■■■ 北斎と広重からの学び 2013.6.16 ■■■

   生命観あるいは宇宙観の提示

ご高齢になられても、絵に全力投球されている堀文子画伯の姿勢について、北斎のようだと書いた。[→2013.2.20]
「群れない。慣れない。頼らない。」をモットーに、命懸けで絵を描くというのだから、画狂人という点ではウリ。
ただ、「画狂」という表現は誤解を与えかねない。大画家に良く見られる「拘り」イメージが生まれるからだ。題材を絞り込み、独自のモチーフというか、表現方法を徹底的に追求し続けるかのように映ってしまう。
堀画伯はそれとは真逆だ。なにせ、81歳でヒマラヤでブルーポピー取材旅行。日本画の花鳥風月の「花」と見てはまずかろう。命あるものとしてのミジンコを題材にしたりもするのであり、そのお仲間なのである。
そうそう、イタリアの田舎にアトリエを移したりと、まさに自由自在。

流石に、北斎のように改名はしないが、絵への姿勢はそっくり。
良く知られるように、北斎は頻繁に住所を変えたし、題材やモチーフもなんでもござれ。関心の対象を絞り込むことはなかった。こちらも自由自在。
この辺りの感覚は、モチーフを作り上げることに価値を見出す西洋芸術の流れとはいささか異にすると言ってよいかも。

その点を一番よくわかっているのは横尾忠則氏かも。よく知られているように、この方もアトリエをよく変える。おそらく、同じ環境で同じようなモチーフを描いていると、突然、気分が乗らなくなってくるのだろう。そして、新たなものを探し求めることになる。これ又「画狂」人であるのは間違いない。

ポスター作品が有名であり、それらを眺めると、北斎の影響を受けているのは間違いないところだと思うが、それは技法とかモチイーフではなさそう。まあ、アンチアート的な主張を感じる作品だらけだから、それは当たり前といえば当たり前かも知れぬが。
そういうことではなく北斎の本質を見抜いた数少ない画家ではなかろうか。
そう思うのは、"小布施の北斎曼荼羅" を読んだから。
北斎88歳の大作、小布施の岩松院本堂本間天井画「鳳凰」を眺めたという旅行記でしかないのだが、驚くことに、ここで"分析的"に絵を解釈しているのである。横尾流を考えると、およそ、考えにくい手の鑑賞姿勢とは言えまいか。だが、そうでもしないと北斎の追及している世界が読めないということ。
 ・鳳凰の背は松葉である。
 ・その周囲は波を表現している。
 ・その波に茶色の紡錘形が喰い込んでいる。
 ・その中にかすかに亀甲印が描かれている。
 ・松林の海岸の波に亀の群れが頭を突っ込んでいる図だ。
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 ・木の葉が裏返っているのは「風」を表している。
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 ・赤いスペースには「心」という文字が浮き上がって見える。
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 ・尾の先の円は、種子たる栗の断面ではないか。
 ・それは豊穣だけでなく、官能や肉欲の表象でもある。

これは、仏法の理念を絵にしたものと看破している訳。流石。

「ふだん絵画作品をこんな風に分析したり解釈したりしたことのないぼくが、なぜ北斎の絵を前にしたときまるで自分が描いたような感覚に襲われるのだろう」と感じたそうで、「まるで遠い記憶の扉が開かれたようにさまざまな情報がどーっと流出してくる感じ」になったという。「画狂」人同士が感性を共有していることがよくわかる。

なんの素養がなくても、北斎の絵を眺めれば、感興が湧き上がってくるが、それはそこに「宇宙観」が描かれているからだということか。
描かれているのは、鳳凰でも、それは仏教世界を北斎的高みから俯瞰した作品なのである。それは、生命観でもあるし、宇宙観でもあろう。富嶽三十六景も同じような作品ということ。

(本) 横尾忠則: "小布施の北斎曼荼羅" @「導かれて、旅」 文春文庫 1995
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