ここのところ米国で発生したテロは実にわかりにくい。はたして、「テロなのだろうか?」[2013.4.22]という疑問がわいたくらい。
日本のマスコミ報道の解説は、孤立化して過激思想に嵌って、テロに走ったのだろうという憶測が多い。まあ、そうかも知れぬという気にはなるものの、動機が不明だから、納得できかねる。
ところが、村上春樹氏のニューヨーカーへの翻訳寄稿文を読んでいて、ふと、狙った理由が見えて来た気がしたのである。
どういうことか、書きとめておくことにした。
その、村上氏の主張だが、指摘が鋭いというような話ではない。重要だと思ったのは、様々な人々がボストンマラソンをこよなく愛していたという事実。それが、このテロを呼び込んだのではなかろうか。
Whenever someone asks me which is my favorite,
I never hesitate to answer: the Boston Marathon.
What’s so wonderful about the Boston Marathon?
It’s simple:
it’s the oldest race of its kind;
the course is beautiful;
and−here’s the most important point−
everything about the race is natural, free.
普通なら、こんなに愛されているイベントに対して無差別テロに踏み切る必然性など考えられまい。だからこそ動機がよくわからないのである。・・・被害者からすればオウムの無差別サリンテロと同じ不条理なテロでしかないが、その目的は明らかに違う。オウムはクーデターを夢想していた集団であり、秩序を破壊すべくテロに及んだ訳だが、ボストンマラソンへのテロにそのような意味があるとは思えまい。
しかし、よくよく考えると、人々からこれほどまでに愛されているからこそ標的にされたのでは。ここが肝。
村上氏がいみじくも指摘しているように、ボストンの人々がこのイベントを誇りにしており、実は、それこそがテロリストの一番気に障った点でもあろう。
I understand
how important the Boston Marathon is to the people of Boston,
what a source of pride it is to the city and its citizens.
要するに、"beautiful"、 "natural"、 "free"な感覚を生み出すイベントが許せなかったということ。テロで明け暮れる社会が存在するのに、奇麗事に終始する様を見ていられなくなったということではなかろうか。
しかし、それは無国籍宗教原理主義への傾倒を意味しない。逆である。アフガンだ、イラクだ、リビアだ、シリア内戦だと、次々と戦乱の地域に、大挙して押しかけるだけの運動は、おそらく侮蔑の対象でしかなかろう。
テロリストの考え方をおしはかる鍵はなんといっても、その出身がチェチェンであるという点。ペルシャ帝国、オスマントルコ、スターリンのソ連からロシアに至るまで、独自の文化を維持するため、とてつもない犠牲を払って、永続的に戦ってきた民族の出自だということ。ところが、このテロリストは過激な抵抗運動に身を投じようと考えている訳ではないのである。帰国する気など無く、米国移民として生きていきたいのだ。つまり、チェチェン人としてのアイデンティティを持てる状況にはない。
(チェチェン人から見れば、それこそ過激派だろうが、一般人だろうが、ボストンマラソンなどほとんど眼中になかろう。テロに明け暮れる社会に生きていれば、それはどうでもよい話。つまり、テロリスト達は出自はチェチェンでも、その社会からは「孤立化」していたのである。)
にもかかわらず、不幸なのは、移民として米国社会に溶け込むこともできなかったという点。ボストンマラソンに"beautiful"、 "natural"、 "free"を感じることもできず、移民としてのアイデンティティも持てなかったのだ。
それは米国移民社会が生みつつある「孤立化」の流れかも。人種の坩堝と言われるが、決して互いに溶け合っている訳ではなく、各人は、あくまでもそれぞれの宗教・文化のなかで生きている筈。キリスト教徒だろうが、イスラム教徒だろうが、自ら選んだ分派のなかで、秩序だった生活を営んでいるだけのこと。属すべき組織が無く「孤立化」してしまえば、社会から弾き出されたも同然。精神的な居場所を失ってしまう。
その"理由無き"怒りが、"beautiful"、 "natural"、 "free"という一体感を生み出しているイベントに向かったということ。
(The New Yorker 投稿) May 3, 2013 Boston, from One Citizen of the World Who Calls Himself a Runner Posted by Haruki Murakami