのかわからないものが多いのである。これでは、思いつき分類と呼ばれてもいたしかたあるまい。

 しかも驚かされることがある。本によって発掘データが微妙に違うのだ。この分野では、発掘物のデータベースはないようだ。おそらく、データを共有しないのである。発掘物の占有権こそ、学者の命ということなのだろうが、共通の基盤で議論はしたくない学者が多い訳だ。

 もっとも、銅鐸1つでも、ただならぬ値段だから、無料で発掘物データを使わせないのは当然ということかもしれないが。

 そして、気付くのは、科学的分析データの余りの少なさ。下手に分析されると、折角見つけた新しい見方が否定されるとこまるから、余計なことはさせないということだろう。
  → 「キトラ古墳問題の本質」 (2004年7月23日)

 学問の進歩の観点では、最悪の仕組みが貫かれていると言ってよさそうである。

 それはさておき、ビジネスマンならどう考えるか、述べておこう。

 例えば、“邪馬壱国”がどこにあるかの議論にはほとんどついていけない。

 ほんの僅かな文章をもとに、旅程と方角をどう読むか、皆がああでもないこうでもないと勝手に想像するのである。・・・著者達にとっては論理的分析を行ったと考えているらしいが。
 自分が所有しているデータの細部を徹底的に分析し、新しい見方を提起するだけの学問に慣れ親しんでいると、僅かな共有データしかない場合、新しい見方の提起競争を始めるとどうなるかがよくわかる。
 当然ながら、素人も玄人も質は全くかわらない。

 原文(1)を眺めれば、ビジネスマンにとっては、「魏志倭人伝」の記述など謎でもなんでもない。
 歴史の教科書に引用されていた大昔の地図を覚えているならすぐに本質はわかる筈だ。測量などなかった時代、どの国にとっても、地図とは世界の見方を示すものでしかない。地図とは数値データをまとめた分析書ではない。
 「魏志倭人伝」も同じことだ。要するに、中華思想で周辺国をどう位置づけるかが記載されているだけの話だ。旅程と方角を、その通り読めないのは当然だろう。

 東西南北の広大な辺境地帯があり、それぞれに未開な地域が広がっているとのコンセプトができあがっている。西南北に匹敵するよう、東にも同じ状況が必要なのは言うまでもなかろう。従って、大きな朝鮮半島になろうし、その先にには、さらに広大な島国「倭」が欲しくなる。その位置は東でないとこまるのである。すでに頻繁に交流がある朝鮮半島は北東に位置するから、その北東はこまる。「倭」は中国の東側に欲しいのだ。
 こんな観点で、歴史著述の専門家が、訪問記を解釈したのが「魏志倭人伝」だろう。どう記載されるかは言わずもがなである。

 三角縁神獣鏡についての議論も同じである。中国にない鏡がこれだけ沢山国内で出土するということは、太陽神信仰が津々浦々まで普及していたことを示す以外に考えられないではないか。従って、重要なのは、三角縁とか、神獣の意味である。この意味付けこそが新しい見方だと思う。
 三角縁神獣鏡とは、鏡を使うご祈祷勢力が提供した国産バージョン以外に考えられまい。鏡の製作場所を知りたいなら全点を元素分析すればよい。

 鏡をどこで作ったは、神がかり品だから、必ずなにがしかの跡が残る筈だ。全国を調べれば製作地がわかるだろう。
 しかし、そんな労力はかけたくないし、発掘とは違う学問分野だから、学者達はやりたくないのかも知れない。もっともわかってしまえば、あでもない、こうでもないと想像できなくなりこまることになるだけの話ともいえそうだ。

 ビジネスマンが行っている将来予測も、このような過去の推測と同じようなものだ。推測の質は、コンセプトがどれだけ本質を突いているかで決まる。細かにデータを分析することではない。

 高校生の時、和辻哲郎の本を読んで、銅矛文化圏と銅鐸文化圏というコンセプトを知った。面白かったが違和感を覚えた。矛と鐸は違うものだ。青銅が何に使われるかという視点で眺めて、本質的な文化の違いがわかるとは思えなかったからである。
 それに、青銅と鉄が同時期に入ってきたから、海外のような青銅器文化は日本にはなかった筈である。鉄が青銅を代替する時期はなかったとすれば、青銅の独特の意味があったか、鉄より楽に作れるから青銅器が普及したと思う。その解説なしに、想像を巡らされても納得感は薄い。

