小生は、中国語の「餅」とは、麺のような形状ではない、小麦粉ベースの食品とのコンセプトだとずっと思っていた。
日本の「餅」とは似ても似つかぬ体裁のモノだらけのせいだ。月餅など典型で、日本流の「餅」のカテゴリーに入れる理屈は理解しがたいものがある。従って、小麦主流の食生活だと、定義そのものが違ってくると考えてしまった。
だが、どうもそういうことではなさそうである。もともと中国でも、餅は米から作ったものを指したようだ。それが、小麦にも拡大されていったと見ることができそう。
そう考えたのは、中国の餅の本を読んでみたから。
もっとも、この本、こちらの期待に沿う内容ではなかった。それでも、初めて中国と日本の米餅の違いがわかった。
・餅は、米の場合でも、粒でなく、粉から作る。
・米は、モチ[糯米]でなく、ウルチ[粳米]を用いる。
(但し、粘りがでる晩性を選定する。)
・装飾木型に入れ成形する等、装飾要素を加える。
朝鮮半島における、トックは小麦粉を米粉に換えた食品と思ったが、そうではなくて、中国伝来品そのままのようだ。ただ、装飾無しだから、原型だが。(日本人の姿勢とは違い、正統な中国文化だと、できる限り改変せずに取り入れたがるようだから、ありそうなこと。)
ただ、上記は、歴史的には非漢族である清朝程度まで遡った程度でしかないし、慈城という特定地域の慣習に絞った調査結果でしかないので、一般的に通用するものではないかも。それに、しばしば革命が勃発しており、そうなると、それまでの文化を全否定しがちなお国柄。他地域と隔絶された地とは思えない地域だと、その程度の時間軸で調べた結果だけで、古代文化が継承されていると見なすのは、なんとも強引。まあ、それこそが中華文化そのものなのだけれど。
されど、八千年前の餅文化の余韻が残っていると言いたくなるのは人情、と言うか、日本社会ならそれはまず間違いない話だから共感を覚えるのは確か。なにせ、この地は揚子江の河姆渡遺跡から僅か5Kmなのだ。
それはともかく、何故、モチ米を使わないのだろうか。わざわざ、弾力性もなく、つまらぬ食感にするのは馬鹿げているし。
しかしながら、食材選定については、日本より合理的な考え方をしそうな民だから、それなりの理屈があるのだろう。なんらかの、実生活ポリシーが関係しているのかも。
そんな頭の働かし方をすると、モチ米を使わない方針も悪いことではなさそうな気もしてくる。ウルチ米より面積当たりの収量が格段に低くなるモチ米は高級品だからだ。それは全量酒に使ったということではないかナ。美味しい酒なくして、型どおりの祭祀挙行などあり得ないだろうし。
日本の場合、現代の酒米はウルチ米。そのかわり、餅はモチ米。これが日本流。・・・と短絡的に考えがちだが、酒に関しては、多分、それは現代流ということでしかないと思う。純米酒より、醸造用アルコール添加の吟醸酒の方がすっきりしていて美味しいと感じる人が多いことでわかるように、米のフレーバーを喜ぶ人は今や少数派だからそうなっているにすぎまい。古代感覚なら、米の濃厚感がはっきりわかるモチ米酒を選んだ筈だと思う。
そうそう、それに、日本にはモチ米から作る「味醂」というお酒もある。普段は調味料でしかないが、祭祀となれば突如お酒に変身する。中国薬酒的な雰囲気を醸し出す、お屠蘇だ。
尚、中華街で味醂相当品を尋ねると、返ってくる答は(廣東)米酒(Mijiu)。広東料理の味の秘密兵器かと考えて、よくよく聞くと、豚の脂身風味という註が付く。そうなると、いかにも料理に合わせにくそうで、ちょっと手が出なくなる。だが、どう見ても定番品扱いだから、豚脂好きの人々の間では、必需品なのだろう。
そうだとすれば、広東料理圏の周辺域では、豚脂無しモチ米酒が広く使われていそう。
オット、忘れてしまうところだった。
日本にも、モチ米酒は存在しているのだ。
とある蕎麦屋で注文した新潟の酒が、なんとモチ米酒。意外と言ってはなんだが、古酒のような癖はなく、ナカナカのもの。この手のお酒を常備しているということは、熱燗ならコレに限るというお客さんが結構いることを示していそう。ワイン好み人口と比較すれば極僅かではあろうが。
尚、ワインの場合は土壌由来の複雑なフレーバーを愉しむことになるが、モチ米酒でのフレーバーの嬉しさは全く異なる。お米というか、搗きたてお餅の香りが漂ってくる楽しみが格別ということ。人によっては違うかも知れぬが。まあ、フレーバーと言っても、日本酒はうっすらでしかないから、モチ米酒だという気分でハイになるだけかもしれぬが。
こんな風に考えると、濃厚なモチ米ドブロク酒が古代の主流だった可能性はかなり高そう。
つらつら思うに、もしかすると、酒処新潟の「笹団子」は、こうした中国の風習を習っているのかも。
というのは、名称は団子だが、どう見たところで、小豆餡を蓬餅で包んだお菓子。その上、シトギと呼んだりするというのだから。(シトギはおそらく日本の餅の原型。水に浸した生米を搗いただけの祭祀用お供物。)
(本) 王静(池上正治 訳): 「中国慈城の餅文化」勉誠出版 (2012/07)
(当サイト過去記載) 日本の餅文化起源仮説(2007.10.31)