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「我的漢語」
2014年4月16日

米と禾と粢

米偏の漢字を取り上げてみたが、引き続いて、少々毛色を変えて「米」を眺めて見た。続編にはなっていないが。
   「米と粟と稲」  [2014年4月9日]

早速、その【米】だが、【禾】の穂に実がついている形をさすという。「穀」とは堅い殻に包まれた草木の実のことらしいが、「禾」類の「穀」の籾殻を除去した實が「米」と呼ばれているのだという。もともとは、かなり広い概念のようだ。
従って、重要な作物はほとんどの場合「米」である。ただ、実がつく部分が穂とは言い難い形状だと該当しないことになる。

この言い方だと、【粢】(しとぎ)の意味も変わってくる。現在は、米の粉を食べる形にしたものだが、もともとは「穀實」のことのようだ。(六粢とは六穀に同じ。穀物の総称で神に供えるもの。基本はキビ。)

まあ、色々な説があるというより、大陸は余りに広く、様々な文化があったから、一義的に決めるのは簡単ではないと解釈すべきなのだろう。

そう言えば、【禾】も、わかったような、わからない文字である。
黄河文明発祥の地域での主食たる、アワの穂が垂れる様子を表現した象形文字とされるが、日本では、「ノ」と「木」からなるので、"のぎ"と読まされる。もちろん部首名でしかなく、文字暗記用の名称に映る。しかし、訓の"のぎ"が無い訳でもない。穀類の実に付随する針のように尖った部分を指す言葉として使われているからだ。しかし、その場合は、「芒」を使うのが普通。
もっとも、訓読みとしては、"いね"もある。黄河流域は稲作には不向きだったから、稲(Rice)の意味であろう筈がなく、「イネ科の植物」との感覚で用いられたのだと考えるのが自然だろう。
葉が細長くて、花弁の代わりに二枚の苞からなる花が咲き、硬い殻の実が成る草ということになろう。そうすると、葦や薄も含まれてしまうが、どうなのだろうか。

折角だから、「禾」の作物漢字も眺めておこう。

この手の文字が主として通用したのは黄河流域であるから、キビとアワになる。アワよりは、キビの方が主流だったのではないかと思うが、ともあれ「2穀」が基本だったろう。
これがなかなかの面白さ。
「黍」が一番良く登場する文字のようだが、モチ性のキビを表す文字。さらに、様々な品種が存在していた模様で、それぞれの文字があったらしい。
(フォント無しの文字は記載していない。[]は一文字。)
アワの文字の部首は「米」だと思っていたら、それはウルチ性で、モチ性は「禾」なのである。
キビ
  モチキビ
  黒黍/秬 モチクロキビ
  [禾丕] オオクロキビ(実が二つ)
  丹黍/赤黍 モチアカキビ
  白黍 モチシロキビ
  ウルチキビ
  (高黍,蜀黍,高梁/コーリャン,ソルダム)
アワ
  ウルチオオアワ
  ウルチコアワ
 [禾朮] モチアワ

しかし、漢字文化が黄河のみで留まっていなかった訳で南方にも広がれば、次に重要な作物はイネとなる。こちらは、「漑種」とされ、アワとキビを包含する「黍稷」と相克といったところ。
上記のキビやアワを考えれば、Rice全体の呼称があるとは思えないが、実際、そうだった模様。「稲」とは、モチ性だけを指していたようだ。ウルチ性の場合は「[禾亢]」と呼ばれていたらしい。
イネ
 (稲)/糯 モチイネ
 [禾亢]/粳 ウルチイネ

中華料理は米飯か小麦粉製品のどちらか主軸という印象が強いが、どうも、北の「黍稷」と、南の「漑種」が原型で、「麥」はその後で渡来したという感じか。勝手な推測に過ぎぬが。
ただ、その後、技術革新で粉食【麦】が急速に伸び、粒食【米】の2大潮流化したということなのだろう。(麦はイネ科だが、素人的には、【禾】の穂に実がついている形状とは言いかねる。「黍稷」と「漑種」の【米】類には該当しない訳である。)
いわば後発だから、品種にしても、実が大か小かという程度の関心しかなかったようである。パン用の硬質と、軟質は随分と特徴が違うが、それにも気を遣っている気配は無い。とにもかくにも、一括して麦類という見方である。粉にしてしまえば同じようなものではないかという発想かも知れぬ。
ムギ
 /大麥
 /小麥(六条)
  裸麦,二条大麦(ビール),鳩麦

「穀類」とは言い難いが、その扱いになる作物も加えておかねばなるまい。穂が垂れる【禾】でなく、「莢種」である。そんな用語があるのか定かではないが。言うまでもなく豆。
こちらも、麦と同じく、雑な見方しかしていない。豆の粒が大きいか小さいかという程度。大豆と小豆は品種の違いではなかったということになろう。(古事記では、大豆と小豆が峻別されているが、それはアズキが赤米的に利用されていたからだろう。)
文字そのものの違いで表現するのではなく、形容詞的に種類の違いを示すようになったのは、調理技術が発達してからか。
マメ> 荳/豆 
  or 大豆 ダイズ
  赤豆/[合] or 小豆 アズキ
  白豆 ササゲ
  緑豆 リョクズ(トウ)
  * クロアズキ
  胡豆,豌豆

<その他>
ここまでが基本の「穀」扱いと見てよいのでは。少なくとも、これ以外は、【禾】扱いではなくなる。ただ、1つだけはイネ科作物であり、まごうかたなき禾の類がある。ところが、どうも、扱いとしては低調なのである。
小生は、結構、重要な作物だと思うのだが。美味しくなかったのだろうか。
 /莠鼓 ヒエ
  四石稗
一方、重視されていたようなのは、【禾】に該当しないが、イネ科の作物。現代では、穀物というより、茸というか、菌体で変質した食材として見てしまうが。こちらは、味の問題ではなく、【禾】の栽培技術が適用できないということかも。
  マコモ/wild rice
よくわからないのが、麻である。麻の実は、七味唐辛子にも使われており、穀類として通用するのは間違いないが、古代の麻はどうも胡麻を指していたようである。ただ、どちらにしても、大量に食べるような穀類とは言いかねるが。
 
 黒麻/烏麻/黒胡麻
  白胡麻
これで、漢字的には、主要穀類は終わり。

蕎麦や、玉蜀黍/トウモロコシは、上記の麦や黍の変種扱いということになる。
(ヒユ),アマランサスは眼中になかったのだろうか。
   の話」 [2014年4月9日]
まあ、訳のわからぬ植物名(例えば、婆羅陀、倶陀婆、脂那)も多々あるから、そこら辺りに該当している可能性もあろう。

(参考論文) 森田潤司: 「食べ物の名数 (3)穀物の名数」同志社女子大学生活科学Vol . 46, 89〜107(2012)

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