 つい、こんなことを考えてしまったのは、未だに、なんの証拠もなく、銅鐸を祭器と決め付ける記述が目につくからである。それではどんな時に使うのか解説して欲しいものだ。祭りなら、村落集団毎に存在するだろうし、葬祭ならそのような場所に集中する筈だ。そんな証拠はないではないか。
 そして、忽然と消え去る。この時代だけの特別な宗教儀式があったというのだろうか。それはどんな宗教なのか説明して欲しいものだ。
 ビジネスマンには、そもそも名称が気に食わない。機能的に見れば、どう見ても、これは大型の鈴ではないか。それなら、権力者にとって、大きな音を出す用途を調べればわかってくる筈だ。あくまでも祭器というなら、現在受け継がれている、拝殿礼拝とか、巫女さんの踊り用の鈴の原型ということだろう。葬儀後に「神」となった故為政者を呼び出すために使われたということかもしれない。

 こんなことを考えてしまうのは、「魏志倭人伝」の記述の凄さにある。倭国では、服喪中は肉を食べないし、埋葬後は川へ行って禊をするという。葬式帰りのお清め習慣はこのころすでに確立していたことがわかる。

 ついでに、もう一つ指摘しておこう。
 前方後円墳についてのデザイン論争もよくわからない。

 意味を考えたら極く自然な形だと思うからである。
 葬儀のしきたりが現在まで連綿と続いているとすれば、前方後円墳は当然の形だろう。倭では、権威ある王が逝去すれば、神としてあがめられる。そのための儀式を墓地で行うとしたらどうなるか。もともとの墓地の形態は盛り土の円形。これに斎儀用の四角な部分が付属することになる。
 要するに、前方後円墳の存在は、こうした宗教観を共有している地域というにすぎないのではなかろうか。

 細かなことばかり見たい人が多いようだが、先ずは大きな仮説をつくるべきだろう。そうしないと、抹消的な想像談義に陥るしかない。

 そもそも、弥生時代という名称が意味不明である。石器時代、火を使った土器時代、といった区分なら説明不要だが、いったい弥生式土器とは何を意味しているのか解説してくれなければ、どんな時代なのかさっぱりイメージが湧かない。土器の違いがそんなに大きなインパクトを与える理由が素人には皆目わからないのである。

 知りたいことは土器の形ではなかろう。
 軍事技術は。食糧調達は。宗教は。交易の鍵を握る産品は。そして、どんなマネジメントスタイルだったのか。・・・といった点が知りたいのである。ここを出発点にしない限り、瑣末な話にならざるを得まい。

 皇位を保証するのは「八咫鏡」「草薙の剣」「八坂瓊曲玉」ということがわかっている。しかも、鏡に関しては、第10代崇神天皇の時代までは天照大神として宮中に祀られていたとされている。従って、この時代の状況を知りたいと思ったら、鏡、剣、玉を中心に調べるのが筋だろう。

 例えば、鏡は卑弥呼が扱ったなら、剣は間違いなく弟の担当になろう。そんなマネジメントスタイルの国家だったとしたら、実質的な王は弟ではないのか。弟が独占的な鉄剣の入手ルートをコントロールしていたということだろう。そうなると、北九州は、中国からの輸入管理役を担う、倭の出先王国だったということだろう。このコントロールが困難になれば、鎖国政策をとることになろう。

 又、「魏志倭人伝」に記載される真珠が主交易品なら、それはどこで採取できるのか。
 こんなところがキークエスチョンではないのか。

 そして、この答えが読めれば国の位置の推定方法も自然にわかってくると思うのだが。

 --- 参照 ---
(1) 「魏志倭人伝」[三国志魏書東夷伝倭人条],「後漢書東夷伝」,「晋書四夷傳東夷条」,「宋書倭国伝」
  http://www.ceres.dti.ne.jp/~alex-x/kanseki/menu01.html

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