俗に言う「アラブの春」発祥の地チュニジアで、世俗派野党指導者Chokri Belaid氏が暗殺された。少数派である世俗派が反政府運動に立ち上がらざるをえない状況を作るべく、イスラム原理主義勢力が仕掛けた可能性が高そう。
これを切欠として、穏健派宗教勢力と世俗勢力の妥協による緩やかな政権構想はすべてご破算になるのは間違いなかろう。この先だが、反原理主義を表に出し、宗教勢力と世俗勢力の強力な連立政権を樹立するか、宗教勢力が完全に権力を掌握して治安強化路線に転じるかのどちらかに進むしか手はないだろう。
だが、強力な連立政権樹立は難しそうだし、宗教独裁に邁進するのも原理主義容認に映るから避けたいとなれば、どっちつかずの混迷状態に陥ることになるのかも。そうなれば、状況悪化一途。最後は、軍による管理国家とならざるえず、元の木阿弥。
まあ、初めからわかっていた道をゆっくりと歩んでいるだけの話ではあるが。
アラブの独裁国家を改変すれば、自称穏健派のイスラム勢力の政権が樹立されることなど当たり前。間抜けな独裁者でない限り、代替勢力が存在している訳がないからだ。所謂、市民など、都市の一部にすぎず、組織化もされていないから、所詮はメディアが描く幻想の勢力にすぎない。チュニジアで発生したのは、「アラブの秋」なのである。
イスラム穏健政権とは、反欧米的な宗教対立を煽ることを避けるというだけのこと。思想的基盤はあくまでも宗教政治。形式的には民主的選挙を行うし、グローバル経済覇者に直接的に逆らわないという点で、オバマドクトリンのお眼がねにかなったが、それはアラブの風土から見て政情不安の常態化を招くだけ。
徐々に、そうした流れが表に出てきた訳である。
要するに、チュニジア、リビア、エジプトという地続きの北アフリカ3国が宗教政権になれば、どこも治安維持ができなくなり、そのうち大動乱になるということ。先進国にとっては、独裁政権は、安定という点では必要悪でもあったが、それを無くしただからいたし方ない。
特に厄介なのは、宗教政権になれば、原理主義勢力が跋扈する事態が予想されること。非国家主義者だから、宗教政権とは本質的に水と油だが、末端組織では両勢力は渾然一体化しかねないから厄介なのである。非イスラム国家による内政干渉や、経済利権強奪を容認する政府はけしからぬといった主張が通るから、それは避けられない。・・・当たり前だが、政治の中心から離れている人々に西洋的国家観がある訳もなく、部族や地域のルールのなかで生きているのが実情。中央政府からどれだけメリットを享受できるかと、土着勢力の意向を大事にする姿勢があるか否かが、支持の分かれ目。政権からのバラ撒きが期待できす、収奪感が生まれれば、原理主義勢力と親密になるのは自然な流れでもある。武器を供給してもらい、反政府の姿勢を打ち出せば、バーゲニングパワーが高まるからである。
これを皆知っているから、現政権が面白くない勢力は原理主義勢力にカネを流したりする。単純に、敵の敵は味方という理屈で動く訳である。従って、中央政府が原理主義勢力の伸張をおさえることは極めて難しい。
そんなことは百も承知のはずなのに、オバマ政権は、パンドラの箱を開けたのである。一体、なにを考えているのやら。
そして、早くも、その結果が表沙汰になってきた。マリである。
リビアのカダフィ軍から、原理主義勢力が武器とカネと共に故国に帰還し、リビア、アルジェリア国境近い地域は今や原理主義勢力の巣窟化。
フランスが腰をあげたから、一気に地域全体が原理主義一色に染まることは避けられたが、おそらく泥沼化しかなかろう。
そして、早速の、アルジェリア経済心臓部へのテロ。1年程度かけたと思われる、実に周到な計画。潤沢な資金がどこからか流れているのも間違いない。原理主義を恐れるアルジェリア政府、宗主国フランスともども、交渉解決路線は深みに嵌められるだけの無理筋と判断するしかなかろう。
リビアなど、黙っていても治安はどんどん悪化するしかなかろう。民主化運動がカダフィ打倒に繋がったのではなく、国軍が、地域というか部族毎に次々と離反しただけのことだからだ。それを米国の軍事力で空から支援したため、形勢が一気に逆転しただけ。反政府軍事勢力とは、民主主義を求めている訳ではなく、利権分配の刷新を狙っているのだから、どうにもなるまい。当然ながら、独裁体制で完璧に抑えられてきた原理主義勢力が大手を振って、動けるようななる。しかも、支援の武器を携えて。
