次期主力戦闘機はF35にするそうだ。
おそらく、現場から見れば、至極当然の判断だろう。
しかも、時あたかも、ステルス無人偵察機がイランに捕獲されてしまった。この機体がどうなるか、はっきりしてはいないが、米国のステルス技術が丸裸になる可能性は極めて高い。それに、いとも簡単に電波で乗っ取られるのだから、無人機戦闘方針も立ち行かなくなるのは必定。米軍は戦略的大転換を余儀なくさせられよう。
こうなると、当事者は、なんとしても新鋭機導入となるのは致し方あるまい。
だが、これは日本の針路を決める重大な決断だ。現場の判断で決めるような話ではないのである。ここが肝要。
話はとぶが、こんな決断が迫っている時に、防衛相を交代させる宰相がいる訳がなかろう。もっとも、この大臣は、ド素人で勉強もろくにしないらしいが。だが、だからこそ、そんな判断に期待ということだろうか。
それはともかく、F35選定とは、この先も、日本の安全保障は全面的に米国に依存することを意味する。米国のお墨付なき独自外交はさし控えると確約したようなもの。
今迄通りの安上がり安全保障ができるとは限らない時代、この選択で良いかは、よくわからぬところ。
それでも、それなりに手は尽くしたようである。
共同開発国以外では例外的に機体に関する機密情報を開示するとされているからだ。
しかし、常識的には、ノックダウン生産と多少の現地整備を認め、それに必要な技術情報だけは供与という取り決めに聞こえる。
米国の姿勢を考えれば、そうとしか思えないからである。
さらに、注意すべきは、この機種は今もって開発途上状況にある点。遅れに遅れているプロジェクトだから、その経費をペイさせるには、極めて高価格なものになるのは必定。おそらく、40機調達は財政的に無理だろう。従って、そこを無理強いというシーンをそのうち眺めることができるようになろう。
それよりなりより厄介なのは、実質的な生産開始が相当先になること。これこそ、米国には一番嬉しい点だろう。生産担当日本企業が確実に数年間干上がるからである。
日本に、戦闘機設計・生産能力を持つ企業を育成させないというのが米国の国是ということ。
日本政府は諾々とそれに従った訳だが、それが軍事同盟強化に繋がるとは言いかねる。捨石にし易い位置に追い込まれた可能性もあるからだ。しかも、これが、安上がり安全保障につくとは限らないのである。
(ref.)
「F35、次期主力戦闘機に…最新ステルス機」 読売新聞 2011年12月13日
RICK GLADSTONE: "Iran Is Asked to Return U.S. Drone
" NYT December 12, 2011
2011.12.13 "The Economist"の面白論説 "The Economist"ほど良質な論説をふんだんに掲載している雑誌は他にないのでは。 非母国語だから、読むのに骨が折れるが、それだけのことはある。 話はとぶが、日本の社会の一大特徴は、皆、知っていても、叩かれるのが怖いから黙っていること。海外から見れば、グルの巣窟。 まあ、どこの国だって、そんな仕組みはあるのだが、それを抑えるべく一応は制度を作る。もちろん、効果はたいしたことはないが、日本ではそんなものは端から無駄だと見なし知らん顔。裁判の判決でおわかりのように、法治概念が根本的に違うからいかんともし難い。 お陰で、日本の話を耳にはさめば、あの国はズルの巣窟との見方は深まる一方。しかも、それを否定できないつらさ。 いつそんな点を突かれるかわかったものではない。政治的窮地に追い込まれれば、対外問題に目をそらすのが世の常。その際に狙われ易いのは日本。用心にこしたことはなかろう。 そんな観点で、記事を読んでおくこともお忘れなく。 それでは、だいぶ前だが、日本を扱った出色記事から。・・・そこでは2001-2010年の経済データが示されている: (1) GDPの年平均成長率は0.8%で、米国の1.6%と比較すれば低いが、ユーロ圏は1.0%程度でたいした違いはない。 (2) しかるに、一人当たりGDPの年平均成長率でみれば米国やユーロ圏をしのいでいるではないか。 (3) 一方、失業率を見てみると、日本は4-6%程度と安定している。欧米のように、9-10%という数字に直面する兆しは全く認められない。 (4) だが、なんといっても、忘れてならないのは、日本は世界最大の債権者という点。 もちろん、この国には大きな問題がある。それは、とんでもなく巨大に膨らんでしまった財政赤字。と言っても、その原因ははっきりしている。急増した社会保障費だ。 従って、この解決は単純至極。社会保障費を削るか、増税だ。なにせ、民間部門の貯蓄額は巨大なのだから、無理難題という訳ではない。 要するに、この記事では、そうした政策を早くヤレと主張しているにすぎない。野田首相の増税路線へのエールと見ることもできるし、老人大国のエゴがまかり通る社会への批判と考えることもできよう。 しかし、もう一つの視点にも注意を払っておく必要があろう。 上記の状況が、海外にどう映るかだ。・・・「失われた10年」とか、「第二の失われた10年」と大騒ぎしているらしいが、それって一体何なの。 (The Economist 記事) "Japan’s economy: Whose lost decade?" Nov 19th 2011 http://www.economist.com/node/21538745 (C) 2011 RandDManagement.com HOME INDEX |