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「我的漢語」
2018年6月30日

"方"の世界

「方(かた, ホウ)偏」と、すでに取り上げた「旗部」[→]は無関係な独立した系統だが、部首"方部"として一緒にされている。
真の"方"部
""[方+人][方+𠂉]…"竿+靡く布"の旗/吹き流しの象形
 <代表>[+其=箕(正方形)] 𪥏[大+人]
"𠂉"が無いが、その一種と見なせる、紛らわしい文字もある。尚、使われている文字はほとんどが「旗部」の方。
 [番]=旛,幡
 𣄔[票]…飄々として旗が靡く
 [奇]…嫋やかに旗が靡く
 𣄛[童]𣄢…細長い円筒形幟
 𣄣[興]…隼羽毛付軍旗
 []𣄞…縦長の旗
 𣬵[毛]…放牧ヤクの尾の旗飾り
 𣃠[令]…放牧ヤクにつける旌旗
 [瓦]…瓦屋の旗
 𣃘[个]…旗竿に括りつけた旌旗
 [介]…おそらくなんらかの旌旗

と言うことで、真の"方"部を見ておこう。

何時のことか記憶が定かではないが、"方"という文字は、"両方に突き出た柄のある農具(鋤)"の象形との話を聞かされたことがある。
出典を調べていないが、思いつき的な主張だと思われる。
もしもそうなら、それに合った訓読みがあってもよさそうだから。
訓の"かた"は、"かなた"を彷彿とさせることもあり、いかにも境界外を指す言葉。従って、それに合った由来である可能性が高かろう。(日本は吹き溜まり文化の地であり、古代文字の概念を持ち続けていると見て。)
そうなると、素直な主張とも言える白川静説が俄然光って見えてくる。・・・
"方"とは、境界地に於ける外部から渡来する悪邪祓のため、H型に組んだ棒の横棒に死体を吊り下げた"呪禁"の表象、との指摘。(烏の被害を防ぐために死体をこのようにブル下げると効果ありという話とよく似ており、外からの脅威を防ぐための異人殺戮見せしめだろう。)
つまり、"方"とはテリトリーの外側を指す言葉ということ。

"方"以外の真の"方"部系統に属する当する方偏文字は余り使われないものが多いので、両者をまとめてしまったと言えなくもないが、部族境界における"呪禁"の世界から、"旗"を靡かせ境界をものともせず進軍する世界に替わったことを意味しているのかも知れぬ。
他部所属からも引いてきて、この系統のイメージを脹らませておこう。
<非"方"部諸族の類縁>
 仿[人] [手]仿佛 
 [彳]…彷徨
 𡇅[囗] くに…支配域
 [土]…市街区画
 [戸] ふさ…まとまった塊
 [女] さまたげる…阻止
 [忄/心] きらう
 [木]…祭祀に使う棒(角材)
 [示] 
 [糸] つむぐ
 [肉/月]…獣肉腹部の脂の塊
 𢎷[弓]
 [牜/牛]…一瘤駱駝か
<真の"方"部>
 []=于 おいて
  …白川静によれば死んだ烏の羽を解いて、縄に掛けた形。
   感嘆詞であり、烏の叫び声では。
 鴋𨾔[鳥隹]…流沙域のテリトリーに煩い鳥か
 [髪]…"髣髴"
 [建] かつ
 [亠++冖][亠 or 二+勹](𣃟 or ) かたわら, つくり
 𣃪[(雨)].…強烈なドシャ降り雪雨が四方八方に
 𩲌[鬼]…四方をウロウロする幽霊星か@"紛𩲌乎都房"[「楚辭」九辯]
 ム()[日] あきらか
 𣃚[亢]…四方八方に繋げた船(旗も靡かせ), 後に箱舟当て字
 𣃗[刀]𠛍[⺉]…向うとこちらに截断(境界通行止)
 [攵] はなす…四方に投げる
 [甫]=敷…四方に敷く布
 𪯴[占]
 𣃡[玄]
 𣃣[皮]
 𣃫[吊]
 𪯷[羊] 𫞁[美]
 𣄤[魯]
 𣄟
 𣄟
 <地名>什@四川
 <地名>水@『山海經』南山經

"方"の延長概念に"方位"があるが、こちらは考えさせられる文字である。

先ず、東〜西だが、太陽信仰を考えればほぼ納得できそうな見方がある。
【東】…中に棒を通し、両端を縛った嚢(ふくろ)
 =[𣒚(ふくろ)+石+木]
  …榑[木+[甫(屮+田)寸(手)]](=扶)桑の木の世界
袋に入れられて運ばれた太陽が朝になると登場する場所が東方ということだろう。

烏が太陽を運ぶ神話からすれば、それに適合しそうな文字と言えよう。勿論、西は酉(酒壺)ととは無縁な文字である。
【西】…目の粗い笊のような籠
  栖[木] すむ…夕方帰って行く烏が木の上に作る笊のような巣
   [艸] あかね…夕焼色染料用草
   [日] さらす…太陽光がよく届く状態
   [] すすぐ

『山海経』大荒東経ではこんな記述。[→]
 折丹・・・風の出入役@東極 [東方="折" 來風="俊"]
『山海経』大荒西経はこうなる。[→]
 [人]石夷@西北・・・日月之長短担当 [來風="韋"]

ところが、南になると、途端に異人の世界とされてしまう。
【南】…青銅で作られた楽器の鼓
現代の苗族にその残滓が残るし、銅鐸も近縁だろう。
  [木]…樟(クスノキ)
  [口]…"喋喋喃喃"
素人の想像に過ぎぬが、こうした楽器は普段は部族支配地の境界に大切に保管されていたのでは。本来的には、脅威を喚起し、戦闘態勢を鼓舞するものだが、平和が保たれていれば、特別な祭礼時以外は埋葬するのを旨としていたことになろう。
さらに、部族代表集会開催時には、皆が鳴らしながら持ち寄り、部族連合体制を確立したのではなかろうか。
そんな社会を南方と位置付けたのであるから、この漢字はかなり新しい筈。
『山海経』大荒南経[→]ではこうなっている。
 [神]因因乎 or 因乎@南
   ・・・來風曰乎民,處南極以出入風

当然ながら、南の記述とは全く違うのが北である。
【北】…背中合わせの2名の乖状態。(南面王の背中側)
 背[月/肉]…原初文字に肉月偏を付加して区別。
つまり、南と北という文字は、北方民族による中華帝国が樹立されて、もともとの南方民族の使っていた文字を借用した可能性があろう。
『山海経』大荒北経には記載されていないないのは、が[→]、大荒東経ではこんな記述。[→]
 [人]𪂧@東北隅
   ・・・止日月 使無相闖o沒 司其短長[北方="𪂧" 來風="𤟇"]

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