未曾有の大災害に襲われたが、日本経済への影響は限定的というのが大方の見方だ。被害地域のGDP比率は1割程度だろうし、復興資金需要を大きく見積もっても、金融機関の融資余力は十分すぎるほど。基幹産業のサプライチェーンも痛手を被ったが、一時的に生産能力を落とすだけにすぎず、時間と共に着実に回復していくだろう。・・・というのが理屈。
この通りなら、誰が考えても、当面の成長率が若干下がるだけとなる。
典型的発想はIMFの見通し。
電力不足問題が解決しさえすれば、2011年の成長率は1.4%と当初予測より0.2%低下するだけ。その代わり、2012年の数字は2.1%と当初予想より0.3%上。(ロイター4月12日)
うーむ。そう進んでくれればよいのだが。
阪神・淡路大震災復興の経緯から類推したと思われるが、抱える問題が全く違うのでは。ご自分で状況を整理し、全体を俯瞰されることをお勧めしたい。
試しに書いてみようか。
--- 壊れた原発の脅威を考えると ---
・福島原発1号機が再度冷却不全に陥ったらお手上げ。
現時点は「膠着状態」。先はわからぬ。
-燃料棒は未だに水没できず、釜内圧力の微上昇継続
-燃料棒破損は確実で、その一部が炉底で固化している可能性大
再度冷却不全発生の可能性は低くはない。防止対応が進んでいないからだ。
冷却不全になれば現場は総員撤退しかない。
万一、大量飛散が発生すれば、その汚染量はチェルノブイリどころの話ではない。
・危機管理能力の欠如は明らか。このままなら、海外の怒りを誘発しかねまい。
組織運営や、政府発言から見て、緊急マニュアルを無視して動いている。
-曖昧な意思決定プロセスと不明瞭な権限 (指導層から見れば非常識な行動)
日本政府の姿勢が余りに無責任とされ、海外の態度が一変するかも。
-大事故イメージの国内流布を意図的に抑制したのは事実
-声明が稚拙 (翻訳すると、意味の薄い情緒表現になり、伝えたい内容不明)
-今後、放射能物質の輸出大国化との猛烈な非難が集中する可能性も
--- 被害地域の工業生産の状況を見ると ---
・壊滅的被害の工場の多くが、再建放棄を選ぶのではないか。
ペイしそうにない投資に逡巡するのは当然である。
-瓦礫処理・更地化費用は膨大
-低労賃の労働力不足に直面するのは自明
-地域内の孫/曾孫下請体制復活には様々な障害
部品業界にとっては、海外移転の魅力度は圧倒的に高かろう。
-主顧客が海外なら、的確に立地を選定すれば物流上有利
-余震続発地域の再立地の妥当性 (耐震構造施設化の是非)
-複雑な地元の下請け網構造の強みが弱みに転換した状態
-誘致インセンティブを考慮すれば収益構造大幅改善
-海外には、勤労意欲が極めて高い豊富な労働力が存在
・三陸地域の漁業コンプレックス再開は時間がかかる。
港湾施設再建は資材・労働力不足で遅延は避けられない。
-漁港機能の復活は相当先
高齢者が多く、廃業・引退が多発しそう。
-場合によっては、善意の"頑張れ"声援は酷
-喪失感からの鬱発症防止が緊要
事業以前に家庭の普段の生活への回復が必要で、これが大仕事だ。
-医療サービス供給体制の再構築は広域問題なので要長時間
-住宅不足解消の短期実現は極めて困難 (住宅地開発が必要)
即時雇用を求め、核となる若年労働層が流出するのでは。
・石油コンビナートの再建は遅れる。
復興工事が他地区より優先されるとは限らない。
-エネルギー供給体制再構築への政治的支援不足
--- 首都圏の消費マインドを想定すると ---
・首都圏不動産市場の長期低迷は避けられまい。
住宅市場で好調だったセグメントが不調になりそう。
-埋め立て地の不人気化
-高層マンション敬遠ムード (地域発電型は逆に価格高騰)
オフィス空室率改善は期待薄である。
-消費落ち込み予測で、投資手控え
REITの資金調達が難しくなろう。
-海外からの不動産投資が激減
・外食サービス産業の収益性は急激に悪化する。
-海外からの出稼ぎ労働者の大量帰国
-客単価下落とコスト急増が顕著
・雇用者層(小規模事業者)の楽観ムードが急速に失せるかも。
--- 東日本の停電・節電の影響を一瞥すると ---
・観光地は閑古鳥状態になるのでは。
観光客激減は間違いない。
-保養目的の旅行地としては不適
-しかも、海外からの旅行客が消滅
-温水循環装置の停止で温泉運営困難
-ポンプ圧送型水道採用施設は時間帯によっては休業
