■■■ 「說文解字」「爾雅」検討[9釋地]■■■
巻九は地だが、ここでは五行的な土とは係りが無く、地理的な意味。

地誌については「山海經」しか辿れそうな情報は無い。地名等が同定でき無いということは、それが気にくわぬ名称だった王朝が存在しただけのことだと思う。
従って、「爾雅」の様な書は、編纂に当たっては、どの程度、その記載に従うか決める以外にできることは無かろう。(同定できない地名は、「山海經」記載名忌避箇所。)
但し、儒教的センスを大事にしたいなら、できる限り、異なる体裁に仕上げるような工夫は必要となる。・・・山~や異形トーテムを彷彿させる地名等を避け、中華帝国支配秩序に沿った形になるよう考えるしかあるまい。(文字字形観がベースの「說文解字」は、そういう訳にはいかないが。)

「山海經」は、儒教政治勢力による中央管理の宗族祭祀とは折り合いが悪いとはいえ、あくまでも中華帝国の地誌書なのだから。
四極 四荒 四海、五方、八陵、九州 九府、十藪という表現は原初的地誌観だろうが、「山海經」が創めたとは思えないから、中華帝国の基本理念だろう。

この思想は、東西・南北・天(山)(人)から生まれたコンセプトで、立脚点はすべて対偶であることが特徴。奇数が混じるのは、対偶が重なって、中央設定が必要となっただけのこと。

かなり古くから地誌情報は広がっていたようだが、【九州】を構成する州名は必ずしも定まってはいなかったらしい。ちなみに、「說文解字」では"冀"のみが北方州とされているだけ。他は綽名的な命名か。藪[大澤](→gathering place)もほぼ同義。
「爾雅」- 禹貢 - 職方氏 …丁度[編寫]:「集韻」1037年
冀州 〃  〃 …楊紆
豫州 〃  〃 …甫田
雝州      …弦圃
(雍)  〃  〃
荊州 〃  〃 …雲夢
楊州 〃  〃 …具區
兗州 〃  〃 …大野(沇州)
徐州 〃  -
幽州  -  〃 …奚養
營州  -   -
  - 青州 〃 …孟諸
  - 梁州  -
  -  -  并州 …昭餘
  「尚書」禹貢…冀 兗 青 徐 揚 荊 豫 梁 雍
   冀州…河之間 [@殷]
   兗州…(河東)済河
   青州…岱山(河東の東 山東山地)〜海 [@斎]
   徐州…岱山(南麓)〜准水
   楊州…准水(南側)〜海
   荊州…(楊州西 長江圏)荊山〜衡陽
   豫州…(冀州南)荊州北 黄河(〜霍山)
   梁州…崋山〜陽〜K水
   雍州…K水〜西河[南流黄河@山西]
 「周禮」職方氏…揚 荊 豫 青 兗 雍 幽 冀 并
・・・「說文解字」の指摘でわかるが、<州>とはもともとが氾濫必至の黄河流域の用語。州内に乱立する、それぞれの部族が占有する地域が<國>。土着観念皆無。---州:水中可居曰州 周遶其㫄 [重川 昔堯遭洪水 民居水中高土 各疇其土而生之]


[大𨸏]名から地名を検索で辿るのは困難極まるが、註的に地名が記載されている例外的箇所がある。・・・鴈門=北辺守備の要地 西陘関@雁門山(山西省代県)だろう。そうなると、登崤坂之威夷@三門峡市陕県か。滕城@山東省滕州市の可能性は低そうだが。
莫大な墳(丘)とは五十余丈@「漢書」と記載されている秦陵のことだろうか。

【九府】は「淮南子」墬形訓とほぼ同じ。【五大鎮山】(東 沂山 西 呉山 中 霍山 南 会稽山 北 医巫閭山)【九山】(會稽 泰山 王屋 首山 太華 岐山 太行 羊腸 孟門)とは見方が異なるようだ。・・・
 東方之美者 有醫毋閭c玗h
 東南方之美者 有會稽竹箭
 南方之美者 有梁山犀象
 西南方之美者 有華山金石
 西方之美者 有霍山珠玉
 西北方之美者 有昆侖球琳琅玕
 北方之美者 有幽都筋角
 東北方之美者 有斥山文皮
 中央之美者 有岱嶽以生五穀桑麻 魚鹽出
・・・一見、特産品記載の風土記的記述に映るが、中央の一般産品はその地に妥当とは言い難いので、官僚が抱く八方の地のイメージが描かれていると思われる。

【五方】では、「山海經」出の語彙が用いられている。比翼連理はよく知られているし、(伏羲女媧的)2頭2身合体を意味する比肩民(=一臂人)も引用されていることが多い。鰈や鮃も目が偏っており、その怪を強調すれば比目魚となるのは道理。比肩獸だけは、説明が長いのは、姿が確定していなかったからだろう。ただ、ポイントとしては、"邛邛/蛩蛩-岠/巨/距/鉅/駏-虛/驉"イメージであること。「說文解字」は当てにならぬと見ていそうだが。
  蟨(/蹶)[鼠] (一曰:西方有獸 足短 與蛩蛩 巨虛比)
そして、中央は雙頭虵(枳首=分歧頭)。おそらく、極めて稀だが発見されたのだろう。もちろん、不吉兆候とされた筈。
要するに、四方に夷の棲む異氣の地ありという観念の形象化。
  五方之民 言語不通 嗜欲不同[「禮記」王制 第五]

