裸の哺乳類の代表選手といえば、ヒトを除けば、丸裸同然の鼠君、ハダカデバネスミだろうか。
ヒトによって作出された実験動物でもないのに、無毛で生きていると聞かされると、最初は余りの意外さにビックリする。しかし、棲んでいる環境を知れば、なるべくしてなった姿だと、すぐに納得できる。
なにせ、一生、地中で集団生活する覚悟を決めた鼠なのだ。自らの意志とはいえ、24時間恒温恒湿の大型ケージに無理矢理閉じ込められたようなもの。従って、寒さ防御態勢は不要。そんなことよりは、運動して発熱する際の効率的な放熱の方が余程重要なのは自明。しかも紫外線による遺伝子破壊リスクも皆無。虫等に喰われる心配もなさそうとくれば、毛皮は無用の長物。無毛化したのは、極く自然な流れと言えよう。
上野動物園で地中通路や餌場での活動をじっくり眺めたことがあるが、それぞれの個体毎に強烈な個性がありそうで、実に面白い動物である。ただ、そんな様子を眺める観客は稀のようだから、今の人気も遠からず消え去るかも。
ともあれ、ハダカデバネスミの例から見る限り、無毛化は、ほぼ生活環境で決まると見てよさそう。
そうなると、ヒトも、「裸の猿」にならざるを得ない環境で生活するとの意思決定を行ったと見てよさそう。しかし、「土蜘蛛」族化したとはおよそ考えにくい。従って、二足歩行を始め、森からサバンナに出立した結果、裸になったとのストーリーに行き着いた訳だ。しかし、それは、余りに無理がありすぎる理屈。・・・という手の話はすでに書いた。[サバンナ二足歩行の裸猿論は余りに雑 (2012.7.14)]
いくら暑い熱帯に住んでいるとはいえ、雨に当たれば毛皮なしでは体は冷え切ってしまう。それに、夜はそれなりに寒い。草原での丸裸生活などあり得まい。
なら、なんだということになる。そうなると、ヒトに水中生活期があったとの荒唐無稽なアクア仮説は、それなりに魅力的。と言っても、ケチョンケチョンに批判され、ほぼ無視されていそう。それも無理はない。猿が海草食動物化するとも思えないから、水棲なら、魚介食主体の生活になる。しかし、猿の体躯で、そんなことが可能とはとても思えまい。しかも、水中での戦いの武器を欠く。敵をいち早く認知する能力もどう見ても劣っている。とても生き残れるとは思えない。
しかし、水中生活をしていた訳ではないが、水に浸かって餌を確保する生活時間は長かったと考えれば、その可能性はあるかも。その辺りを検討して案出された仮説は無いのだろうか。素人感覚からすれば、十分検討に値する説だと思うのだが。
そのとっかかりは、アクア仮説で取り上げられている水棲哺乳類の体表面状況だから、少し眺めて見ようか。
●外洋性と言えば、クジラ、イルカ、シャチ。
すべて、かなり特殊な体躯構造である。
●沿岸性水棲と言えば、アシカ/オットセイ、セイウチ、アザラシ。
いずれも、寒冷地適応。
●草食性の、ジュゴン、マナティ。
敏捷性を欠く。
魚類の様に、表面が円滑な方が水の抵抗僅少で、海中活動に対応し易い。皆、そういうことで毛皮を捨てる方向に進んだと見ることはできそう。しかし、カワウソやラッコのように、小型の水棲哺乳類には多毛タイプも存在している。それこそ水鳥のように、水を弾く油分膜で覆われた毛を密集させて作り出す空気層によって、安定した保温機能を実現している訳だ。ペンギンなど極地で生きていけるし、水中での動きは敏捷そのもの。水棲哺乳類だからといって、裸である必然性はかなり薄いと言わざるを得まい。
