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■■■ 本を読んで [2015.1.24] ■■■

白氏酒詩の頂点

漢文の解釈書、白氏文集十(巻57-61所収)を取り上げる気になったのは、「醉吟先生傳」の専門家の註と解釈がどうしても読みたかったから。
もちろん、それ以外にも数々の酒詩が収載されている。・・・
 「酒 十四首 序」
   何處難忘酒 七首
   不如來飮酒 七首

 「醉中重留夢得」
 「醉吟」
 「府酒 五絶」
   變法
   招客
   辨味
   自
   諭妓

 「雪夜對酒招客」
 「酒功贊 序」
尚、上記の何處難忘酒と不如来飲酒はすでに取り上げた。・・・
  黴臭き漢詩を読む[勧酒][2014年5月17日]
  「詩聖堂詩集」から飲酒[2014年12月23日]
そう言えば、酒の序文がなかったので追加しておこう。
 予分秩東都、居多暇日。 [官僚の職を得た訳である。]
 閑来輒飮、醉后輒吟。
 苦无詞章、不成謠咏。
 毎發一意、則成一篇、凡十四篇。
 皆主于酒、聊以自
 故以《何處難忘酒》、《不如来酒》命篇。


なんといっても、「醉吟先生傳」はイイネ。高級官僚となり、左遷もされたものの、特段めげることもなくその生活を楽しみ、最終的には法務大臣という要職を引き受けた上で、完全引退モードに入った人気者だけのことはある。成熟した文化国家ならではの人物といえよう。
もちろん、知識人伝統の反権威主義的な社会風刺の作品も多い筈だが、その辺りは社会的にカットされて紹介されるのも実に面白い。

そのなかで曰く。・・・
 凡人之性鮮得中、必有所偏好。
 吾非中者也。
 設不幸、吾好利、而貨殖焉、
  以至於多藏潤屋、賈禍危身、奈吾何!
 設不幸、吾好博奕、一擲萬錢、傾財破
  以致於妻子凍餒、奈吾何!
 設不幸、吾好藥、損衣削食、
  煉鉛燒汞以至於無所成、
  有所誤、奈吾何!
 今吾幸不好彼、而自適於杯觴諷詠之間。
 放則放矣、庸何傷乎?
 不猶愈於好彼三者乎?
 此劉伯倫所以聞婦言而不聽、
 王無功所以遊醉郷而不還也。
蓄財家ではなく、賭博狂にもならず、薬(不老)中毒にも犯されず、杯觴[盃]と諷詠の自適の生活。放蕩的だが、これら3者よりましとおっしゃる。確かに。
そして、先生、さらに尽くせよ何杯もの酒である。・・・
 吟罷自哂、掲甕撥、又飲數杯、兀然而醉。
 既而醉復醒、醒復吟;
 吟復飲、飲復醉、醉吟相仍、若循環然、
 是得以夢身世、雲富貴、
 幕席天地、瞬息百年、
 陶陶然、昏昏然、不知老之將至!

時に834年。先生の齢67。
 今之前、吾適矣;
 今之後、吾不自知其興何如?

どう見ても、白楽天の作品を考えるなら、イの一番は酒詩というのが小生の見立て。風刺[諷諭]作品が無視されるのは致し方ないとはいえ、感傷モノを中心に紹介されると読んでいいてつらいものがある。
講談社学術文庫に、900頁近いぶ厚い「漢詩観賞事典」(石川忠久編 2009)があるのだが、17首紹介されているうち、酒は僅か1つであり、それも以下の5首のうちの、有名な2番目の蝸牛だけ。王昭君、長恨歌、琵琶行といったものを入れなければならないだろうし、賣炭翁や香爐峰の雪のような良く知られているものを切る訳にもいかないから選定は難しいとはいえ。

  「對酒五首」
 巧拙賢愚相是非、何如一醉盡忘機。
 君知天地中ェ窄、雕鶚鸞皇各自飛。

 蝸牛角上爭何事、石火光中寄此身。
 隨富隨貧且歡樂、不開口笑是癡人。

 丹砂見火去無蹟、白發泥人來不休。
 ョ有酒仙相暖熱、松喬醉即到前頭。

 百無多時壯健、一春能幾日晴明。
 相逢且莫推辭醉、聽唱陽關第四聲。

 昨日低眉問疾來、今朝收弔人回。
 眼前流例君看取、且遣琵琶送一杯。


「醉吟先生傳」を踏まえると、この詩は確かに絶品である。孔子が悪逆非道の盗賊である盗跖に完膚なきまでに打ちのめされたされた話、「荘子」盗跖篇を念頭においていそう。人間など、どのみち長生きで百歳。長生きと言われ始めるのが六十。その期間、大いに笑えるのはほんの僅か。自分の性状に合わせて楽しく生きようではないかと。

齢67と言えば、現在の日本の定年65とドッコイドッコイ。白楽天のご隠居生活は現代人が見ても魅力的に映ると思うがどうだろう。・・・要するに、50代から60代で閑を活かせるなら、最高の幸せと主張している訳で、それを実現してしまったのである。もちろん、枯淡清浄な心情で、好みのジャンルの芸術を心ゆくまで愉しみ、お酒も好きなだけ。
統計的にみれば、70才台で大部分が死に絶えるのだ。医療がいくら発達していようが、数字ははっきりそれを示している。いくら頑張ったところで、その数字に2〜3年加える程度がせいぜい。もっとも、もしも、80で健康だったりすれば、間違いなく90を軽く越してしまうが。
9世紀にすでにそんな世界をわかっていた人がいたのだから凄すぎ。・・・
   「耳順吟」
 三十四十五慾牽、七十八十百病纏。
 五十六十卻不惡、恬淡清淨心安然。
 已過愛貪聲利後、猶在病羸昏耄前。
 未無筋力尋山水、尚有心情聽管弦。
 閑開新酒嘗數、醉憶舊詩吟一篇。
 敦詩夢得且相勸、不用嫌他耳順年。


平安京で、押しも押されぬ漢詩の主とされたのは当然の話では。

尚、挟み込んである季報[No.115]に、後藤昭雄「菅原道真の祭文と白居易の祭文」が掲載されていた。・・・886年に、讃岐守として任地で雨乞いをしたのだが、その時の「城山の神を祭る文」が、ほぼ同じ境遇にいた白居易の「皐亭の神に祈る文」の、ママではないとはいえ、ほぼコピーに近いというのである。
凄まじきもの白楽天の威光なり。

(本) 岡村繁: 「新釈漢文大系 106 白氏文集 十」 明治書院 2014年12月10日

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