↑ トップ頁へ |
2005.11.16 |
|
|
古事記を読み解く [神産み]“国産み”の話に続くのが、“神産み”である。→ 「古事記を読み解く [国産み] 」 (2005年11月9日) 「いざなきの神」と「いざなみの神」の兄妹ペアは結婚して、国土を産み出したが、それに伴って文化も創出するのだから、その元となる神々も産む必要がある。 と言う事で、このペアから、次々と神々が産まれる。と言うより、尊いと感じるものは、ほとんどが神なのだろう。万物に霊の力を感じるのが、日本流なのだ。 (更生神. 故生神名大事忍男神.・・・) ・大事忍男神 ・石土毘古神 ・石巣比売神 ・大戸日別神 ・天之吹男神 ・大屋毘古神 ・風木津別之忍男神 ・大綿津見神(海神) ・速秋津日子神(水戸神) ・速秋津比売神 さらに、この2神は芸神、美神、水分神等を産む。 ・志那都比古神(風神) ・久久能智神(木神) ・大山津見神(山神) ・鹿屋野比売神(野神) この山野の2神は、様々な神を産む。 ・鳥之石楠船神 ・大宜都比売神 ・火之夜藝速男神 海、水(川)、風、木、山、野については、説明がついているが、他の神には説明が無いから、名称を見れば自明なのだと思う。畏敬の念を持って接すべき対象が網羅されていると考えてよいだろう。 最後の、「火之夜藝速男神」は、又の名を「火之迦具土神」と言い、まさしく火の神だ。この神を産んだお陰で産婦「いざなみの神」は病に臥してしまう。 神は、敬うべき対象だが、同時に恐ろしいものでもある。人の力は小さく、神の一寸した動きで人は死に追いやられるという感覚が伺える話である。 昔は、出産行為は命がかかっていたのである。栄養もなく、死ぬことも多かっただろう。 それはともかく、この病人が吐いたものや糞尿からさらに神が産まれる。ここには、汚物のイメージはない。生きている人の排泄物と見なされていないからだろう。 と言うより、「死」は、一方で新たな「生」を生み出すという思想が流れていると見た方がよいかも知れない。 こうして、「いざなきの神」と「いざなみの神」は数多くの神をつくったのである。 (凡伊邪那岐伊邪那美二神. ・・・神三拾伍神.) 結局、「いざなみの神」は亡くなり、「いざなきの神」は慟哭。その涙からも神が生まれる。 現代でも、こんな涙は尊いとされるだろう。この時代の感情は、今も、そのまま受け継がれていると言えそうだ。 亡骸は、出雲と伯伎の境に葬られる。 そして、「いざなきの神」は「(火之)迦具土神」の頸を十拳剣で斬る。その血から8神が生まれる。 血を流すことも、尊いとされているのだ。 (并八神也. 因御刀所生之神者也) 一方、殺された「(火之)迦具土神」の遺体の各部分からも神が生まれる。 話はここで終わらない。 さらに、「いざなきの神」は亡き妹を追って黄泉の国に往き、帰還してくれと頼むのである。 「死」をどう考えるかが極めて重要なテーマだったことがわかる。 「いざなみの神」は、黄泉の国の食べものを口にしてしまったので、すでにそこの住人になってしまったと答える。“同じ釜の飯”という言葉があるが、食をわかちあうと、コミュニティのメンバーになってしまうとの思想が流れている訳だ。 神へのお供えものや、仏壇にあげる食事とは、差し上げることに意味があるのではなく、一緒に食すことに意義があるのだ。神や先祖と同じコミュニティに属すことを誓う儀式なのである。 ともあれ、「いざなみの神」は、帰還可能か相談するから、姿を見ないで、と言い残して内の間に入っていく。しかし、待ちきれなくなった「いざなきの神」は、左側の髪に刺していた櫛(湯津津間櫛)の端にある太い部分一本を取って、火を灯して、姿を見てしまう。 黙って待っていてもどうにもならない時は、タブーを破る勇気が必要で、真実を見抜く力は「髪」に宿っていることを暗示したお話である。そんなことができる人が、勇者なのである。 ここでは、勇者は、地の奥底から力を貰えるとの考え方も示されているような気がする。日本人の温泉好きの原点は、この辺にありそうだ。 そして、黄泉の国の恐ろしさが詳しく記載されている。死体には、強そうな蛆がわき、沢山の雷がまとわりつく。 ここからは、死体は汚らわしく、危険ものという考えがはっきり読み取れる。遺体は、遺族にとってはどうしても気になる存在だが、意味なき汚らわしいものと断定している。おそらく、この頃は、土葬といった習慣などなく、死体は腐敗したのだと思われる。墓とは、生活範囲から遠く離れた、遺体を放置するための場所だったに違いない。 「いざなきの神」はルールを破ったのだから、その代償を払わされる。黄泉の国の勢力に追われることになる。 そのきっかけは、死者のあられもない姿を見たことだ。