表紙 目次 | 2017.7.26 "五穀"考"五果"を考えていて、柑橘類が入っていないのに、ナッツの栗を入れるのはおかしいということで、「栗⇒梨」と勝手に結論を出した。要するに、長命信仰に繋がる桃梅系の水果と仙人食イメージの棗だけの筈と見なしただけのこと。そうして選んだ5ッを五味のセンスで強引に当て嵌めた訳である。 → 「"五果"考」[2017.7.20] そこで、もう一つ"五穀"も検討しておきたくなった。 穀類と言うのに、どういう訳か"豆"が入っているし、様々な説があり、いかにも混乱しているように見えるし。 ただ、こちらは"五果"とは違って、生活の根幹にかかわる主食となる重要な作物を扱っているから、選定にはそれなりの深い意味がありそうではある。 と言っても、代表としてとりあえず5ッを選んだにすぎないという点では、なんらかわりはないが。 換言すれば、"五穀の内容を見ていくと古代中国及び日本におけて重要とされた穀物とその栽培の歴史などを知ることができる"とも言える訳だ。当然ながら、3、6、8、9という聖数で選ばれることもある訳だ。 ただ、日本列島のような狭い地域で選ぶなら、はなから5ッは自明という気もする。 モチ粟は古代から好まれていたろうし、水稲が伝わり全精力を傾け、さらに大陸北方の小麦はどうしても作りたかったという状況。それに豆も同時にというのが農業の実態だからだ。ところが、2書で選定が異なるのである。・・・ _目_陰_耳_尻__鼻 _稲_麦_粟_大豆_小豆 …「古事記」 _腹_陰_額_目_陰 _稲_麦_粟_稗_豆(大,小) …「日本書紀」 「日本書紀」には政治的な意向が働いたからだろう。為政者としては、水田稲作と畑地麦作に拘りすぎると、リスクが大きすぎるから、救荒作物的に"稗"栽培を強制したに違いないからだ。粟モチ、黍ダンゴは好まれたが、稗の人気はそれとは違うと思われる。 西洋的な観点で、日本の5穀を選ぶだけなら、豆は除外されるのでどれを選ぶかという問題は生じない。選ぶ数も5ッが丁度良いのである。・・・ _米_麦_粟_黍_稗 …「日葡辞書」 (豆の存在が気になる訳だが、蛋白質摂取という点では不可欠なものであるのは確か。狩猟経済が成り立つ環境から早くに脱したが、肉やミルク生産が経済の一角を担える方向に進まないなら当然のこと。"五穀"を主食として定義するなら、豆類を入れるのはおかしなことではない。) ただ、"五穀"をどう定義するかは、その土地によって違っていたと考えた方がよさそうである。 「琉球国由来記」の受水走水と久高島伊敷浜には、稲と五穀の渡来が記載されているらしいが、後者はどうも4ッしかないようだ。もちろん、稲と違って海の向こうから壺に入って種がやってくるのだが。・・・ _稲 + 麦_粟_アラカ_小豆 … 上記のアラカだが、穀類ではなく竜胆系茜類の植物の赤い実を指すとのこと。 [(長実)母丁子 or 琉球青木/九節木 or 山大刀/(Psychotria)] → 「"穀類"一瞥」[2017.7.25] う〜む。コリャなんなんだ。なんとなく仏教臭を感じるが。 さて、ここで本家本元を見てみよう。 どうも、五行が流行る前から、五穀に相当する思想があったようだ。 もちろん北方の水稲欠落地域でのことで、祭儀用として五穀が定義されていたという。犠牲から、穀物供犠に変わっていくころのことだろうか。 季節的な観点で五行的に表現することもできるが、おそらくそれほど確固とした考えがあった訳ではないだろう。・・・ _秋_冬_中央_春_夏 _麻_黍_稷__麦_豆 …「呂氏春秋」十二紀、 ____________「礼記」月令、「淮南子」時則訓 この思想が様々な書に適応されていったということのようだ。・・・ _麻_黍_稷_麦_豆 …鄭玄注@「周礼」天官疾医 _麻_黍_稷_麦_菽 …廬辯注@「大戴礼」曾子天圓 しかし、これでは水稲栽培の時代にそぐわないから、そのままにしておく訳にはいくまい。 素直に考えれば、「麻⇒稲」である。ただ、五行的な位置付けが行われているものの1つを変更したと言う訳にもいかないから、当座、"五種"と呼び換えていたようだが、衣類需用の変化も重なり麻の生産が下火になれば、"五穀"として認められていくことになる。・・・ _稲_黍_稷_麦_菽 …趙岐注@「孟子」滕文公上 _黍_秫[モチ粟]_大菽_稲_麦 …「管子」巻十九地員篇 この状態での五行化はそう難しいものではなかったであろう。五味に強引に当て嵌めればよいからだ。・・・ _木_火_土__金___水_ …五行 _酸_苦_甘__辛___鹹_ …五味 _麻_麦_米_黄黍_大豆 …五谷 だが、麻に愛着を感じていた層も存在していたに違いない。そうなると「黍⇒稲」が正当な転換であり、それを"新五穀"をと考えるべしとなろう。五種は地域的にみた重要な主食であるが、原点を考えれば麻は落とせないということ。・・・ _稲_稷_麦_豆_麻 …王逸注@「楚辞」大招 _麦_稲_菽_麻_禾 …徐堅〔撰〕「初学記」 もともと、無理矢理にも、五味に合わせていたのだろうが、そこに食養的観点が入ってくると、どうしても「古事記」型の選択になってくる。[王氷注@「黄帝内経素問」巻第七蔵気法時論]・・・ _粳米_小豆_麦_大豆_黄黍 概略はこんな流れのようだが、それとは一線を画すのが密教修行食。芥子や胡麻が選ばれるのである。いかにも西域的であるが、基本はあくまでも、米飯、小麦粉、調理豆。[「成就妙法蓮華経瑜伽智儀軌」, 「建立曼荼羅護摩儀軌」]・・・ _稲穀_大麦_小麦_則豆_白芥子 _大麦_小麦_稲穀_小豆_胡麻 油脂分摂取ということで胡麻を選んだと考えることもできるが、もともと古代インドで5ッ選ばれていた作物を踏襲したと見た方がよいと思う。 _大麦_小麦_米_小豆_胡麻 (参照) 森田潤司:「食べ物の名数(1)五穀(上)中国古典に見られる五穀」,「食べ物の名数(1)五穀(下)日本古典に見られる五穀」同志社女子大学生活科学 45 2011年 「日本大百科全書(ニッポニカ)」 小学館 文化論の目次へ>>> 表紙へ>>> (C) 2017 RandDManagement.com |