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「我的漢語」
2015年12月30日

百歳を寿ぐ漢詩

陸機(261-303)は江蘇蘇州出身にして、呉を滅ぼした西晋の首府洛陽に呼ばれ、文人官僚に。
「文選」にも多数の楽府が採用されているから、その才能は広く認められていたようである。[機天才秀逸、辭藻宏麗・・・晋書巻五十四列傳第二十四陸機]
しかし、「八王之亂」がらみで、讒言によって軍中で処刑された。故郷に帰っていればよかったのに。
この人がよく知られるのは、「李下不正冠」[@「君子行」]という言葉が多用されるからだ。そんな社会は、腐敗蔓延を意味する訳だが、コネ社会を愛する風土である以上変わることはあるまい。
もっとも、ペット好きの方だと逸話の方で有名とか。陸機の愛犬「黄耳」は、ご主人の意向に沿って、郵便筒を家に届け、洛に還ってくる類い稀な能力を発揮していたとされるから。

流石に、愛犬よりは長生きしたが、43年の生涯だった。しかし、本人は100歳まで生きるつもりで生活していた模様。

現代日本はいよいよ百歳5万人社会に突入しつつあり、長寿化を誇っているが、3世紀ですでに、その気なら百歳まで生きれると考えていた人々が少なくなかったのだから驚き。
論語は七十才での打ち止め感を与えたが、よく考えれば、それは中華帝国の官僚の引退年齢以外のなにものでもなかろう。白楽天もなんだかんだ言いながら、かなりの年齢まで現役。長寿の集まりなど開催して大いに楽しんでいた訳だし。
   「尚歯会を調べてみた」[2015年8月6日]

100歳到達など、たいした遺伝的欠陥が無い人だと、まともに働き続けていれば、古来から稀ではなかった可能性もあろう。
   「100歳到達の秘訣とは」

こんなことを書くのは、陸機の作品に、以下に示す「百年歌」があるから。ヘナチョコ試訳をつけておこう。
よく読むと、70歳以上は惨憺たるもの。酒の楽しみも60迄でお仕舞。コリャ、一體、なんなんだ。長寿の寿ぎではないのか。
と言っても、面白いことは面白いのだが。しかし、どう見ても、つまらぬ高級官僚のステレオタイプの一生記以外のなにものでもなかろう。これが中華文化の精緻ということかネ。官僚以外はヒトに値しない社会だったから当然と言えば当然なのだろうか。
こんな詩が、天才秀逸の文人の作品とは。唖然。

おそらく、詩経を始め、すべてに通じていないと観賞する資格無しということなのであろう。
マ、それを打破すべく、素人も玄人もそれぞれが気に入るような作品に仕上げたのが白楽天ということか。

  【百年歌十首 其一】  陸機
  一十時。十歳の時.
  顔如蕣華曄有暉。顔は輝き,華やかな花が咲くが如し.
  體如飄風行如飛。身体はあちこち飛び回り,疾風の如し.
  彼孺子相追随。おまけに,美しき娘に追いかけ回されどうし.

  終朝出遊薄暮歸。早朝から出歩きて遊び,夕暮れにようやく帰る.
  六情逸豫心無違。情のママにて動き,その心に疑問など湧かず.
  清酒將炙奈樂何。清酒と焼肉の楽しみなど二の次.
  清酒將炙奈樂何。清酒と焼肉の楽しみなど二の次.

  【百年歌十首 其二】
  二十時。二十歳の時.
  膚體彩澤人理成。皮膚は艶々.心には理性.
  美目淑貌灼有榮。目元美しく,上品な容貌に,栄華の風あり.
  被服冠帶麗且清。衣服冠帯は麗しくかつ清々し.

  光車駿馬遊都城。輝くような車と駿馬に乗って都を遊ぶ.
  高談雅何盈盈。高尚な談義,雅な歩みも自由自在.
  清酒將炙奈樂何。清酒と焼肉の楽しみなど二の次.
  清酒將炙奈樂何。清酒と焼肉の楽しみなど二の次.

  【百年歌十首 其三】
  三十時。三十歳の時.
  行成名立有令聞。成功し名声も得て世間の評判も上々.
  力可扛鼎志干云。鼎を持ち上げる剛力と雲をしのぐ高き志.
  食如漏卮气如熏。盃から漏れることなしの食欲で気力も芬々.

  辭家觀国綜典文。家を辞し,国家のありようを考え,総ての文書を学ぶ.
  高冠素帶煥翩紛。高位の冠に立派な帯で威風堂々.
  清酒將炙奈樂何。清酒と焼肉の楽しみなど二の次.
  清酒將炙奈樂何。清酒と焼肉の楽しみなど二の次.

