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2008.8.18
 
 


中国が考える覇権国化とは…

 北京オリンピックはお祭騒ぎ。
 現地のほどはよくわからぬが、少なくとも日本のマスコミ報道はその調子。
 その一方、中国の力を見せつけるためのイベントに、そこまで肩入れする必要があるのかという、醒めた批判もみかける。

 これを、どう見るか。

 小生は、マスコミは、状況を結構わかっている感じがした。ついに、中国が覇権国になったのであり、生きていくためには、その流れに合わせるしかないということ。日本らしい無原則な対応だが、日本以外でも、こればかりは五十歩百歩。
 先進国経済が軒並み悪化しており、スタグフレーションを避ける妙案も無い状態で、今や頼れるのは中国経済だけだから背に腹は変えられまい。

 一方、批判はほとんどが原則論に留まっている。George Orwellがとうの昔に言っていたことの繰り返しに近い。   → 「2008年オリンピックの見所 」 (2007年12月20日)
 それはそれで、意味はあるが、気になるのは中国がどちらに向かおうとしてるか、考えない姿勢。このような習慣がつくと、現実が見えなくなるから注意した方がよいのではないか。

 何故、そんな感覚に陥るかといえば、2008年夏、ついに、中国政府は覇権国として振舞うことを決意したと見ているから。
   間違えてはこまるが、北京オリンピックに世界の首脳が集まったことを指しているのではない。WTOでの、中国の動きから、そう感じたのである。
 
 ドーハから7年、経済低迷が始まっているにもかかわらず、WTOはついに破綻したが、交渉の最終局面で、中国が事実上「拒否権」を行使したように映ったからだ。これからは、米国流の仕組みには乗らないと宣言したようなもの。
 中国は、一般の発展途上国と別れ、覇権国になる道を選んだのである。
(WTOは、名目的には多国間交渉だが、事実上、米国型グローバリズムを広げるための機関である。だからこそ、反グローバリズム運動が盛り上がりを見せたと見ているのだが。・・・反対派が要求していた通り、WTOは破綻した。これで貧国が栄えることができるのか訊いてみたいものだ。)

 これはどういう意味かといえば、バーゲニングパワーがついたから、米国が利益を享受できることを前提にした多国間交渉は、もう結構ということ。
 米国と肩を並べる力がついたと認識したのである。ドル・ユーロ経済はGDPで見れば比較にならなぬほど巨大だが、先進国が経済成長を実現するためには、中国経済に依存する以外に手がなくなってきたことを理解したのである。
 この先は、発展途上国の一員としては動かないということ。
(多国間交渉が破綻すれば、常識的にはブロック経済化のリスクが増し、全体の貿易量増加は期待薄となる。この変化をもろにくらうのは発展途上国だが、中国はその地位にあらずということ。
WTOが破綻すれば、成長は限定的になるから、発展途上国の貧困層は固定化されるに違いない。もっとも、熾烈なグローバル化の波で洗われるより、貧困を続けた方がましとの考えかたもあるが。)

 WTOの破綻自体は驚くことではないから、この程度の説明ではわかりにくいかも。
 日本政府の姿勢で考えると、その状況がよくわかる。
 政府はたびたびWTOの合意形成促進声明を繰り返してきた。しかし、誰が見たところで、真意は逆。国内制度を変える気がないからだ。貿易で食べるしかなく、覇権国でもないのにこの対応。
 つまり、日本政府は、WTOの価値をたいして評価していないのである。おそらく、できる限り、覇権国たる米国の意向に沿って動き、日米交易に支障がないようにするとの方針だろう。多少の譲歩は必要だが、米国の考える自由貿易化路線に乗っていけば安泰という考え方である。

 中国も、加盟した当初は、農産品輸入の容認など、米国主導の仕組みに積極的に応えた。外資を呼び込み、輸出ドライブをかけるのに、米国主導のWTO型仕組みは不可欠だったのである。
 ところが、米中の経済の相互依存が強まってしまい、米国のバーゲニングパワーが消滅した。日本以上に米国との交易依存と見られていたが、もうWTO型仕組みは不要と考えるようになったということ。

 中国は、覇権国と見られないようにずっと気をつかってきたが、これからは、そんな必要が無くなるということ。

 こうなると、この覇権国は、どのように君臨しようと動くか、関心を払っておく必要があるだろう。
 と言うことで、最近の胡錦濤国家主席の動きをざっと追ってみた。そのなかでは、 2008年6月の科学院での演説がわかり易い。(1)
 なんといっても秀逸は冒頭。

