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2007.6.11
 
 


日立のハードディスク事業を眺めて…

 日立製作所の問題児の一つは、ハードディスク事業である。買収したIBMの事業が主体であるが、今もって不調が続いている。
 買収してもプラスにするのはかなり難しいと感じていた人も多かったと思うが、その割に批判の声が強まらなかったのは、開発拠点が日本にあったからだと思う。この人材を生かせる企業に、是非受け継いでもらいたいと感じていた日本人の期待が集まっていたのである。
 しかし、それも何時までも続かない。
 資本コストを越える収益を稼げる可能性が薄いなら、抜本的見直ししかあるまい。

 もともと、ハードディスクの分野は、経営書やケーススタディの例によくあがる位で、戦略展開の議論が活発な領域と言える。勉強し易いのだが、このため、ミクロで戦略を考えがちになる。これは、危険なのである。
 と言うのは、ミクロの話だから、競争相手に動きを想定されてしまうからである。当然ながら、対抗手段を打たれてしまう。そのため、理屈では成功する筈でも、現実には、さっぱり奏功しないことが多いのである。
 日立製作所の場合も、これに当てはまるのではなかろうか。

 そう想像してしまうのは、日立製作所は、徹底的な競合分析が十八番の企業だからである。これ自体は悪いことではない。競合を凌駕するためには、必須業務でもある。
 しかし、競合分析に力を入れれば入れるほど、ミクロの視点が強くなり、マクロでの競合評価や、自社のポジショニングができなくなってしまうことが多い。

 そんな危惧の念を抱くのは、買収に当たっての、日立製作所の姿勢がよくわからなかったからである。

 これに対して、IBMの事業売却方針は明瞭そのものと言える。
 間違ってはこまるが、資本コストを割り込むような事業だから、事業売却は正当という意味ではない。ハードディスク事業をどう位置付けるかという話である。
 IBMの全社方針は語ってもらわなくても、想像がつく。コンピュータ業界の用語で言えば、顧客の「ミッションクリティカル」な要求に応えた高収益事業を目指すということ。顧客が膨大な収益をあげるための武器になるような部分を支援するビジネスに徹しようということ。ここを狙えば、自動的に高収益事業になるのは目に見えている。こんなことができる根拠が「技術」なのである。
 従って「コスト+プロフィット」的な事業になりかねない、ハードディスク分野は避けたいのは当然の帰結。

 IBMの全体のビジネスを眺めると、上流から下流まで、この方針が貫徹されていることがわかる。

 先ず、部品だが、汎用のCPUなど意味が無かろう。マッキントッシュのCPUは止めて当然。しかし、特定用途プロセッサは「ミッションクリティカル」な支援をするために、これから重要になりそうだ。・・・技術の流れをそう読むなら、CPU事業は捨てられないということ。

 それでは、ハードディスク事業は、どうだろう。これは、DRAMと同じような役割しか果たせないのではなかろうか。この先、膨大な記憶容量が必要だから、キー部品と言えなくもないが、特別な設計のディスクが顧客に大きな満足を与えるというより、ディスクをコントロールする仕組みの方が重要なのではなかろうか。・・・これこそが、技術戦略論議である。ミクロではなく、マクロでの視点での位置付けが重要なのだ。

 ミクロな論議に陥ってしまうと、それこそ、ヘッドコントロール技術の優劣ばかり検討したりして、木を見て森を見ずになりかねないのだ。
 それはそれで重要だが、そんな論議をしているだけでは、なかなか勝てない。競合も同じような議論をしているからである。

 マクロの視点とは、何を意味するか、ハードディスク事業を売却したIBMの立場で考えてみるとわかり易いかも知れない。

 例えば、マクロで見れば、パソコン事業売却は、誰が考えても、自然な方針である。営業上、製品ラインにあれば確かに便利ではあるが、それ以上ではなかろう。特殊なサーバを提供するなら、「ミッションクリティカル」に繋がるかも知れぬが、汎用パソコンなどいくら高度なものでも、顧客の経営に大きなインパクトを与えるものになるとは思えないではないか。
 この考え方はソフトでも当てはまる。
 OSやミドルウエアをオープンソースや外部に頼ることは当然のこと。「ミッションクリティカル」なアプリケーション構築に適したものを利用するのが一番なのは自明。
 こんな分野で標準をとりに行く力があるなら、そんな事業は高額で売却して、その資金で「ミッションクリティカル」なものに繋がるものを加えた方が良いに決まっている。

