■■■ 2012.11.24 ■■■

   Boil系語彙雑感

とある書き物に、高名な日本語学者が日本語と英語の語彙比較で以下のように指摘していると記されていた。書きぶりから判断すると、相当古い話で、すでに常識とみるべきものらしい。・・・
日本人は米飯食なので「煮る」の類似語が多いが、英語はボイルという単語でほとんど通用する。逆に、英語は「焼く」関連で様々な動詞があるが、日本語はこの一語ですべてすむ。

小生には、納得感が今一歩の主張なので調べてみたくなったのだが、出典が記載されていないので、そのままにしていた。しかし、なんとなく気になるので、素人なりに、見ておきたくなった。以下、適当な訳だが、全体を俯瞰するにはこれで十分だろう。

 ○調理の「煮る」
Boil・・・
 沸かす:「湯」を使う。(「水」をフツフツとさせる。)
 茹でる:「湯」は捨てる。
 煮る:「汁」を使う。
 炊く:「湯」は無くなる。(茹で蒸し)
Poach(卵等)・・・湯に静かに落とし引き上げる。(ジワジワ加熱)
Blanch・・・湯通しする。/湯がく。
Stew(シチュー)/Casserole・・・コトコト(とろ火で)煮込む。/鉄鍋で煮込む。
Simmer・・・グツグツ(静かな沸騰状態で)煮込む。
Braise・・・(炒め)蒸し煮する。
Steam・・・蒸す。

 ○調理の「焼く」
Sweat・・・軽く炒め水分を飛ばす。
Saute・・・炒める。
Pan-Fry・・・フライパンで焼く。
Stir-Fry・・・混ぜながら、強火でサッと炒める。
Deep-Fry・・・(油で)揚げる。
Grill・・・網焼きにする。
Broil・・・炙り焼きにする。
BBQ/Charcoal・・・直火串焼き/炭火焼きにする。
Roast・・・タレを塗り、炙り丸焼きにする。
Bake・・・釜(オーブン)焼きにする。
Toast/Brown・・・軽く焦げ目を付けて狐色に焼く。
Crisp・・・パリパリに焼く。
(Burn)・・・(焦がす。)[料理以外の「燃やす」]

まず全般的に見てだが、日本語も英語も、語彙の細かさにたいした違いがないと見てもよいのではなかろうか。表現方法にしても五十歩百歩と言えまいか。ただ、確かに、Boil領域だけは例外的な感じがする。
こうして眺めれば、日本語の特徴とは、できる限り「基本動詞」ですませようとする点。もちろん、英語もFryに接頭語をつけたりはするが一部。英語だと重要な用具類だと直接動詞化させるし、別途副詞句にするしかないが、日本語の場合は必要なら動詞の頭に付属させることになる。石焼き、網焼き、串焼きといった調子で名詞をいくらでも創出できるから、調理表現を簡単に増やすことができる。技術的にたいした違いはないと見たので、別な動詞を作らなかったのだろう。
「煮る」に、「込む」をつければそれだけで長時間火にかけることになるし、擬音を付加することで状態もわかる。擬音ならいくらでも作れるから、細かな表現が可能。ただ、それが標準化できるとは限らないが。
グツグツ煮込むと言えば、沸騰させながら長時間火を通すイメージが湧くし、トロトロ煮込むなら火を弱くして長時間加熱することがわかる。こうした擬音使いこそが、料理に限らず日本語のユニークな点だと思う。英語の場合は、SimmerやCrispは音由来らしさ紛々だが、擬音でなく確固たる動詞にしないと気がすまないのだろう。

さて、Boil領域だが、実に悩ましい。基本概念が日本と西洋で違うからである。
「湯を沸かす。」と言うが、論理から言えば、「水を沸かす。」が正しい文章。しかし、日本語では「水」と「湯」の間には一線が引かれており、英語のように「湯」をHot Waterと呼んで「水」の一種にする訳にはいかないのである。「熱い水」は、科学用語分野を除けば、原則、存在しないのである。
要するに、「水」とは穢れを落とすモノであるのに対して、「湯」とは地中から湧き出た活力を生む素が含まれているモノということで、両者をごちゃ混ぜにはしたくないということだろう。熱海の温泉とは、あくまでも熱海の「湯」。「熱い湧水」では気分が悪いのである。従って、「水」を「湯」にするという言い方も不快そのもの。「冷湯」を熱して「熱湯」を作るという発想になってしまうのだと思われる。
そんなこともあって、Boil領域だけは、特別に単語が多くなるのだと思う。

こんな風にして眺めてみると、日本語では、基本となる動詞の数をできるだけ増やさないというルールがありそう。概念を曖昧化して、広範囲に使えるようにする一方、様々な手法でその派生動詞を沢山創出するやり方が好まれる訳だ。

これを考えると、語彙が矢鱈に多い領域とは、動詞ではなく名詞。と言っても抽象名詞ではなく、季節感に基づいた花鳥風月的な辺り。しかし、星座にはとんと興味がない一方で、雨風表現はハワイ語同様細かいものがあったりと、結構、好みに癖がある。ただ、擬態・擬声語を使うこともできるから、天候についての語彙は思ったほど多くはなさそう。そう考えると、なんといっても語彙が多そうなのは、木、草、鳥、虫、魚、貝、藻ではなかろうか。この場合、注意が必要なのは、生物や動物/植物といった包含概念がなさそうな点。従って、これらから少しでも外れると結構冷淡になる。人や獣関連の語彙は少ないかも。そのかわり、気にかかる生物が棲んでいる場所に関係する地勢表現用語は結構多そう。ただ、生活が近代化されてしまえば、こうした語彙は消滅一途だろうから、どれだけ残っていることやら。
できれば、こうした語彙を忘れず、古代から続く日本人の心情を受け継いていきたいもの。そうした感受性こそ、日本人の強みでは。

(参考にしたサイト) 英字新聞社ジャパンタイムズによる英語学習サイト>蒸したり、煮たり、ゆでたりするときの表現/いためたり焼いたりするときの表現


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