死ぬに当たって、見苦しい様子を見せるのは恥との考え方が示されている。この思想は、綿々と現代にまで受け継がれている。 この逃亡の話はやけに詳しい。 最初に、追手を振り払ったのは、頭の飾りもの。投げ捨てると、食べ物にかわって、窮地を救う。 (取黒御蔓投棄乃生蒲子.・・・猶追亦刺其右御美豆良之湯津津間櫛・・・) 要するに、呪術で対処したのである。悪霊に対抗するには、呪術が一番なのである。 現代でも多くの人がお守りを身につけているところを見ると、この感覚は今も通用している。万一の際は、お守りが守ってくれるのである。 その後、悪霊の軍勢と戦うために剣も使ってはいるが、もっぱら食べ物の力で悪の勢力を追い払っているように映る。 食を与えて、戦いを避けることが利口な方策と考えてきたようだ。 このなかで不思議なのが桃である。桃を縁起がよいものと見なしているのは中国だから、他国の感覚が同居している感じがする。中国の方法を活用して、災難を避けてきたことを意味するのだろうか。 それにしても、食べ物で悪霊達を引きとめる発想は愉快である。逆に言えば、食べ物に目が無い輩は悪霊並ということになるのだろうか。 結局、最後は、悪霊「いざなみ」との戦いになる。岩で閉じ込めることで、悪さを抑えるのだが、悪霊側は1日1,000人殺すと宣言する。それに対して、現世は1日1,500人生むと対応する。 昔は、この程度の死生感が通用する社会だったのである。 この話を読むと、死者の霊は、岩で抑えよという通念を感じる。岩には力があると信じられていた訳だ。 この先、「いざなみ」は黄泉津大神と呼ばれるようになる。 悪さをしそうな死霊も神なのだ。但し、貢献明らかで、立派な系譜がある場合だけだと思うが。 こちらは、もっぱら恐ろしい神であり、美味しいものをお供えして、危害が及ばないようにすることになる。ともかく、ご機嫌を損なわないように祀り上げるのである。 一方、「いざなきの神」は穢れを禊ぐ必要がある。 (穢国而在祁理. 故吾者為御身之禊而.) この葬祭後の、“穢れを禊ぐ”習慣は今も続いている。神話の世界は脈々と受け継がれているのである。 「いざなきの神」の場合は、禊のために、筑紫まで往くのである。極めて重要な儀式なのである。 そこで、持っているものや、着ていた衣や装身具を外すと次々と12柱の神が生まれる。 (因脱箸身之物所生神也.) さらに、川のよさそうな場所を選んで、流れで身を清めると、穢れから禍の神が生れてしまう。そこで、禍を避けるために、さらに3柱の神を生む。 死をきっかけに、残ったものが生まれ変わりを図るシーンである。死の影を取り除き、新しい息吹を生み出す鮮烈なイメージを与える。 日本人にとって、死者を弔うことが極めて重要な意味を持つことが、この長い記述でよくわかる。逝く人の霊から生まれる新しい神を迎える必要があるからだ。 但し、遺体に関心を持ってはいけない。 一方、死者を埋める“墓”それ自体にはたいした意義を認めていないようである。 現代の記念碑的な墓石つくりは、この流れとは全く別物と言えそうだ。ただ、土葬にした場合は、岩で死者の悪霊を抑えるという考え方はあるかもしれない。 想像にすぎないが、伝来仏教が日本に根付いたのも、このような弔いを、プロフェッショナルとして受託できる仕組みを作ったからではないか。定住し、使えそうな土地は農業生産に当てるから、遺体の自然放置可能な余地も減る。まずは土葬化と、墓の管理が必要になったとも言えそうである。そして、さらに火葬化へと進まざるを得なかったのだと思える。 分類を躊躇したくなるほど沢山の神々が生まれる話が続くが、“神産み”のハイライトは最後である。 貴神誕生でしめられる。 左の目を洗うと天照大御神、右の目を洗うと月読命、鼻を洗うと建速須佐之男命が生まれたのだ。 「いざなきの神」は大いに喜ぶ。 (此時伊邪那岐命大歓喜詔. 生生子而. 於生終. 得三貴子.) この喜びこそ、民族の息吹だと思う。洞察力があり、清冽な神に、新しい時代を率いて欲しいという希望を託したといえよう。 死者が優れた生者を生み、より強固な系譜が続いていくという思想の一番の華の場面である。 そして、この3貴神にそれぞれに統治の役割が与えられる。地上で生まれたが、そのテリトリーは天にもおよぶ。 天照大御神は、高天原。 月読命は、夜の食国 建速須佐之男命は、海原。 3貴神を生んで、次世代を託した時点で、「いざなみの神」と「いざなきの神」は使命を果たしたのである。 「古事記を読み解く」 (次回に続く)>>> 文化論の目次へ>>> トップ頁へ>>> |
(C) 1999-2005 RandDManagement.com |