日経ビジネスが、"それをやったら「ブラック企業」 "という特集を組む位だから、大流行の話題らしい。
どの社会でも、法律の網をかいくぐる組織はあるもので、ブラック企業がなくなることはあり得まい。しかし、そんな企業が幅を利かせる社会になってしまえば、発展途上国への転落を意味する訳だから、そうならぬよう、警告すべき点があるなら早めに行うのは結構な話。
しかし、昨今の状況はどうもそういうことではなさそう。
・・・などと考えていて、ついつい昔のことを思い出した。
イノベーション創出を本気で考えるなら、この企業には一度は教えを乞いに行く必要があるゾと忠告を受けたことがあるのだ。プロフェッショナル系の人達が次々と辞めていくことが特徴であり、日本のなかでは異端的風土の会社。
ただ、離職率が高いといっても、オフィスの雰囲気が悪いからではないのである。美麗な調度に囲まれ、居心地よい空間が出来上がっており、様々な無料サービスが提供されているのだ。まあ、抜群の環境と言ってよいだろう。しかも、働いている人達は生き生きとしており、いかにも優秀な人達が働いている風情とくる。
ところが、皆、長続きしないのである。どうしてかといえば、余りに低収入だから。家庭を持ちたくなると即退職するしかない。と言うか、転職前提で働いているのである。
いわば、ここは、優秀なプロフェッショナルになりたい人達の「学校」。実際、ここを巣立って新しく事業を興して成功した人は少なくないらしい。退職した方々がそう言うのだ。「俺は成功しなかったが、あの企業に勤めてよかった。若い人にも就職を勧める」と語る人だらけなのである。
小生が見るに、この企業の経営の卓越している点は、幹部を徹底的に磨き込む仕組み。大組織にもかかわらず、職人を一人づつ根気よく仕上げているのである。職人というと、イメージが違ってしまうが、要するにプロフェッショナルであり、若い人が憧れるような知的な人達を意味する。
これは、人の能力を見抜く眼力が、組織的能力として形成されていることに他ならず、グローバルに通用するやり方だと思われる。
当然ながら、こういう風土だから、新入社員からの突如の大抜擢もありうる。もちろん、極めて稀ではあるが、周囲も一目おく能力の持ち主はでてくるもの。どういう訳か、この企業には、そんな人が入社してくるのだ。そんなダイヤモンドの原石のような人を見つけ、徹底的に磨き上げ、次世代の幹部や大型プロフェッショナルに育て上げるのがこの企業のやり方。
要するに、残りの入社組は、いわばそんなエリートを磨き込むための砥石役でしかない。努力すれども、この企業内では報われることはありえないのである。皆、それを十分認識して働いている訳である。生活が許すなら、なにがなんでも憧れの優秀な人達と一緒に働いて、力をつけ、いつか自分もそうなろうとの夢に賭けて就職してくるのだ。しかし、ほとんどの人は、この企業ではさっぱり芽が出ないのである。そこで、違うやり方で試したら、あるいはと気付いたりする訳だ。いわば巣立ち。それは退職だが、祝福される出来事でもある。残っている必然性は何も無いからだ。
超薄給だろうが、そんなことがあることを皆知っているからこそ、優秀な人材が競って入社したがる訳で、もしも、そんな魅力が失われればたちどころに誰も入社してこなくなり、この企業の経営は一気に傾く。それだけの話。
これと同じような体裁の企業は少なくないが、たいていは似て非なるもの。労務管理のプロと、経営幹部の太鼓持ちが企業組織の采配権を握っていて、誰でも頑張ればチャンスは必ず見つかるゾということで馬車馬のように働かせるだけの企業である。「至るところにチャンスあり」と皆で叫び続ける能力は鍛え上げられるが、それ以外に何のスキルも身につくことはない。
ただ、これはこれで、もしもシステムがしっかりできていればそれなりに優れた側面もないではない。そんな働き方が嫌なら、別な企業に移ればよいだけのことだからだ。しかし、それは理想論。それを阻むような労働市場が日本には出来上がっていることを忘れるべきではなかろう。
要するに、様々な規制の網だらけの上に、日本特有の封建的残滓が社会に残っており、実質的に、それらを利用した労務管理が行われているということ。日本では、その手の企業が圧倒的に成功し易いのである。それが現実。
当然ながら、グローバルに適用できるような経営にはほど遠い代物。
ここが重要なところ。
ところが、不幸なことに、グローバル化とは無縁なこの手の企業の経営者は、そうは思っていない。自分が成功できたのは、素晴らしい経営のお陰と勘違いしているからだ。しかも、それを一般化可能と信じ込んでいるから、こまったものである。
この手の企業が生み出す知恵とは、日本の古い土壌のなかでの人間関係構築術にすぎない。イノベーション創出とは対極的。
こんな布教をされたのではこまる。
封建的残滓を拭い去るどころか、それを復活させる動きを進めていることになるからだ。口では全く逆のことを言うことが多いが、実質的に、経済のグローバ化阻止の旗振り役も果たしているということ。
従って、古い社会の掟で生き続けたい人達にとっては、希望の星そのもの。イノベーション創出を狙う人々からみれば暗黒の星以外の何物でもない。