・一般工場の稼働率低下は停電時間分だけではすまない。
-前後の安全確認だけでも相当なロス
-コンピューターの停止と立ち上げは大手間
-停電時は通信網も実質的にはダウン
・技術で成り立つ産業が操業停止に追い込まれた。
-炉事業(半導体/化学品/金属材料)は操業困難
-温度制御が重要な発酵系製品事業は対応不能
・業界毎の節電体制構築に一気に進むため、カルテル化は避けられない。
-かつての"護送船団"方式の復活 (企業家精神喪失)
-緊急時の強制的措置や消費圧縮の市場メカニズム導入は回避
--- 家計部門の変化を予測すると ---
・家庭は不安感から消費自粛に進むだろう。
さらなる貯蓄志向へと進む可能性が高い。
-節約生活化が流行
-高級品の市場規模縮小
乗用車国内販売は低迷しそう。
-ガソリン価格上昇に伴う車利用回避ムード
-買い替え延期
エンタテインメント系出費抑制が進むのではないか。
--- 輸出産業の見通しは ---
・生産能力を復活させても輸出好調にはなるまい。
この先、米国、欧州への輸出が伸びるとは思えない。
-米国・欧州共に経済的に不安定
-各国とも選挙目前なので、雇用上、輸入削減が政府の本音
中国の経済成長は減速させられる。
-インフレ抑制のためには経済成長抑制は不可避
・世界的なガソリン価格高騰で自動車市場の伸びが落ちる。
--- 金融・財政政策の効果を見ておくと ---
・短期金利はすでにゼロ。金融政策による経済刺激は無理である。
-緊急の量的緩和は金融システム安定化効果のみ
・国家債務が膨大なため、長期的な復興財源確保は容易ではない。
・現首相への信頼度は地に落ちており、政策効果は期待できない。
-もともと、現政権の発足以来の成果は皆無
-指導者的素質欠落イメージが強まる一方の首相
・日銀総裁への信頼感だけが頼り
だらだら書いてみたが、全体を俯瞰すると、2011年成長率が1.4%で2012年2.1%との数字は楽観と言うより、世界を安心させるためのものではないかという気がしてくる。
なんと言っても、以下の3点の欠落が大きい。
一つ目は、企業家精神をもった人々に活躍してもらえる体制づくり。
この流れが生まれるかで日本の命運は決まると言ってよいだろう。今の状況では、カルテル化が始まりかねない。新陳代謝どころか、税金に群がる旧型産業主導の経済へと進むかも。企業の責任ではなく、企業がそうならざるを得ない政治路線だからだ。政権交代で既得権益構造の打破が少しは進むと期待した人が多かったが、結果的には、真逆の社会主義型経済へ進み、生産性が急速に落ちていくことになりそうだ。
例えば、節電が不可欠なら、節電インセンティブと料金値上げが望ましい。企業家の工夫次第で強い体質に転換可能だからだ。そして、ピーク時の電力危機対応として、緊急時の強制停電体制を敷く必要もあろう。日本の官僚制度はしっかりしており、原則さえ固めておけば、知恵者が動いて例外条項をまとめるのはお得意。滞りなき運用などお手のもの。難しいとされるなら、その理由は単純。利権と繋がる政治屋からの要求に応えるべく、恣意的な運用制度を組み込む必要があるから。
二つ目は、政治家主導の、現場を巻き込んだ復興運動。
例えば、津波被災者が危険地で再び生活したいなら、リスクを正確に伝え、それを軽減する施策を展開すべき。首相への信頼感が無い状態で、現場を無視した復興の方向性議論は時間の無駄になりかねまい。
突破口を切りひらけるのは若手政治家だけかも。現場感覚で奮闘し始めれば、それに呼応して、官僚がタコ壷から出られるかも知れないからだ。当然ながら、公務員の大量現地派遣となろう。そして両者が一緒になって動いて、どうやら軌道に乗るというところでは。もちろん、合理的な方向に進むとは限らないが、それは致し方ない。
三つ目は、エネルギーと原発問題対処のための組織づくり。
それぞれ実務家を集め、事態を分析させ、長期的にどうすべきか論点を整理させる必要があろう。プロなら朝飯前の仕事。その上で、これに基づいた対処方法のオプションをすぐに作らせるとよい。もちろん複数チームで。胡散臭い人々のチームこそ大歓迎である。チーム相互の批判をまとめれば、何を狙っているかが一目瞭然となるからだ。全体像がわかったら、政治家が決断すればよいだけのこと。
ただ、注意すべきは、国際感覚から程遠く、判断能力不足としか思えない現首相の意見が通らないようにすること。