ただ、アクア仮説では、呼吸の随意制御能力を重視。確かに、ヒトの気道の位置と弁はユニーク。誤嚥で呼吸困難になる構造をわざわざ作る合理性は考え難いからだ。しかし、潜水能力にそれが不可欠かといわれると、素人でも首を傾げたくなる。ドブネズミを溺れさせることはできるが、本気で逃げる体勢の時は抜群の潜水能力を見せ付けてくれるからだ。と言うことは、これは水中適応というより、「二足歩行→発声制御しやすい気道位置→言語発声」といった変遷の結果と考えた方が自然な感じ。
話がわかりにくいが、水中で泳ぐという発想では無理があるということ。そんなことは考えて見れば当たり前ではないか。なにせ、二足歩行動物なのだから。しかし、歩行だからといって、完璧な陸棲とは限るまい。水中に入ることが多かった可能性もあるのでは。もしそうなら、そんな生活への適応で無毛化したという考えも成り立つのではないか。
その場合、上記の水棲哺乳類と類縁臭い陸棲哺乳類での無毛化例を探し、その類推で考えるのが一番では。
類縁ということでは、素人感覚では以下のようになる。
●クジラ類似はカバか。
●アシカ類似は、陸側の水棲のカワウソやビーバーで毛皮タイプ。
原則肉食の犬/猫や、狸/鼬といった系統だと水嫌いな感じ。
どうも、裸タイプが思い付かない。
だいぶ遠いが、雑食家畜のブタは毛が少ない。
●マナティ類似はゾウとかサイか。
さあ、これで考えてみようか。
ゾウ、サイ、カバは、毛モノではないが、分厚い皮膚で、ヒトの裸感覚とは似て非なる感じがしないでもない。それに、ゾウには目に見える毛が生えているし。ともあれ、これらは、いずれも「トン」レベルの自重を持つ熱帯地域の陸棲巨大哺乳類。球形体型だから、発熱量に比して放熱面積は狭い。それに、草食性大食漢。細長い体型のヒトとは違う原理が働いていそう。
ただ、熱帯の強烈な太陽光線の下では紫外線問題が発生するにもかかわらず、ヒトの皮膚がこれらの動物のようになっていないのがなんとも不可思議。サイは鎧のように分厚く硬質であり、夜行性だから問題ないだろうし、カバは夜行性で日中は水中に没しているのでどうという問題はない。例外的に小さいコビトカバも昼間は穴居生活らしから、同じこと。ゾウの対処の仕方はわからないが、どうも泥浴びがその役割を担っているようだ。そんなこともあって、ヒト同様に見えるほど毛が残っている訳か。
そうなると、注目すべきはブタかも。
ヒトとよく似ている器官が多いから、生活実態になんらかの類似性があるかも知れないし。素人的には、一番似ているのは皮下脂肪がつく体質。ヒトもブタも、えり好みしない雑食性なので、豊富に餌があれば、すぐに栄養過剰摂取気味となる訳。ただ、人工的に作出された畜肉動物だからそうなったのかも知れぬが。ということで、家畜を参考にするのはどうかと思うが、ちょっと調べたところ、スラウェシ島には野生のバビルサという種がいるらしい。体毛が少ないとされている。何kmも歩き、湿地帯では泥を浴び、体についた寄生虫を取り除くのだとか。
もちろんブタの場合は、ヒトほど裸ではなく、ブラシに使われる位だから相当量の毛はある。しかし、保温や遮光機能がある程ではなく、まあ裸同然と言ってよいのでは。ところが、毛皮が無いにもかかわらず、暑さには滅法弱い。ヒトと違って汗腺は退化しており、機能しているのは鼻だけだから辛いらしい。直射日光を浴びる場所で生活する場合、暑さしのぎに泥水に浸かっていることが多い。
ヒトもブタと同じようなことをしていたのでは。
草原ではなく、湿地や水辺で泥だらけで生活していたということ。もし、そうだとすれば、狙っていた主な獲物はカバだったということになる。カバの弱点がわかっていれば、水中直立二足歩行ができるのだから、石や木を使った集団での狩はそう難しいものではなさそう。
そんな気がするのは、ヒトは大型哺乳類殺戮好きだから。その習性は、カバ狩から始まったのかも。