日本人お得意の、外向きと内向きで相反する言辞を振り撒く手法が復活したようである。言うまでもないが、TPPに関する日米首脳会談内容の説明。
当たり前だが、もともとTPPはすべての分野を対象とした包括的交渉。すでに大枠が決まっている状態であり、後から入れてもらう側が卓袱台返しはできない。条件闘争が可能な立場にはない。
従って、「すべての物品とサービスを貿易自由化交渉のテーブルに載せる」と日本の首相が発言したとの米国の発表は当然のこと。
言うまでもないが、訂正する訳がない。
そして、日本参加表明があったからこその、カナダ、メキシコの参加姿勢表明。こうなると、中国も反TPP姿勢を改めざるを得なくなる。この状態では、日本が後に引くなど到底無理。牛肉と自動車の輸入量拡大程度の市場開放でお茶を濁すような対応でおさまるものではなかろう。
しかし、国会での答弁では、コメの関税と公的医療保険制度については除外すると示唆。しかも、TPP参加については未だ検討中との、全く異なるストーリーまで披瀝。
冷戦時代にはこの手が通用したから、まだ使えると誤解しているのではないか。国内反対派に政権が移ると日本は反自由主義陣営に移ってしまうと叫べば、米国は我慢してくれた時代はとうに終わったのである。
実に危険なやり方である。
米国のメディアを見ればわかるが、今は、TPPに関心が薄いから、二枚舌に知らん顔だが、そのうち交渉がデッドロックに乗り上げれば、どうなることやら。
もともと日本はアンフェアな輩と指弾されかねない状況にあることを理解しておくべきだろう。それに輪をかけるような姿勢でTPPに臨んでいるとなれば、最悪の場合、日本人特異説が世界中にバラ撒かれ、孤立する事態も覚悟しておく必要があろう。
しかし、こうした時代感覚の鈍さは、現政権だけではない。経団連と自民党の首脳による意見交換会での発言には大いに笑わせて頂いた。
「自民党の通商政策は自由で開かれた市場をつくることが基本と理解していた。反対表明は、理解が難しかった」というのだから。勘違いも甚だしい。
自民党とは、「できれば鎖国」というバラバラの各藩代表の集まりでしかない。安全保障上、国家としてまとまる必要があるから集まっている烏合の集と見ることもできる。従って、官僚と派閥による調整政治が一番お似合い。
それでも、綱領さえ作れない民主党よりは、政党の態をなしているとは言える。
はっきり言えば、前政調会長のような自由主義経済志向の議員は自民党では例外的ということ。貿易とは、閉鎖的な「藩」経済が上手く回るためのもの以上ではない。
どうしてこうなるかといえば、「藩」あるいは、もっと古い時代の「国」の感覚こそが日本教の基底だからだ。自民党とは日本土着型政党であるにすぎない。ここを理解しておく必要があろう。
西洋は一神教だが、日本は多神教といった外向けの説明に慣れているから、「土着」の宗教観を間違ってとらえがちなので注意すべきということ。
日本の宗教とはこの「土着」に意味がある。神、霊、死者の魂、仏様、いずれをとっても土地と切り離すことができないのだ。お札やお守りで神様が出張してくれることはあっても、絶対神のように、ヒトがどこに住んでいようが、天から見守ってくれる存在ではないのである。
人々はあくまでも「土着」にこだわり、できれば地産池消の閉鎖社会にしたいのである。しかし、それでは生活が成り立たないから、貿易を許しているにすぎない。日本における国家の一番の役割は「土着」経済圏の維持と言ってもよいのでは。
従って、海外からみれば、アンフェアな姿勢をとる人達に映る。しかも、それは特異な集団主義に根ざしていると受け取られるのだ。
とんでもない災害でも、身勝手な振る舞いが見られないから、民度が高いというのは事実だが、海外での受け取り方を読み間違わないようにすべきである。
一方で、コトあらば一糸乱れず動く人達とのイメージが植えつけられるのである。そんな社会に住んだことがない人たちにとっては、言葉にこそ出さないが、不気味なのかも。
ともあれ、経団連会長の、「日本が表明しなければ、外交の孤立を招き、国際的な信用が失われていた」という指摘はまっとう。
しかし、それは二枚舌外交の結果でしかない。今後、信用失墜で孤立化させられる可能性は極めて高い。
と言うより、自ら孤立化の道を選択するのかも。第二次世界大戦へとなだれ込んだ時のパターンを踏襲する訳である。
と言うことで、自民党主流派は、反TPPの旗振り役を担うのである。
(ref.)
「「国益損ねて参加せず」=TPP交渉で首相―首脳会談、米側発表を否定・参院予算委」 時事通信 11月15日
「経団連「自民のTPP反対は理解が難しい」」 読売新聞 2011年11月15日