「爾雅」は、原義を探る方針を欠いているから、考慮中の地平で複数の文字を上手く当て嵌めて、秩序性を演出しがち。結果、多かれ少なかれ「說文解字」の字形から推定した見方と齟齬が生じてしまう。・・・
【野[郊外]
 郊[距國百里爲郊]
   牧[養牛人]
   林[平土有叢木曰林]
 坰[n.a.] borderland(e.g. 駉駉牡馬 在坰之野@「詩經」駉)
  邍[高平之野 人所登]
  陸[高平地]
    陵[大𨸏] 𨸏[大陸山無石者]  =阜[n.a.] mound
    阿[大陵]
  平[語平舒]
  阪[坡者曰阪] 坡[阪]bank[阪]  隰[阪下溼]

 ≪田≫
 一歳曰:[不耕田]
 二歳曰:新田
 三歳曰:[三歲治田]

(地誌「山海經」を読めばすぐにわかるが、上記の用語はコンセプトと呼べるレベルではない。その実態は、百国、百邑、百山からピックアップし、九州あるいは九府、九山としただけの話。選定は王朝の好き好き。唯、天子がその中心に座す必要があり、それに八方角を加えて設定するから、どうしても9という数字になる。これで、中華帝国の規定は十分だが、権威を示す上で、その外界、つまり儒教圏外を加えることになる。・・・中央域の外側に3周四方領域が設定されるだけのこと。名称としては、内側から"(外)海" "荒(域)" "極(地)"。言うまでもないが、中華帝国外から見れば、外側は異国というだけの話。)

【参考】  漢@前106年の13州…冀 兗 豫 青 徐 幽 並 涼 荊 揚 益 朔方 交趾
冀[北方]U字流路の黄河に東西を挟まれた山西地域(魏・鉅鹿・常山・清河・趙・広平・真定・中山・信都)
豫[象之大]黄河南側(潁川・汝南・梁・沛・魯)
雝/雍(涼[薄])黄河西岸(隴西・武都・金城・安定・北地・武威・天水・張掖・酒泉・敦煌)
荊/荆[楚木]湖北(南陽・南・江夏・桂陽・零陵・武陵・長沙)
揚[飛舉]淮水〜南海(廬江・九江・会稽・丹陽・豫章・六安)
兗[九州之渥地]黄河と済水の間(東・陳留・山陽・済陰・泰山・城陽・淮陽・東平)
徐[安行]山東西南+江蘇長江以北(東海・琅邪・彭城・廣陵・下邳)
幽[隱]燕(涿・勃海・代・上谷・漁陽・右北平・遼西・遼東・玄菟・楽浪・燕)
營[市居]遼東半島
青[東方色]山東(平原・千乗・済南・斉郡・北海・東萊・菑川・膠東・高密)
梁[水橋](益[饒])四川と陝西漢中(漢中・梓潼・広漢・新都・涪陵・巴・巴西・巴東)
并/並 正北(太原・上党・西河・朔方・五原・雲中・定襄・雁門)


≪釋地 第九≫
兩河間曰:冀州 河南曰:豫州 河西曰:雝州 漢南曰:荊州 江南曰:楊州 濟河間曰:兗州 濟東曰:徐州 燕曰:幽州 齊曰:營州 ━━九州
大野 晉大陸 秦楊陓 宋孟諸 楚雲夢 呉・越具區 齊海隅 燕昭余祁 鄭圃田 周焦穫 ━━十藪
東陵阠 南陵息愼 西陵威夷 中陵朱滕 北陵西隃"鴈門"是
 陵莫大於加陵 梁莫大於湨梁 墳莫大於河墳 ━━八陵
東方美者 醫無閭c玗h
 東南美者 會稽竹箭
 南方美者 梁山犀象
 西南美者 華山金石
 西方美者 霍山多珠玉
 西北美者 崑崙虚璆琳琅玕
 北方美者 幽都筋角
 東北美者 斥山文皮
 中岱岳 與其五穀 魚 鹽生 ━━九府
東方比目魚 不比不行 其名謂之
 南方比翼鳥 不比不飛 其名謂之鶼鶼
 西方比肩獸 與邛邛岠虚比 P邛邛岠虚 齧甘草 卽有難
  邛邛岠虚負而走 其名謂之
 北方比肩民 迭食而迭望
 中枳首蛇…【此四方中國異氣】 ━━五方
邑外謂之郊 郊外謂之牧 牧外謂之野 野外謂之林 林外謂之
 下濕曰:隰 大野曰:平 廣平曰:原 平曰:陸 大陸曰:阜 大阜曰:陵 大陵詓阿
 可食者曰:原 陂者曰:阪 下者曰:
 田一歳曰:菑 二歳曰:新田 三歳曰:畬 ━━野
東至靯泰遠 西至於邠國 南至於濮チ 北至於祝栗 謂之四極
 觚竹 北戸 西王母 日下 謂之四荒
 九夷 八狄 七戎 六蠻 謂之四海
 岠齊州以南戴日丹穴 北戴斗極空桐 東至日所出大平 西至日所入大蒙
 大平人仁 丹穴人智 大蒙人信 空桐人武  ━━四極
  

     

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