日経の経済教室に、「中長期戦略 確実に実行を」という見出し。
そりゃそうだろう。
引用した、日本企業の経営企画担当者を対象とした調査結果によれば、
・約9割が中期経営計画を策定
・6割強が外部に開示
・但し、約15〜20%の企業が社内用と社外用を使い分け
そして、その達成率は、
・売上高は80%
・営業利益は約50%
・当期純利益25%
この数字を見て、結構、イイ線いってるのではないかというのが、小生の印象。褒めている訳ではないが。
ところが、この小論では、経営能力低下を示しているという。この数字から、どうしてそう言えるのか、理解に苦しむ。
そもそも、経営企画担当者が学者のアンケートに答えるような企業は、雇用の柔軟性が無いのが普通。しかも、給与が自動的に毎年上昇することは当然のこととされている。従って、売上計画数値をクリアする事が、イの一番として位置づけられるのは当然。
一般に、日本企業の中期経営計画における売上目標は、市場シェア向上や市場拡大策と密接に繋がっているもの。長期的に雇用を維持するためには、事業規模拡大は必須条件なのである。
従って、その実現のためには、利益が圧縮されることがあっても致し方なしとなる。もちろん社内的認識での話。この辺りは、日本では、常識的な経営路線だと思うが。それが良い筈はないが、一企業の経営陣が突破するには、余りに重すぎる課題なのである。
ともあれ、8割が目標とする売上高を実現しているのだから、「日本企業では中期経営計画の未達が恒例化」しており、経営能力低下が顕著と見なすのは余りに強引では。
だいたい、どの企業も実質的な赤字事業を抱えているもの。様々な歴史的経緯があるから放置されてきた訳で、簡単にどうにかなるようなものならとっくになんとかなっている。どう見たところで撤退しかないとわかっていても、その従業員をどうするかという話になると大事なのである。ちょっとでも噂がたてば、国会議員秘書が、様々な手練手管を駆使して、圧力をかけてくることもありうる社会なのである。もちろん、企業全体で利益がでているのに、労働者の首切りは許せぬと旗が林立することも。余程の覚悟なしにはそんなことはできかねる。それが現実の世界ではないかな。
そんなこともできないのでは、経営能力が低いと言わざるを得ないというのは、あんまりだと思うが。労働流動性を下げさせる政策を次々と打ち出したい政治がずっと続いている以上、1社だけで、それに抗して動こうと考える経営者が少ないのは当たり前ではなかろうか。そんな姿勢を示すだけでも、なにをされるかわかったものではないからだ。
ただ、PBRが1を切るような状況というのは、資本主義の世の中では、確かに異常である。理屈から言えば、事業を続けるより、清算した方が株主には有難いという数値なのだから。
従って、株主軽視といえば、まさしく、その通り。表立ってそう言えないだけのこと。なにせ、資金は概ね潤沢。銀行が借りてくれないかとせっつく状態なのである。要するに、外部資金調達の必要性はほとんど感じていないから、IRもその線で進めているだけの話だと思う。こんな姿勢に問題があるのは間違いないが、「企業価値の長期低落の一因は経営能力低下」と決めつけるのはどんなものか。
とは言え、「資本市場からの信頼感低下も価値低落招く」という指摘は、ある意味当たっている。
資本が生かされていないからだ。もちろん、そんなことは、皆、言われなくてもわかっている。でも、そう簡単に突破できる問題ではないのが実情。
日本のGDPは国内経済でもっている訳だが、名目数値で伸びる予想を前提とした中期計画を策定した企業などなかろう。イノベーション創出確実という事業があるなら別だが、そんな環境予測の下で経営者が投資を敢行するものかネ。
要するに、資金はあるが、投資はしないし、かといって、それを株主に返金する気もないのだから、ソリャ、資本市場が嫌がるのは当たり前。そういうこと。
しかし、既成政党は揃いも揃って、税金にぶる下がる産業を全力で助け、勝手に動く企業を抑える規制には血道をあげるのだ。この状態では、企業の投資は限定的なものにならざるを得まい。
そうなれば、海外展開しかないが、国内雇用減少が係わるから厄介極まる。それに、日本政府には、企業のグローバル展開上のリスクを減らす施策を、本気で推進する気はない。それなら、米国の力を借りて、国際間のビジネスルールを遵守させる枠組みを積極的に推進するかといえば、これが逆とくる。国家規模の企業ならいざ知らず、この状態で、本格的な海外展開GOと気軽に言い出せる経営者は少ないと思うが。なにせ、労働の流動性に欠ける社会だから、大胆な方向転換とは、従業員すべての生活を賭けていることになる。従って、屋台骨が傾くことがないように慎重な海外投資を進めることになる。どう批判されようが、日本の風土が変わらない限り、この姿勢は変わるまい。
ただ、著者が指摘している、ガラパゴス化&コモディティ化と、短期志向化は、確かに事業戦略上の問題として存在している。
先ず、前者からいこうか。
日本独自規格で終わったMDを連携して手がけた家電3社の現状を見れば、ガラパゴス化をいとわぬ体質が不調の発端という見方はある程度当たっていそう。日本市場向けの高機能製品開発を優先する姿勢も確かに問題である。それがグローバル製品としてヒットしなくなっている現実を認めずに突き進めば、コモディティ品と戦うしかなくなる訳で、経営的に苦しくなるのは当然の話。
そして後者。
資本主義社会である以上、IRの都合で、ともかく短期的に辻褄合わせをしない訳にはいかない。そのため、長期的な視点での投資を抑えがちになっているのは確か。たとえ、それが、将来的にはドン詰まりなのはわかっていても。
ここで話を終わりにしてもよいのだが、著者の指摘で一番重要と思われる点を割愛するのもなんなのかとなるから、付け加えておこう。・・・日本企業は、今や自律的な組織ではなくなっているというのである。これは、知恵を出す仕組みが壊れつつあるということと同義だと思う。こんなことでは、長期雇用のメリットはほとんど無くなってしまうのだが。
こんな方向に進んでしまったのは、確かに経営の問題といえるかも。一知半解でバランス・スコアカード型マネジメントを取り入れたことも大きいのでは。本来は、経営トップになりかわって、それぞれの組織が自律的(日本では「柔軟に」と解釈しているが)に動けるようにするための手法だと思うが、真逆の運営がなされてしまった企業は少なくなさそう。
古典的なMBOの細目設定に近い運営がなされたりしたのである。そのお陰で、組織横断的動きが阻害されたりして。
著者の言いたいことはわからぬでもないが、違和感を覚えたので、以上、ちょっと書いてみただけ。
(コラム)日本経済新聞2012年9月5日 経済教室 伊藤邦雄一橋大学教授