■■■ 「說文解字」「爾雅」検討[7b釋樂]■■■
先ずは、前書き。

釋楽が存在していることで、「爾雅」が「詩経」「周禮」と対応している経典、言い換えればバリバリの儒教教書であることがわかる。
もちろん、そう解釈できるのはズ〜と後世成立の朱子学の考え方に倣っているに過ぎないのだが。
 "詩に興り、礼に立ち、楽に成る。"
  …或問:興於詩 立於禮 成於樂[「朱子語類」"論語十七"泰伯篇(興於詩章)]
   詩經を暗記し、鑑賞できるようになれば、
    感情が高揚するようになる。
   禮法を学習し、規範を身に付けることができれば、
    人格者として立身できる。
   音楽を心靈で感じ取れるようになれれば、
    完美の域に到達する。

「酉陽雑俎」の様な書を読めば、この意味が立ちどころにわかる。
例えば、詩とは外交交渉の幹でもある。駆使できない官僚は木偶の坊。これが指し示しているのは、詩とは、官僚生活を送る上での必須のジャーゴンの塊でしかないということ。個人精神発揮に見えても所詮は儒教型組織規範の枠内。これを突破するには非儒教の道を進むしかないが、官僚組織から離脱できない以上、儒教肯定しかありえない。ここがインテリの苦悩の源。
樂はさらなり。
樂は、官僚制定の規範に則って奏されるからだ。そこから均一的感興を味わうことができるようになれば、一体感に浸ることができるというに過ぎない。換言すれば、宗族信仰の神霊的側面ということになろう。
唐代インテリが酔ったソグド音楽とは水と油。個人精神までも規範の枠内に閉じ込める社会に最高の美を見出すのが、儒教統治の心髄だからだ。

・・・と言うことで、字書としての話に移ろう。

"樂"の字体の象形は、見方が千差万別であるが、楽器という点では収束しているようだ。まとめると、こんな具合か。・・・
柏の琴的音器か大鈴(白)の左右に、糸で団栗あるいは繭玉か小鈴を繋げた形態の器具。松ぼっくりにも見えるので、下部が木なので全体を樹木としたいところだが、祭祀楽舞用とみなせば、木製の台座設置か、持ち手付器具と見なすしかなかろう。
白川字体論なら、演奏者は間違いなくシャーマンとなろうが、「說文解字」なら(祭祀長系列とは独立的な)樂担当官僚でしかない。・・・両者ともに字体論であり、後者も楽器の象形としているものの、そこから直感的な納得感を与える、通俗的な楽器原義論では無く、複合音のMusicとみなしている。
  ≪木≫[五聲八音緫名…象鼓鞞]

一方、「爾雅」は、引き伸ばされた字義が生まれる由縁を記載。
  ≪釋詁≫怡 懌 ス 欣 衎 喜 愉 豫 ト 康 愖 般…【樂】

漢語の品詞転換、字義引伸はただならぬものがあるが、その流れには筋が通っているとの見方が提起されていることになろう。辞書的に並べるとこんな具合になる。・・・
  音樂Music 樂經Classic
    奏樂Perform
  樂器Instrument
  樂工Musician
  愉快Happiness
   歡樂Make happy
   樂意willing to
  喜歡Fondness
  安樂Tranquil
  道楽Debauchery
  (音の転用)姓名

当然ながら用例は数多く、以下は一部にすぎないが、その意味はバラバラ。
 窈窕淑女 鍾鼓樂之[「詩経」國風 周南 関雎]
 且往觀乎 洧之外 洵訏且樂[「詩経」國風 鄭風 溱洧]
 樂彼之園 爰有樹檀 其下維穀[「詩経」小雅 鴻鴈之什 鶴鳴]
 樂具入奏 以綏後祿[「詩経」小雅 谷風之什 楚茨]
 籥舞笙鼓 樂既和奏[「詩経」小雅 甫田之什 賓之初筵]
  志は滿たしむべからず。樂みは極むべからず。
       志不可滿 樂不可極[「禮記」曲禮上第一]
  大夫は粱を食はず。士は酒を飮むに樂せず。
       大夫不食粱 士飲酒不樂[「禮記」曲禮下第二]
  昏禮不用樂 幽陰之義也 樂 陽氣也 昏禮不賀 人之序也
       [「禮記」郊特牲第十一]
  夫樂者樂也 人情之所不能免也
       [「禮記」樂記第十九(九樂化)]
  

     

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