■■■■■ 2012.6.2 ■■■■■

 マグレブに見るアラブの秋

チュニジアで打倒された独裁政権は、アンチイスラム主義かつアンチマルクス主義だった。イスラム主義政党も共産党も、当然ながら非合法組織。
政治体制は表面的には民主主義制度で、西欧に開放的な方針を貫いた。しかも、学校ではスカーフ着用禁止だし、複数妻帯も許されていないから、旧宗主国フランスの文化とたいして違わない国と誤解しがち。以下に示すように、統計数字も、部分的に見れば、開明的に映ったりするし。
---TUNISIA (CIA; THE WORLD FACTBOOK)---
 人口:10,732,900
 平均寿命:75.24歳
 識字率:74.3%
 ヘルスケア費:GDP6.2%
 教育費:GDP7.1%
 電話:129万回線
 携帯:1,111万台
 インターネット利用者:350万

ところが、ご存知のように、内情は秘密警察支配による独裁体制。
それがあっけなく崩壊。NATOの圧力で武力鎮圧ができなかったからでもあるが。
打倒に立ち上がった勢力ははっきりしていないが、若者が中心だったのは間違いないようである。国家に寄りかかった企業だらけで、経済が活性化しないため、失業者だらけ。表立って批判ができない社会だから、不満の捌け口はなく、国内に留まる限り将来の希望も無い社会ができあがっていた訳である。充満している閉塞感に絶え難くなり、一気に破裂したということか。

しかし、結局のところ議会選挙で政権を担うことになったのはイスラム勢力。リアルなコミュニティのなかに浸透している勢力だから当然の結果と言えよう。
 ●チュニジア---2012年10月23日の制憲議会選挙結果●
  ・ムスリム同胞団系イスラム政党-アンナハダ党:4割弱、89/217議席
  ・連立(中道)-共和国のための会議(CPR):29議席
  ・連立(左派)-エタカトル党(FDTL/労働・自由民主フォーラム):20議席

一応は、穏健派とされているが、母体のムスリム同胞団の根本思想は宗教政治の実現である。民主化とは真逆。これがアラブの現実。
ただ、現実に、宗教政治化すればたちどころに国家経営に支障をきたしそうとの感覚は政治家達になんとなく広まっていそう。そんなところが、旧宗主国がイスラム宗教勢力の政権を容認している所以でもあろう。ただ、イスラム社会運動と、政治活動を分けることができるとは思えないが。もちろん、長期的にみればそれ以外に道はなさそう。おそらく、なしくずし的に以下のようになるのだろう。
  ・合法の範囲で政治運動を展開する。
  ・シャリーア型の宗教統治を避ける。
  ・ナショナリズムを志向する。
  ・信仰を個人内面に留め、戒律の風習化を進める。

要するに、宗教政党が圧倒的な地位を築いている、政治と宗教を分離するとの国是のトルコ型政治に移行するモデル。
もっとも、憲法改正までの議員数を揃えることができたりすると、宗教政治化に歩を進める可能性もゼロではないが。
 ●トルコ---2012年5月12日の国民議会選挙結果●
  ・与党-公正発展党(AKP):約5割、325/550議席
  ・共和人民党(CHP):約1/4
  ・民族主義者行動党(MHP):1割強
そうそう、モロッコでも政教分離型政党が第一党になっている訳だし。政情安定とはいえそうにはないとはいえ。
 ●モロッコ---2011年11月25日衆議院議員選挙結果●
  ・公正と発展党(PJD):27%、107/395議席
  ・イスティクラル党(PI):15%、60議席(15.2%)
  ・独立国民連合(RNI):13%、52議席

ただ、マグレブ諸国でも、アルジェリアとなると、その線で動く気配は感じられない。
 ●アルジェリア---2012年5月10日の国民議会選挙結果●
  ・与党-国民解放戦線(FLN):288/462議席
  ・民主国民連合(RND):68議席
  ・イスラム勢力-緑のアルジェリア同盟:48議席
  ・社会主義勢力戦線(FFS):21議席
リビアに至っては、部族主義とイスラム原理主義が絡み合っているから、どうなるかわかったものではない。すでにその南部隣接地帯は帰還傭兵とカダフィ軍の武器があふれているため、そんな動きの巣窟と化してしまった。

とはいえ、マグレブ諸国は、大きな流れで見れば、都会化が進んでおり、貧民街を除けば、コーラン至上主義の妥協なき政治運動がいかに不毛かが都会の住民に理解されつつあるようだ。世界経済の仕組みに合わない独自のシステムに固執する限り経済発展は難しいとの認識に至るのも時間の問題だろう。そうなれば、敬虔で穏健なイスラム的風土を国家としてのアイデンティティとした、経済成長重視の世俗主義政治体制が基調とならざるを得まい。

しかし、これはマクロで、長期的に眺めたもの。それこそ、「アラブの秋」的歴史観でしかなく、直面する政治情勢に直当てはめて考える訳にはいかない。ここが重要な点だろう。
ミクロでは、どの国も、そう簡単に路線変更などできかねる筈。この機を捉えて、宗教原理主義と部族主義が足を揃えて活発に動くからだ。しかも、西洋社会内の非土着型原理主義者がこれを利用して反社会的活動を活発化させる。こうした構図を阻止するのに失敗すれば、都会の不安定化は避けられない。そうなれば、武力による高圧的な治安が不可欠となり、穏健勢力が広がるどころか、駆逐されかねない。いわば、歴史の逆流。
舵取りは極めて難しい。


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