■■■■■ 2011.3.24 ■■■■■

 "政治家がつく嘘"の価値を考えさせられる本

 2010年末、"Why Leaders Lie: The Truth about Lying in International Politics" [Oxford University Press ] が発刊された。著者は、J. Mearsheimerシカゴ大教授。New York Timesのベストセラー本、"The Israel Lobby and U.S. Foreign Policy"(邦訳:2007年)で知られる政治学者だ。

 Boston Globeのインタビュー記事には、この本を巡る、フセインv.s.ブッシュの嘘を巡る話が掲載されており、なかなか面白い。言うまでもないが、処刑されたフセイン大統領が"一切の大量破壊兵器を廃棄"と真実を語っていた一方で、米国のリーダー達は嘘を流したからである。これを、どう見るかは色々だが、Mearsheimer流が妥当なところだと思う。
Joe Keohane: "Q&A Why leaders lie in international politics, guess who lies the most?"
   Boston Globe January 2, 2011

 様々なブックレビューがあるが、皆が注目したのは、対外直接交渉場面では「嘘」が少ないという点。意外ということなのだろうか。文章で言えば、---"Great powers just don't trust each other very much, so it's hard to lie because there's not a lot of trust. When it comes to leaders and their own publics, most publics trust their leaders. I think that's certainly true in the United States." 
  外交分野では情報が限られているので、これが、どこまで実証的に言えるかは疑問だが、冷静に考えれば、確かにそんな気もする。対外交渉で「嘘」を言ったところで、もともとはなから信用されていないから、騙せる確率は低そうだし、嘘をついたところで一文の得にもならないことも多そうだからだ。それに、下手に海外で嘘を言っているなどと国内で流されると、政権の足元を掬われかねず("blowback") 、碌なことがないし。
Sarah P. Reynolds: "Why Leaders Lie"
   It's a Free Country/New York Public Radio January 19, 2011

 逆に言えば、国内向け発言は「嘘」だらけということ。
 為政者が「嘘」で政権維持を図ろうと画策するのはいかにもありそうな話だが、ここはそういう話ではない。簡単に説得できそうにない対外政策を進めるために、「必要悪」と割り切り、「嘘」を自国民に流すことが多いということ。日本の場合は核持込密約のような自明の嘘があったくらいだから、そんなことは、政治学者に今更指摘されるまでもない常識の範疇ではあるが。

 ただ、この辺りの嘘のつき方を正面から検討する学者はいなかったらしい。その点では秀逸。
 それに、国際政治と国内政治を対比的に考えることができるので、頭の整理もつく。なかなか優れた見方だと思う。簡単に言えば、国内政治では、国家の枠組みを壊さないというのが大前提。どんな政治を追求しようと、一定の社会秩序とそれを支える社会構造を壊す訳にはいかないのである。従って、齟齬が生まれかねない対外政策を推進するためには、どうしても対内的に「嘘」をつくことになる訳だ。
  ところが、国際政治では、そのような枠組みは皆無に近い。しがらみなどもともと無きに等しく、それこそ、なんでもありだ。直接的な武力行使もあるし、その裏での謀略行為も日常茶飯事に違いない。当然ながら、外交交渉は、それを前提とした狐と狸の化かしあいに近い筈。ありとあらゆる手が駆使される訳で、まさに魑魅魍魎の世界と言ってよかろう。
 従って、ここで生まれる「嘘」は本質的にピンキリ。考え抜いた末に決断した国のための「嘘」もあれば、政策推進を楽にするためだったり、責任論を防ぐためのお気軽な「嘘」もある訳だ。

 問題は、自分達の為政者がつく「嘘」の質。ピンならよいが、キリだったりするとたまらぬ。
  ・・・と言うことで、政治"科学"には興味を持っていない小生でも、なんとなくこの本は読んでみたくなった。ただ、読み易いものではなさそう。
 
 少し、引用させて頂こうか。
 なんといっても、「嘘」をカテゴリー分類してくれたことが有難い。頭の整理に実に役立つ。
Excerpt: Chap. 1 "What is Lying?" NPR(Public Radio)

 先ずは、「嘘」の対極である"Truth telling" (「真実を語る」)をしっかり押さえておくことから。
   -直裁的かつ正直に経緯を語る。
   -バイアスと利己主義発想を避けることに注力する。
 要するに、「真実をできる限り教えたい」のである。この正反対は「真実をなるべく知られないように工夫する」となる。"Deception"(「ごまかす」)だが、これには以下の3種類がある。
---1---"Lying" (「単純な嘘」)---
   -間違いであることを知りながら、意図的に、相手に本当と思わせる。
   -嘘を言ったつもりが、本当だったりすることもあるが、それは対象外としよう。
---2---"Spinning" (「捻じ曲げ」)---
   -"Lying"とは違って、真実を語るが、全てを伝えることはない。
   -都合のよい真実を指摘し、不味い事実は無視する。
   -事態の解釈の仕方を工夫し、得になる「お話」を作りあげる。
   -歪められた筋の間違った話を伝えるやり方。
   -弁護士が得意とする法廷手法そのもの。
---3---"Concealment/withholding information " (「隠蔽」)---
   -都合の悪い情報を恣意的に開示しない。

 まあ、実態では、すべてが混合されたものが多そうであるが、この本はこうした観点から、国際政治における「嘘」のカタログを提供しているそうだ。
Stuart A. Reid: "Diplomacy and Duplicity
   John Mearsheimer's new book catalogs the kinds of lies nations tell each other"
   Slate@Washington Post/Newsweek Interactive Jan. 14, 2011

 "Fear-mongering"(恐怖心の利用)とか、"Strategic cover-ups"(戦略的に隠蔽)といったタイプが典型だが、どうあれ、指導者が正しいと考える方向に国民を動かそうということ。見方によっては大衆蔑視そのものではあるが。
 しかし、それでも指導者が動くのは、国益のためということ。「嘘」は倫理的に許せぬという見方は政治には適用されない訳である。

 一番の問題はそれが国益になっていない場合だ。単に、権力を維持したいだけの指導者が国益を持ち出して「嘘」で糊塗していたりすると、国民は大損を被る。
 まさに指導者の「嘘」はピンキリ。ところが、実際に、どちらなのかはすぐには判定できない。指導者の人格から推定する以外にないのが実情。判明するのは、政策の結果を見てから。
 もっとも、「国益」が何かという点も曖昧だったりするから、それも簡単な訳ではない。


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