表紙 目次 | 「我的漢語」 2014年12月23日 「詩聖堂詩集」から飲酒太田蜀山人は「詩は詩仏、書は米庵に、狂歌 俺、芸者小万に、料理八百善」と詠ったそうである。八百善の料理以外は味わったことなきものだらけで、自分が、いかに江戸文化に無知かがよくわかる。漢詩は江戸の大衆文化だったが、綺麗さっぱり忘れ去られてしまった訳だ。ここに触れられている詩仏だが、頼山陽 [→] と同時代人。もちろん交友関係あり。 その大窪詩仏[1767-1837]の号は詩聖堂。杜甫啓愛者だったのだろう。それを常に意識していたいのかも。 詩家ではあるが、なんといっても書画が素晴らしい。江戸末期の大衆文化の質の高さを示すものでもあろう。 → 大森林造:「大窪詩仏の詩と書をあじわう 詩書屏風」[2013-01-01] 無朝無暮醉醺々 鯨吸百川何足云・・・飲如長鯨吸百川 : 耳目依然歯無恙 七十如我亦應稀・・・人生七十古来稀 : 老顚醉墨与君看 飛電驚蛇競筆端・・・揮毫落紙如云煙 : ただ、杜甫よりは、白楽天の不如来飲酒を気に入っていたようである。 「不如来飲酒傚楽天体(四首)」 【其一】 莫作漁人去 全家寄小舠 竿糸下暁雨 蓑笠犯風濤 笭箵当難満 篙枝到処労 不如来飲酒 閑坐酔陶陶 【其二】 莫作書生去 毎遭窮鬼煩 家唯四壁立 食劣一箪存 詩賦工無益 経綸豈足論 不如来飲酒 混俗酔昏昏 【其三】 莫学長生去 長生却足愁 人民華表上 洞狄㶚城秋 丹桂猶煩伐 蟠桃非易偸 不如来飲酒 無事酔悠悠 【其四】 莫作樵夫去 丁丁遠隔雲 下経脩蟒窟 上過餓狼群 費尽一身苦 纔供半日焚 不如来飲酒 閑臥酔醺醺 大窪詩仏「詩聖堂詩集二編」巻九 1826年、60歳の作品。漁人は苦労が多い仕事だし、書生稼業は役に立つとも思えず、長生きは心配が募るだけで、樵夫は危ない。酒でも飲んで、・・・。というのはわかるが、どうやって酒代を稼ぐのだろうか。雇われ官人で我慢が一番のお勧めということかな。しかたなしに官職で糊口の杜甫を真似ている訳でもないとは思うが。ただ、"詩賦工無益 経綸豈足論"という辺りは、なんとなく杜甫的な意識を感じさせる。 白楽天の「不如来飲酒 __酔□々」をそのまま用いているが、4首なので□は、陶昏悠醺で、厭酣騰は使っていない。漢語としては、残りの3つは余り魅力的ではなかったということかも。和的オノマトベと字形イメージが今一歩ということで。浅学の身にとっての、漢詩の面白さは、こんなところにある訳で。まあ、どうしても、素人なりに漢字の意味を考えてしまう訳である。さしずめ、杜甫だと、悶々も使いたくなりそうな感じがする、とか。 陶々:陶酔(快くというところか) 陶然(うっとり) 昏々:昏酔(泥酔に限りなく近し) 昏然(おろか) 悠々:悠酔(こんな言葉は無いか) 悠然(のどか) 醺々:醺酔(顔が赤くなる酔い方) 醺然(ほろよい) もっとも、この「不如來」だが、万葉集[759年]にも登場する用語である。もっとも漢語ではなく、「不如=如(し)かず」と「來=[助動詞]けり」という和語で読むようだが。 宰帥大伴卿讃酒歌十三首 黙然居而 賢良為者 飲酒而 酔泣為尓 尚不如来 黙居りて 賢しらするは 酒飲みて 酔ひ泣きするに なほしかずけり [万葉集#350] 小生は杜甫の心情吐露より、こちらの方に惹かれる。沈黙して考え込むというか、実際は悩む訳だが、そんなことをするよりは、酒を飲んで泣いてしまえば、そのうち嬉しくなるもの。賢そうに振舞うより、優れた対応との指摘は正論。それは杜甫的な憂さ晴らし酒 [→] とは違うと思う。 詩仏は独酌という気分でのノリはなさそうな感じがするがどうなのだろうか。もっぱら酒宴の方のようだ。もっとも、それは詩会が半ば商売であったろうから、止むを得ぬことかも知れぬが。以下は1831年65歳の作品の冒頭。 「賦得酒無独飲理」 酒名掃愁箒 又号釣詩鈎 愁裏君試飲 独酌豈慰愁 吟時如独飲 好句不可求 : 大窪詩仏「詩聖堂詩集三編」巻四 互いに一献を繰り返すと、素敵な詩が生まれるというのは、本当かいなという気がするのだが。どんなものだろう。 ─・─・─・─・─・─・─・─ 「不如来飲酒七首」 白居易 莫隱深山去、君應到自嫌。 齒傷朝水冷、貌苦夜霜嚴。 漁去風生浦、樵歸雪滿巖。 不如來飲酒、相對醉厭厭。 莫作農夫去、君應見自愁。 迎春犁痩地、趁晩餵羸牛。 數被官加税、稀逢歳有秋。 不如來飲酒、相伴醉悠悠。 莫作商人去、恓惶君未諳。 雪霜行塞北、風水宿江南。 藏鏹百千萬、沈舟十二三。 不如來飲酒、仰面醉酣酣。 莫事長征去、辛勤難具論。 何曾畫麟閣、隻是老轅門。 蟣虱衣中物、刀槍面上痕。 不如來飲酒、合眼醉昏昏。 莫學長生去、仙方誤殺君。 那將薤上露、擬待鶴邊雲。 矻矻皆燒藥、累累盡作墳。 不如來飲酒、閑坐醉醺醺。 莫上青雲去、青雲足愛憎。 自賢誇智慧、相糾鬥功能。 魚爛縁呑餌、蛾焦為撲燈。 不如來飲酒、任性醉騰騰。 莫入紅塵去、令人心力勞。 相爭兩蝸角、所得一牛毛。 且滅嗔中火、休磨笑裏刀。 不如來飲酒、穩臥醉陶陶。 (本) 揖斐高:「江戸詩人選集 第五巻 市河寛斎 大窪詩仏」 岩波書店 1990年 (C) 2014 RandDManagement.com |