文藝春秋は滅多に読まないが、温泉に入りにいったら、たまたま、2012年2月号の目次が目にとまった。坂本龍一「60歳 還暦の悦楽」。サブタイトルとして、「老眼、耳鳴り、墓−"教授"がはじめて明かす老い」との文言。
小生は、この方の音楽を聴かないが、才に長けているとされる有名人なので、どういうことか読んでみる気になった。
その結果だが、まあ、そんなものかといったところ。
なんともはや、そこにいるのは、還暦を迎えた「優しき」老人ではないか。丸くなり、人生の機微がわかってきたということのようだ。
正直言えば、余りに凡人的でガッカリ。還暦を過ぎようが、なにがなんでも、そのまま突っ張っていて欲しかったのだが。まあ、部外者の勝手な期待ではあるが残念至極。
それにしても、昔の人達の気質と比べると余りに違いすぎるのではなかろうか。
比較対照にすべきではないのかも知れぬが、どうしても、森鴎外を思い出してしまうのである。
その晩年の作品の凄さ。しかし、本職は作家ではないのである。
そして、死の直前に遺言。文面からみると、わざわざ、無二の親友に書き取らせたようだ。ご存知のように、そこで、鴎外は、単なる一人の島根の人として死なせろと言い遺すのである。およそ故郷とは無縁な人として過ごしてきた筈なのに。類稀な才能を持ち、エリートとして様々な分野の第一線で活躍してはきたが、精神的には重荷を担いだ人生を歩んでいたということかも。しかし、それこそが使命ということで、最後まで突っ走って来たとは言えまいか。
確か、享年60。
遺言 ・・・余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス・・・墓ハ森林太郎墓ノ外一字モホル可ラス・・・栄典ハ絶対ニ取リヤメヲ請フ・・・コレ唯一ノ友人ニ云ヒ残スモノニシテ何人ノ容喙ヲモ許サス 大正十一年七月六日 森林太郎言 拇印
ついでながら、鴎外の随筆の一節も引用しておこう。1917年に出版された森鴎外の「斯論」所収の「中為切(なかじきり)」。
老いはようやく身に迫ってくる。
前途に希望の光が薄らぐとともに、みずから背後の影をかえりみるは人の常情である。人は老いてレトロスペクチイフの境界に入る。
(「遺言」、「なかじきり」:青空文庫)