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■■■ 超日本語大研究 2015.11.27 ■■■

冬の風

役所広司さんが、川縁で風に吹かれて「夏 疾風 薫風 青田風 風の名前だけでも2000もある国です」と語るビールのCMがあったそうな。(@2010年)
「風のみこそ人に心はつくめれ」[吉田兼好「徒然草」第二十一段]と言われている位だから、風情を表す沢山の「風」言葉があるのだろう。しかし、それと麦酒がどう係っているのかは、当該フィルムを見たことが無いのでどういうことかは定かではない。

ともあれ、語彙の数は半端なものではないらしい。関口武:「風の事典」[原書房 1985年]には、2,145もの語彙が収録されているという。「船乗りの言葉」「海と山の風」「季節の風」「地方的な風の名前」「文学的な風の名前」に分けて整理しているところを見ると、漁民語中心な感じがするが。

どんな内容か見ていないが、おそらく、類似語が多いということだろう。
例えば、風向の8方位と、風力12段階(気象庁の階級)だけで、100近い。それに、季節と場所や、その影響を著す表現の造語はいくらでもできそう。
それに、もともと、黒潮島嶼域では、風の読みが直接的に命に係ってくる。細かな呼び名があっておかしくない。これを集めたらきりがなかろう。
ただ、こうした語彙は情緒と言うよりは、生活そのもの。文芸的感興があるかはなんとも。

 上州名物 かかあ殿下と からっ風(空風)

呼び名は色々だが、「からっ風」は、正式には上州オロシだろう。場所によっては、赤城颪 or 榛名颪とか。伊香保風、浅間風にもなる訳だ。それらの風が、川筋を一斉に下っていくのだから、武藏野一帯は時ならぬ洪水ならぬ洪風に見舞われる訳だ。しかも、その辺りは乾燥している畑とくるから屋敷森でもないとたまらぬ。 まさしく、乾風である。

言うまでもないが、冬になれば、山から吹き下ろす風が厳しくなるのは、全国どこでも。
夫々の地区毎に、独自の呼び名が付くから、数えたら切がないかも。
要するに、〇〇颪である。(六甲,伊吹,比良,樽前,八甲田,筑波,富士,アルプス,八ヶ岳,・・・)

それに、日本の習慣上、気象用語には、節の言葉遊びがついて回る。「冬の季節風」にも様々な語彙が生まれている筈だ。

  冬風(寒風、冷風、厳風、頸風、・・・)
  北風(朔風、北吹、朝北風、陰風、・・・)
  雪風

月名でもよいのである。

  神立風(神渡)
  霜風
  師走風

もっとも、沖縄では、冬の「北」風感覚は無いらしい。ただ、歳暮は新年をも意味するかも知れぬので要注意である。
  師走南風シワシーベー
  歳暮南風シーブパイ
ちなみに、真南風マハエは夏で、大南風オオミナミになると2月末。
新北風ミーニシは秋の10月初旬に吹くようだ。

この違いは、内陸部と島嶼や沿岸部での冬の気象状況が異なることを意味しているとも言えよう。沿岸部の冬の荒れ方はただならぬものがある訳で。沿岸冬風文化的に、本土は3区分できるようだ。

 たま @日本海側[東北〜北陸]
 ならい @太平洋側[三陸〜紀伊半島東]
 あなじ @近畿以西

これらが冬の風の情緒的表現かと言われると、どう答えるべきか窮する。
単なる季節挨拶的表現とも言えそうだし。

そう考えると、冬の風で、素敵と褒めたくなる言葉はたいしてない。ピカ一はこちら。中国にこんな文字があるとは思えないし。

  コガラシ(木枯、木嵐)

またひとしきり強いのが西の方から鳴って来て、黒く枯れた紅葉を机の前のガラス障子になぐり付けて裏の藪を押し倒すようにして過ぎ去った。草も木も軒も障子も心から寒そうな身慄みぶるいをした。ちょうど哀れをしらぬ征服者が蹄ひづめのあとに残して行く戦者の最後の息であるかのような悲しい音を立てている。これを嘲る悪魔の声も聞えるような気がする。何処の深山から出て何処の幽谷に消え去るとも知れぬこの破壊の神は、あたかもその主宰者たる「時」の仕事をもどかしがっているかのように、あらゆるものを乾枯させ粉砕せんとあせっている。  [寺田寅彦「凩」1901年]

 こがらしや 頬腫痛む 人の顔  [芭蕉「猿蓑」]

 吹くからに 冬の木の葉の 枯れ果つれば
  むべ木の風を 凩といふらむ
  [詠み人知らず]

木葉が雪に替われば、浚風となる。
風冴ゆるとか凍風系の表現もオツなもの。

 風冴ゆる 池の汀の 枯蘆の
  乱れふすなる 冬はさびしも
  [田安宗武]

風疼くといった、身を切る風的な感覚表現も優れたものがあるが、今や外を出歩くこともないから、そんな風に出会うことは滅多になさそう。
気象ではないが、隙間風もなかなかの語感。一寸した間隙から、邪気が忍びよる雰囲気を醸し出す訳で。
もっとも、現代建築の普及で早晩死語と化すのは間違いなかろう。そういう点では、初松籟ハツショウライとか、虎落笛モガリブエなど、すでにその域。

 一汁一菜 垣根が奏づ 虎落笛  [中村草田男]

ちなみに、風という文字は、「凡+虫」だろうが、もともとは四方神のお遣い役の 鳳(凰)由来らしい。は異体字で、楓と同じとか。フーん。
素人でも、さもありなん感。と言うのは、漢民族始祖の人頭蛇(虫)身である伏羲の姓は風あるいは鳳とされているからだ。小生の気分的には、「气+虫」と見たいところだが。
古代日本人は、キメラ身体表現には嫌悪感を覚えていたようだから、カゼの語源は蛇ではないと思われる。古事記では、事績無しで、志那都比古シナツヒコ神という、風の神の名称が掲載されている。語註[西宮一民]は「シ=息」。マ、古代感覚では風は霊気だろうから、魂から発する息と同じようなものということか。
古代人は、冬の風に畏怖感を覚えていたのかも。

(参照) 志村文:「沖縄県における風位語彙の分布――『風の事典』を資料として――」 人文社会科学論叢 March 2014

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