  【百年歌十首 其四】
  四十時。四十歳の時.
  體力克壯志方剛。体力抜群にして,志は高く堅固.
  跨州越郡還帝州郡を赴任し尽くし,功績をもって帝都に還る.
  出入承明擁大承明殿出入り自由となり,高官の態.

  清酒將炙奈樂何。清酒と焼肉の楽しみなど二の次.
  清酒將炙奈樂何。清酒と焼肉の楽しみなど二の次.

  【百年歌十首 其五】
  五十時。五十歳の時.
  荷旄仗節鎮邦家。任官の命を以て,その国を鎮める.
  鼓鍾趙女歌。鼓鍾の楽が響き,趙女歌が映える.
  羅衣娯鼡熕演リ。派手な衣は美しく揺れ,金翠色の飾りは華やか.

  言笑雅舞相經過。雅な談笑の傍らを,舞人が通り過ぎて行く.
  清酒將炙奈樂何。清酒と焼肉の楽しみなど二の次.
  清酒將炙奈樂何。清酒と焼肉の楽しみなど二の次.

  【百年歌十首 其六】
  六十時。六十歳の時.
  年亦耆艾業亦隆。高齢にして,まだ業で立つことあり.
  驂駕四牡入紫宮。四頭立て馬車で急遽宮中参内も.
  軒冕婀那翠云中。その様,翠雲中の出来事のよう.

  子孫昌盛家道豐。なんと言っても,子孫繁栄と豊かな生活.
  清酒將炙奈樂何。清酒と焼肉の楽しみなど二の次.
  清酒將炙奈樂何。清酒と焼肉の楽しみなど二の次.

  【百年歌十首 其七】
  七十時。七十歳の時.
  精爽頗損膂力愆。気力頗る爽やかなれども,体力綯えつ.
  清水明鏡不欲觀。止水明鏡的に映った自分の姿など見たくも無し.
  臨樂對酒轉無歡。楽しみに臨み,酒に対しても,歓び生まれず.

  攬形修發独長嘆。顔形をさわり,髪を弄れば,長嘆あるのみ.

  【百年歌十首 其八】
  八十時。八十歳の時.
  明已損目聰去耳。視力喪失し総て耳頼り.
  前言往行不復紀。前言忘れ,行った所さえ記憶にあらず.
  辭官致禄歸桑梓。官職辭し,俸禄捨て、あとは故郷へ帰るのみ.

  安車駟馬入舊里。安穏として,四頭立て馬車で故郷へとお国帰り.
  樂事告終憂事始。事々を愉しむも,終告ありて,憂い始まりき.

  【百年歌十首 其九】
  九十時。九十歳の時.
  日告耽瘁月告衰。日々病重きを告げられ,月々衰弱を指摘さる.
  形體雖是志意非。外見それなりと言えども,意志保てず.
  言多謬誤心多悲。言葉は誤謬だらけにして.心に悲しみ満つ.

  子孫朝拜或問誰。朝に子孫の挨拶を受け.時には聴聞に応ず.
  指景玩日慮安危。一日弄びて,安危を慮るのみ
  感念平生泪交揮。平生の世を想い出し,涙して交感す.

  【百年歌十首 其十】
  百時。百歳の時.
  盈数已登肌肉單。数も満ち,肌の肉もすでに消え失せつ.
  四支百節還相患。手足のすべての節々もまた患う.
  目若濁鏡口垂涎。目は濁った鏡の如し.口からの涎止まらず.

  呼吸蹙反側難。呼吸脆弱にして,寝返りさえままならず.
  茵褥滋味不復安。寝るのも食べるのも全く安らかならず.

もっとも、この時代は、天子から始まって老を愉しむ気分ではなかったのかも知れぬ。だからこその道教への不老不死への傾倒が 起きたということか。
老人だらけで全くやる気も無い官僚ばかりのなかで、悶々としていたのかも知れぬ。その辺りの姿勢が災いして粛清の憂き目となったのかも。
百年歌のエッセンスなら以下で十分では。

    「東宮詩」  陸機
  軟顔收紅蕊。軟らかかった顔は,紅色の花が萎んだ如し.
  玄鬢吐素華。黒々だった髪は,真っ白な花が吹き出した如し.
  冉冉逝將老。時はゆっくりと流れ,將もついに老いて逝くのみ.
  咄咄奈老何。舌打ちしたところで,この老いはどうにもならん.

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