 1978年大会でのケ小平講和の話を紹介しているのだ。この講和こそが「改革解放」路線の口火だったと説明している。
 と言うことは、この演説もそれに負けず劣らず、政策大転換の走りと言いたい筈。つまり、自主創新科学技術が主導する国家を目指すと宣言したに等しい。科学技術者が支える国家体制にするつもりだから、しっかりやれと檄をとばしたのである。
 簡単に言えば、国家主導の計画型イノベーションを狙うということだろう。
  (1) 科学技術が一番の生産力
    科学技術主導で、早急に先進国レベルに追いつき、小康社会を建設し、現代化の戦略目標を示す。
  (2) 人才資源が最重要資源
    質の高い労働者、数千万人の専門家、創新能力を持つ人材を生み出す。
  (3) 自主創新能力向上優先
    経済と安全保障の核心領域は、革新的な自主技術が支える。
  (4) 社会主義的な集中化
    社会主義的に管理し、大局的見地から資源配分。国研が牽引し、大学は基礎研で力を発揮する。
  (5) 科学技術は社会発展の服務役
    経済と安全保障の核心領域で、重大な科学技術問題を解決する。
  (6) 科学精神の普及
    理論、制度、文化、等で創新の考え方を普及し社会を発展させる。

 これから科学技術分野を最重要視するのだから、技術屋は頑張れと檄をとばしたのである。
 13億人もいれば、その気になって人を育成し、最優先で資源を投入すれば、イノベーション創出ができない訳がなかろうという発想である。米国の科学技術を支えている流出組も、これからは中国で働いたらどうだという訳である。
 なにせ、数千万人の専門家を抱えるというのだ。それが数億人の質の高い労働者を率いるというのだから、そのスケールの大きさは、流石中国。
  ・科技発展的首要任務
  ・制度創新促進科技進歩和創新
  ・培養造就宏大的創新型人材
  ・創新文化激励科技進歩和創新

 思うに、「科教大国」構想が思った以上に上手く進んでいるのだろう。
  → 「中国の本質は科教大国 」 (2006年12月7日)
 エンジニア・研究者の年間50万人輩出はすでに実現されているから、そのうち100万人。数千万人という数字は誇張ではない。
 民主化などにこだわって騒いだところで、何も良くなる訳ではない。それよりは、技術を磨いて国を豊かにせいということだろう。

 こんな呼びかけがどこまで通用するかわからないが、若者が赤表紙の本を片手に燃えあがった国だ。こんどは「目指せイノベーション」運動がくり広げられるかも。

 確かに、そんな土壌はできつつあるようだ。(2)
 マーケティング責任者が“We'd like to make a green energy car, a plug-in.”と語る企業が生まれている位なのだから。その企業名は、なんと、「Build Your Dream」。“We think we can do that.”の精神らしい。
 1995年創業らしいが、世界第2位の電池メーカーだという。
 ついに、中国は、ここまできたのである。

 “low-skilled, low-cost, low-margin”の製造業から脱すべく、本気で取り組みが始まっているのだ。
 すでに、南の沿岸部の軽工業地帯では、工場移転は急ピッチ。それも中国奥地だけでなく、インド、ベトナム、バングラデッシュへの展開も進んでいる。雇用を守るために、政治的圧力で無理矢理工場を残させる話などここでは皆無。
 移転しなければ、高い労賃で、早晩、企業が立ち行かなくなるから、皆、必死に動くしかない。

 こんな状況のところに、国家技術が投入されるということ。
 従って、「社会主義的」に「自主技術」を計画的に登用するという話が、ソ連邦型管理システムへの復帰を意味している筈がない。考えられることは一つ。
 米国のクリントン政権型の「計画」だろう。

 つまり、今まで表にでてこなかった軍需技術者が民需領域にも係わってくるということ。今まで未公開だったものを、安全保障上問題がなければ、国家の発展にために活用していくことになろう。統合的に考えるとは、質の高い国研の成果や人をどんどん活用せよという話だと思われる。

 「社会主義的」とは、国家に属する研究所を、国全体のために最大限に活用することを意味している。おそらく、民営化も辞さないということ。
 これから疾風怒濤型でイノベーションに突き進むから、科学技術者の諸君、覚悟はよいか、といったところだと思う。

 --- 参照 ---
(1) 胡錦濤国家主席: 「在中国科学院第十四次院士大会和中国工程院第九次院士大会上的講話」 人民日報 [2008.6.23]
   http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2008-06/24/content_45070.htm
(2) David Barboza: “In China, low-end industries give way to high-tech” International Herald Tribune [2008.8.1]
  http://www.iht.com/articles/2008/08/01/business/01factory.php
  David Barboza: “The rise of China's Communism 3.0” International Herald Tribune [2008.7.30]
  http://www.iht.com/articles/2008/07/30/business/factory.php
(GDPのグラフのデータ) http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ecodata/pdfs/k_shihyo.pdf
(人口のグラフのデータ) http://www.unfpa.or.jp/pdf/2007_all.pdf
(中国国家博物館の時計の写真) [Wikipedia] by 吉恩
  http://commons.wikimedia.org/wiki/Image:National_museum_of_China_2008_countdown_clock.jpg


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