 要するに、IBMの事業の核はアプリケーション・ソフトの構築なのである。言い方を変えれば、それは顧客毎のウエブベースの情報システム構築ということになろう。当然ながら、どのような情報システムを構築すべきかを提案する力がなければ、話にならないから、コンサルティング事業も不可欠となる。
 くどいが、IBMが狙っているのは、一般的な情報システム構築ではない。そんな事業は「パーツ&レーバー」となり、低収益化は免れまい。コスト削減型ビジネスは願い下げなのだ。

 この方針が貫徹されているから、上流から下流まで、様々な事業を上手く繋げて、競争力強化を図れるのである。
 これこそが、シナジー効果である。

 一方、日立製作所は、グループ全体で総合力を発揮するという方針。
 しかし、外部の人間には、この方針が、どうもピンとこないのである。
 言うまでもないが、要素技術で考えれば、IBM+日立製作所のハードディスクに関する技術部隊の力は相当なものになる。(1)さらに、グループ企業には材料技術まであり、本気で技術者を投入すれば、強大な力を発揮できるのは間違いなかろう。
 だが、これはあくまでも、理屈。
 一般に、いくら優れた要素技術が揃っていても、勝てるとは限らないのが現実。21世紀の技術マネジメントは、要素技術の優劣勝負ではなく、技術マネジメントでの知恵の勝負なのである。自社独自の技術体系を編み出し、これを競争力の源泉とするだけのこと。
 別に難しいことではない。他社とどこが違うか、その違いをどう利用すると勝てるのかを、はっきりさせるだけのことだ。
 これが曖昧であれば、どうすれば勝てるのかさっぱりわからなくなる。要素技術での戦いに終始するしかない。いわゆる、ガンバリズムの鉢巻戦術になる。
 日立製作所もこんな道には進まないで欲しいものだ。

 気になるのは、「新技術、新製品による競争力強化」との宣言。(1)

 どこが、競合と違うのか、外部からはわからない。
 新製品比率、大手顧客の品質評価、といったマネジメント指標を設定し、指標で管理するというのはマネジメント方法としては王道だが、問題は、この指標が収益性改善に繋がるとの根拠がはっきりしない点である。

 なにせ、業界リーダー、Seagateは、果敢に同業(Conner, Quantam[Maxtor])を買収している。どう見たところで、規模の経済を活かそうということだろう。生産・開発拠点の統廃合を進め、自製部品の使用量を増加させると共に、調達コスト低減を狙うに決まっている。コスト削減効果は相当なものになろう。
 それに、シェアこそ小さいものの、後発のSAMSUNGは、大型顧客獲得と、低コスト生産体制の工場を武器として、挑戦してきている。
 コスト競争を仕掛けられているということではないか。(3)
 それに対して、「新技術、新製品による競争力強化」で対抗すれば勝てるとの根拠はよくわからない。
 教科書的に言えば、先に新製品を出そうと図る高コストな企業に対しては、すかさず同等品を安価で上市する作戦で対抗することになる。先を走ると赤字化するように仕向けるだけのこと。

 従って、こんな作戦を蹴散らかして、先を切り開く力があると考えているのか、はっきりさせる必要がある。力不足なら、先端仕様を喜ぶセグメントに特化するしかない。そういった方針がはっきりしないと、勝てるシナリオにはなるまい。

 実に、心配である。
 優位性が発揮し易い、ビデオレコーダー用ハードディスク分野での展開を目にしているからでもある。
 本来なら、チャンス到来なのだが、そうなっているようには思えない。外から見ると、テレビ事業強化の武器として利用されているように映るのである。もちろん、テレビ事業が、業界リーダーならそれでもよかろうが、そんな状況からほど遠いポジション。赤字の「部品」事業が、弱体の「機器」事業を応援している状態としか思えない。常識から言えば、無理筋である。

 同様に、ディスクアレイ事業との関係も、今ひとつはっきりしない。ディスクアレイ事業からすれば、巨大容量・高速アクセスの新製品は欲しいところだ。この事業のために注力すれば、当然ながら外販製品の開発力は削がれることになる。ディスクアレイ事業が業界リーダーであるから、この意思決定も簡単ではなかろう。

 社内の総合力とか、統合で力を発揮するというのは、直接的な繋がりがある場合はいかにも成り立ちそうに思うが、奏功するのは、両者の戦略に齟齬がない時だけである。両者の戦略そのものが曖昧だと、齟齬があるかどうかもわからないから、シナジー効果など生まれようがない。
続く>>>

 --- 参照 ---
(1) 古いデータだが特徴は把握できる.
  特許庁 特許出願技術動向調査報告書 「高密度ハードディスク装置に関する特許出願技術動向調査」2002年
  http://www.jpo.go.jp/shiryou/pdf/gidou-houkoku/hdd.pdf
(2) http://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2007/05/f_0528a.pdf
(3) 他の日本企業は小型品に特化している。


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