米国外交官へのテロはおきるべくして起きた訳である。
もともと、フセイン政権は組織化されていない独裁体制だったから、打倒しても、統治能力を持つ組織は無いに等しい筈。旧勢力と原理主義勢力が、反乱勃発を狙っているに違いないわけで、大暴動前夜状態に突入していると見てよいのでは。
エジプトはすでに混乱状態。国軍は傍観路線のようだし、収拾の手があるとも思えない。そんななかでカイロでイスラム諸国首脳会議開催。ここで存在感を見せることが、イスラム圏の美学らしく、それができない元首は引きずりおろされかねないのかも。(サウジアラビアは、国王欠席で、元首交代を示したといえそう。)
シレアのアサド政権は崩壊に繋がるのかと思ったが、国軍に乱れが発生してい無いようだから、しばらくは現状維持が続きそう。自由シリア軍となった国軍には、全くまとまりがないから、組織的離脱ではない訳で、支援の武器があるというだけで、反政府政権樹立を支える強力な組織にはほど遠いと見るべきだろう。
しかも、欧米は、少々のカネと武器は出しても、参戦する気は全くないという当初の方針を変えるつもりはないようだ。どう傾こうと、あとはトルコにおまかせということのようだ。実に無責任な話だが、オバマドクトリンとはそういうものなのだろう。
要するに、中東・北部アフリカ地域では、覇権を狙うような国は認めないということ。国境は人為的なものであるから、その理屈はわからないでもないが、副作用は甚大である。
ともあれ、着々と実行されている。まずは、イラクの汎アラブ政権の打倒。引き続いて、チュニジアでの暴動をチャンスに、アフリカでの盟主を狙っていたリビアの政権を壊滅させ、アラブのまとめ役を任じていたエジプトの政権の息の根も止めた。
お次は、パレスチナとヨルダンを併合した大シリア構想を持つ国家も潰しておけということだろう。
しかし、第二期のオバマ政権は、アサド退陣を強引に進めるのは止めたようである。確かにそれはそうだろう。反政府勢力は、なにがなにやら状態で、どう見ても統治能力を欠く。無理して政権打倒する要なしということだろう。従って、シリアでは内戦がずっと継続することになり、国家的に疲弊することになる。
だが、これは危険な話である。カタールのカネが原理主義者に流れているとされているからだ。反政府勢力ならなんでも支援ということで、国境を越える戦士を支援している訳だが、とんでもない話である。
シリアをこんな状態で放任するということは、イエメンも同じ憂き目に合うということだろう。軍事力で覇権を握っていたサーレハ勢力が後ろに引いて、ようやく収まったかに見えるイエメンだが、政権崩壊の前夜と考えるべきということ。欧米が大統領を支持するからといって、たとえことがあったところで、軍事的直接支援を行う気が全くないことが知れ渡ってしまえば、安定する訳がないのである。
私兵を持つ旧勢力や、部族勢力と渾然一体化しておかしくない武装原理主義勢力が、政権転覆を図るからだ。今すぐそんなことが発生しても決しておかしくないだろう。
そして、そんな状況を知り尽くす、大国意識濃厚なイランが絡んでくるから、これまた厄介きわまる。一方、隣国のサウジアラビアにとっては、国家的対抗の意思を示しかねない、強い国家の誕生はこまる。言うまでもないが、ペルシアの息がかかる勢力が力を発揮されるような事態はなにがなんでも阻止だ。しかし、期待できる政権が生まれる可能性は余りにも低い。それなら、イエメン内部だけで混乱が続くのが一番となろう。その観点で支援先が決まることになる。それは原理主義者かも知れないのである。
しかし、オバマ政権は楽観的。まあ、気分的にはわからないでもないが。
Mohamud大統領を歓迎し、ソマリア政府を20年ぶりに承認するまでにこぎつけたから。米軍兵士が虐殺された悪夢を考えると夢のような話。しかし、この国にはいまだ軍隊は無く、駐留軍が撤退すれば元の木阿弥だろう。
オバマ政権も、ヨルダン国王のように、現実を直視するようになって欲しいものだが、無理か。
(記事)
Tunisia Assassination Upends Government By CHARLES LEVINSON WSJ February 6, 2013, 7:14 p.m. ET
(当サイト過去記載)
中東大動乱がいよいよ現実化か (2012.11.20)、中東大動乱のゴングが鳴ったようだ(2012.7.29)、中東イスラム圏を眺めると (2011.1.12)