■■■■■ 2012.11.27 ■■■■■

  NHKの膵臓癌ワクチン療法特集番組について

11月22日、NHKが膵臓癌ワクチン療法を取り上げた特集番組を流したそうである。
再放送。
この番組があるのは知っていたが、小生は見なかった。どうせ見方が違うと踏んだから。と言っても、政治的な観点で嫌っているという訳ではなく、どうせありきたりの技術開発頑張れ型報道だろうと思ったからである。

と言うのは、1980年代の黎明期をついつい思い出してしまうから。
当時、ようやく人体内の超微量物質である、サイトカイン類の投与が可能となりつつあった。動物実験では癌を叩く効果が見られたから、ついに夢の実現と期待してしまったが、それは大間違い。ヒトでは思ったような成果が出なかったのである。副作用が出ず、投与物質に敏感に反応する体質の人を診断で見つけたらよさそうだが、言うは易しの世界。それを見て、小生は、感染症的な発想では、壁は乗り越えられそうにないと感じた。
そうなると、癌の解決は相当先の話。とりあえずは、それまでの「つなぎ」として、手っ取り早い手段の採用をお勧めしたくなる。例えば、癌部位毎に当該癌細胞の壊死を図る精密技術を磨くこと。これは関連する技術がそこそこ育っているから、特異的に効く細胞毒開発と精密デリバリーシステム進化を組み合わせたり、癌細胞への超ピンポイント放射線照射へと進むのが良さげ。いずれも、その気になれば日本企業が素晴らしいものをつくれそうな分野だし。(シードインベストメント領域が超停滞している国だからお勧めということもあるが。)もっとも、その方向には進まなかった。
あとは、サイトカイン類を増やして免疫系の威力を強める方向が残っているが、患者1人毎に対応する仕組み作りが必要だから、先端研究として突っ走って癌の本質を明らかにしてもらう役割を期待するのがよさそそうといったところ。
報道は、こういった現実的な展開をお勧めすることは稀。単なる仮説でしかないものを、いかにも現実化寸前という調子に仕立て上げることに長けているので、現実的なものは敬遠されるのが普通。
ただ、その手の報道のおかげで、基礎研究がやり易くなるから一概に止めた方が良いとは言えないが。

そんな感覚であるにもかかわらず、この話題で書いてみたくなったのは、たまたまだが番組批判を目にしたからである。今回の番組は倫理の一線を通り越しているのではないかというもの。
いくらなんでも、ダブルブラインド治験を揺るがすような情報を流したのでは無いと思うが、ワクチンで治癒した患者実例をはなばなしく取り上げたのは事実らしい。今時、そんなことをして、一体、なにを訴えたかったのか理解に苦しむやり方である。
そう感じるのは、膵臓癌治療について米国のサイトを眺め回したことがあるからでもある。対応可能な極く稀な例外を除けば、普通は、どの治療方法でも予後は悪い。言うまでもないが、これは成功例が無いということを意味している訳ではない。確率的に、どの程度生存期間を延ばせるか、QOLがどうなる可能性が高いかを示しているデータでは、状況は芳しくないというだけのこと。従って、極めて冷静に治療結果の情報を開示している組織が多い。治癒例を喧伝する組織には、違和感を抱かざるを得ない訳である。

今の難病型癌治療問題は、ここにあると言ってよいのでは。但し、米国での話だが。
患者はこうしたデータを見て、必ずしも合理的に判断する訳ではない。生存期間が数ヶ月伸びる程度でも、膨大な医療費を費やすことも少なくないのである。おそらく、治癒に近い例が一つでもあれば、それに賭けて見るということ。
そんな状況を放置しておいてよいかという提起がなされている訳である。
有効性というか、費用効果がどう見ても余りに低い治療方法を是認すると、それが収益性が高い大きなビジネスに育ってしまうこともあり得るからだ。そうなったらとりかえしがつかないとの危惧の念が生まれているということ。
一旦、そんな流れが生まれてしまうと、癌治療サービス産業の新陳代謝は遅れかねないし、先端技術への投資も萎む恐れも。そんな流れを盛んにしかねない、治験例報道は避けるべきというのが、暗黙の了解事項ではなかろうか。


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