2010年秋の五中全会は、日本流に言えば、粛々と議事が進んだ静かな大会だった。目玉をあげるとしたら温家宝首相の「政治改革」演説だろうか。ただ、内部的には、予想通りの、習近平軍事委員会副主席の実現が一番の注目点であるのは間違いない。
この人事から見て、江沢民前主席系勢力が権力を握ったとの見方もできそう。ただ、江沢民前主席の動静情報が無いので、そう見てよいのかよくわからなかった。なにせ、建国61周年式典や北京での一大葬儀に欠席しており、そんなことは滅多にあることではないから、病気とか失脚の噂が飛び交っていたのである。
それが、11月末に突如登場。 (≫江沢民成都休養現身都江堰游玩 戒備森厳 Baidu)
う〜む。四川の省都、成都か。
コレ、江沢民派が権力闘争に勝利したことを見せつけた極めて重要な動きでは。ということで、少し考えてみた。
江沢民路線の一大特徴は、共産党権力者の権益拡大を阻む勢力を徹底的に押さえ込むこと。従って、権威主義的な姿勢の政権とならざるを得ない。当然ながら大衆には不人気。
一方、現政権は、主席と首相が揃って、大衆との親和重視で動いてきた。お蔭で大衆人気は出たが、逆に党内人気は今一歩の筈。上海市の社会保険基金をめぐる汚職摘発で、江沢民派と目される市の幹部を大量に失脚させることはできたが、そこまで。人民解放軍の既得権益には手をつけるどころか、権益拡大を認めるしかなく、結局のところ、力を発揮できないまま。と言うか、粛清を避けるには、それが一番ということなのだろう。
これを踏まえて、“四川訪問”を眺めると、何を意味しているのか想像がつく。・・・「打黒除悪」、「三項治理」を支持し、四川大地震後の解放軍と共産党による治安維持を賞賛し、これを全土に広げようとの仕掛けそのものでは。そうだとしたら、まさに、権力闘争の結節点的な動きと言えよう。この先、大衆との親和重視路線に邁進してきた俗に言う“改革派”勢力は一掃される可能性が高い。
(“Chinese prime minister censored by Communist party”[Telegraph 2010.10.13]はどうも本当の話だったようである。)
おそらく、国内の矛盾が余りに目立つようになったため、江沢民路線に戻そうということだろう。もともと、先進国的な地域と真正発展途上国的な地域が同居するという前代未聞な国家であり、矛盾だらけ。そこに急速な経済発展だ。社会が極度に多様化しているのは間違いなく、至るところで齟齬が生まれている筈。反政府運動が何時何所で発生してもおかしくない状況と見てよいだろう。
そこに、米国の量的緩和策が襲う。
マネーが流入するのは間違いない。ところが、為替水準を維持し貿易黒字を続けるしかない。国内のインフレ必至で、それを止めるのも難しいという事態に落ち込むことが予想される訳だ。その結果はわかりきった話。低所得層が困窮化し、社会対立が激化する。これを放置すれば、反政府暴動に繋がる。
独裁国だから、先ずは、生活必需品の価格上昇を力で押さえ込む施策から始めるだろうが、生産者は私企業であり赤字生産するわけがなく、供給が細り、闇市場が生まれ、価格暴騰を招くだけ。市場経済導入と独裁政治の齟齬が表面化する訳である。インフレ化速度によっては、2011年春節の食料品需要に応えられなくなる可能性さえある。暴動で首相退陣もないとはいえない。
それを見越し、反政府運動勃興を避けるため、江沢民路線復帰を急いでいると考えるとすべてが合点がいく。
取り急ぎ、権力主導でのガス抜きが行われることになる。
先ずは、対外的な緊張関係を煽る小技の連発。
中華思想に訴え、反政府運動化を防止するだけのことで、どこの独裁国でも用いる安直な一手。インターネットを用いた大衆操作体制を作り上げており、いつでも指導部がGOで動ける状態だったのだから、当然の流れと言えなくもない。米中の市場統合は進んでおり、今更、それを逆戻りさせることはできないが、ある程度の米中緊張関係は覚悟の上だろう。
“南シナ海”と“尖閣諸島”の動きはその第一歩。長らく、核心的利害対象は、チベット、台湾、ウイグルに限定してきたが、それを撤回し、ここを新たに紛争地化するということ。ケ小平流の東アジア安定化路線をついに放棄したのである。
その象徴が、“毛岸英”賛美キャンペーンである。言うまでもないが、人民解放軍主導体制強化のためのもの。韓国による朝鮮半島統一は絶対に認めないという姿勢を示したともいえる。対外的には、覇権を望まず、朝鮮半島の緊張緩和邁進を広言しながら、国内的には国粋的な動きを煽るという綱渡り政策。
さらに、Liu Xiaobo投獄問題で、先進国への対峙姿勢を明確にした。これこそ、まさにまってましたというところでは。国内の反江沢民勢力をはっきりさせることができ、その芽を一気に摘む周到な準備に入り易くなった訳である。
江沢民前主席の四川訪問とは、こうした路線で進めとの指示そのもの。この地域は政府の資本投下で急発展しているが、内陸部なのでもともと貧富の差は激しく、その差がさらに開いていると見て間違いなかろう。この状態で、地方政府機関の腐敗が進んでいるのだから、暴動はいつ発生してもおかしくない。にもかかわらず、共産党と解放軍が一丸となって断固とした態度をとれば、暴動を抑止し、為政者の既得権益を護りながら経済発展が可能と、宣言したようなもの。四川省では、新たな統治モデルで成功した地域が生まれており、全土でこの体制を敷けという訳だ。
これは、下手をすれば、沿海州側の反撥をくらうことになりかねないやり方だ。内陸部とは抱える問題が全く違っているから、地域間で決定的な亀裂が生まれてしまう可能さえあろう。対立程度で済めばよいが、都市の住宅バブルが破裂しかねず、国家分裂の危機まで行くこともあり得ないことではない。ソ連の赤軍とは違い、人民解放軍は軍区独立制で事業者でもあるから厄介なのである。
それに、モデル自体が、どう考えたところで破綻間違いの代物。モデルといったところで、社会不安定化リスクを有する政策を打ち出さず、大衆の生活上で困難な問題の解決を優先するといった当たり前の話以上でも以下でもないからだ。一番の問題とは、“大衆”と一概にいえないほど多様化が進んでいることだが、それに対応できるようなものではない。
狭い地域でも利害が相反するようになっており、すべての層が満足する施策を立てようがなくなってしまった。こうなると、独裁政治では矛盾を隠すことは不可能。どのような政策を採用しようと、不満層は増える一方で、腐敗している為政者への反感が強まるのは避け難い。
独裁政治を進めるということは、末端に権限付与しないことを意味する訳で、為政者の腐敗を正す仕組みも派閥抗争以外に無いのだから、こうした不満の鬱積を解消させる手立てはない。
できる限り大衆を刺激するな、跳ね上がり分子は即時摘発せよ、以上のことは江沢民路線ではできる筈がないのである。唯一できることは、対外緊張関係を作り出し、大衆の関心をそらすことだけ。
共産党独裁維持は相変わらず至上命題であり、それには江沢民路線復活しかなくなってしまったようである。