■■■■■ 2012.5.31 ■■■■■

 エジプトに見るアラブの秋

チュニジア政変後のイスラム諸国の状況はどうなっているか、気になるところ。大国エジプトでは、大統領選挙で、イスラム勢力と旧勢力の間で決選投票が行われることになった。脱ムバラク独裁と民主化路線を主張していた候補は結局のところ当て馬役で終わった。
 ●エジプト---2012年5月23/24日の大統領選挙結果●
  ・モルシ候補:約1/4
   自由と公正党(ムスリム同胞団)
  ・シャフィク候補:1/4弱
   ムバラク政権最後の首相、空軍司令官
  ・サバヒ候補:約2割
   左派(ナセリスト党)
  ・アブルフォトゥーフ候補:2割弱
   脱ムスリム同胞団穏健改革派
   [支持] 穏健イスラム-ワサト党(New Center Party)
  ・ムーサ候補:約1割
   ムバラク政権官僚、アラブ連盟事務局長

選挙前は、どうなるかわからないと大騒ぎしていたが、素人からみればほぼ想定通りとしか言いようがない。日本的政治風土で眺めると、どうしてもマスコミが喧伝する穏健イスラム的政治家に関心が向く。しかし、選挙とは組織的集票の戦い。発展途上国で、希望的観測が通用する訳がなかろう。冷徹な見方をお勧めしたい。・・・

先ずは基本。穏健イスラム勢力の基盤は、産油国の援助と市場開放で富裕層化した都市のイスラム信仰者層。
中間層は薄い。人口が多いのはもちろん都市の貧困層。住んでいる地域は、当然ながらイスラム法が通用する社会。宗教原理主義的な産油国からの補助で動いている宗教勢力がこの地域一帯を差配している訳である。生活基盤が宗教勢力によってコントロールされており、それを改革するという話を聞かされたところで、理屈だけの夢物語にしか映らないだろう。
一方、世俗政治派だが、旧官僚は民衆に一番嫌われるタイプ。そこはコネと賄賂の世界だからだ。従って、統治の仕組みを利用して生きている層以外は、高級官僚など唾棄すべき候補と見なすに違いなかろう。ただ、西欧的教育を受けているほんの一部の層と海外組は、有能な人物なら支持するのは間違いない。しかし、エジプトの高等教育はアラブ式。就職口なき大学生が支持派になるとはとても思えない。
大都会には、これとは異なる世俗派も存在する。家族の身を守るため、政治的には現政権と次世代権力者の動きにできる限り迎合するタイプ。政治的変化を追及するより、日々の暮らしを重視する人達でもある。従って、安定した世俗的政治が可能なら、特段文句無しということ。言うまでもないが、それに応える勢力は軍部。
そして、人口比率では小さいものの、面積では広い地方では、事情が異なる。そこは部族社会。彼等の概念での国家とは、利害関係で結ばれた部族連合体でしかないから、国境感覚も生まれないし、いつでも離合集散可能。外者との付き合いは、第一義的には部族としてのプライドの発露だが、実質的には部族長の金銭的利益と権益維持手段としての武器の入手目的。従って、親和性が高いのは、軍とイスラム原理主義勢力。部族社会を尊重してくれるなら、どちらでもかまわないのである。部族社会の制度に対して尊敬の念を示さない民主的勢力など、カネも武器もくれないなら、殲滅対象以外のなにものでもなかろう。

これを全体構図として考えれば、投票結果は驚くようなものではない。
都市部の若者が自由を希求して命をかけて動こうが、この構図を変える力は無かろう。組織が無いからである。

ただ、アルカイダに続いて、イスラム思想の歴史を変える可能性はありそう。両者は組織の成り立ちが似ており、現行社会の枠に、はまらないからである。
アルカイダはバーチャルな原理主義イスラム教コミュニティ。一方、エジプト政変を導いた若者はバーチャルな世俗主義イスラム教コミュニティ。両者とも、現実生活としてのコミュニティから生まれたものではなかろう。前者はどう見ても根無し草的組織。アラブ土着勢力ではなく、西洋社会内で育成されたものだろう。後者も、リアルなコミュニティから生まれたとは思えない。ただ、大きく違うのは、こちらはナショナリストとして登場した点。独立闘争とか、宗主国や覇権国の圧力に反撥しているのでもないのに、エジプトに栄光あれといった調子の運動を繰り広げたのである。
これは、エジプト的イスラム文化を意識した動きと言える。しかも世俗感覚優位だから、宗教的戒律のエジプト的風習化が進むことになろう。換言すれば、コーラン絶対主義の「普遍性」が終焉したということ。
全ての行動にキリスト教信仰が深く関わっていた中世社会が気付かないうちに終わりを告げた如く、アラブのイスラム教社会も変わっていくのだろう。

クリントン外交はここら辺りの変化を重視していそう。パワーポリティックスを考えたプラグマティズム外交ではなく、思想潮流形成外交を追求しているように映る。短期的には大失敗するが、長期的には大成功の可能性もありそう。


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