■■■ 小篆文字検討@「說文解字」「爾雅」[心group]■■■
📖はヒトの感情を表現する漢字だが、愛📖ともども、≪心≫📖部ではなく、足系文字である≪夊≫📖麥夊舛の所属。
その憂で検討した如く、両者は<喜怒哀樂>文字群とされる。(「禮記」中庸の一節"喜怒哀樂之未發謂之中")

考えてみれば、この四情の"哀樂"2文字は心とは無縁な字体であり、同類文字群との論理性を欠いている。懼/恐や愛/憎を加えた"心"文字群の体裁にしたくなるし、哀樂を主役にするなら、悪欲も入れるべしと考えるのが自然。[人情7文字:喜怒哀懼愛悪欲]@禮運
もっとも、現代感覚での感情分類ということなら、こんなことなど全く気にならないだろうが。(Robert Plutchik案は8種。[喜び/期待/怒り/嫌悪/悲しみ/驚き/恐れ/信頼]+強弱派生16+混同感情24。)
・・・字体論的見方で感情表現文字を考えるなら、<喜怒>は妥当だが、<哀>は<悲>にすべきだし、<樂>は娯楽的感覚と本気で面白いと思うことの峻別が欠けるので避けたいところ。さらに、儒教観に従う以上致し方無いとはいえ、畏敬とか崇拝というセンスを除外するのは如何なものかとなろう。しかも、困惑や夢中といった類の表記をカットしてしまうと、議論の土台としては適当とは言い難い。
そもそも、感情とは常にコンプレックス状態であり、通常単独では表れないから、少数の基本感情で分類する姿勢自体が強引過ぎる訳だが。

ともあれ、「說文解字」では、小篆の心情を意味する文字は、かなり思弁的な設計がなされていると見なしていそう。(換言すれば、小篆創成官僚は、異なる分野の専門官僚が用いていた文字をQWERTY的に継続性を踏まえて用いることは無いということ。原則的には、論理的な設計姿勢が貫かれていると見なすことになる。)

・・・そうなると、心房-心室の輪郭を線で描いている[象形]"心"の字義は、[人心 土藏 在身之中]ではなかった可能性も。いかに写実的なデザインの字体であろうが、当該対象そのモノを意味せず、そのモノが暗示するイメージを表現しているのかも。(小篆と甲骨の字体が相似とはいいかねるし、心臓に当たる甲骨文字が存在していなかった可能性も。)
そうだとすれば、heartという具象を表記する場合は、≪肉≫所属文字であってしかるべきとなる。非収録だが、𦙦ということに。

#406〜#410の部首並びは、「說文解字」の系譜順列の典型だが、これを踏まえ、感情を表現する文字群を眺めると、「說文解字」の主張が見えて来る感じがする。
 ┌≪囟≫[#406]   惱/悩:n.a.
 │≪思≫[#407]🆂:容📖思
 │≪心≫[#408]🅱㊎🆂
 │≪惢≫[#409]🆂:心疑
 └≪水≫[#410]   沁:水⊂出上黨羊頭山 東南入河

上部4部首から漏れる文字は以下の合字(忄/⺗/)。
   ≪釆≫[#_17]:詳盡
 ≪叀≫[#125]:仁
   ≪豈≫[#162]:康
 ≪夊≫[#198]:和之行
       :行遲曳夊夊[象人兩脛有所躧]
 ≪宀≫[#269]:安
   ≪网≫[#279]:心憂  惟:凡思
 ≪囪≫[#385]:多遽悤悤
   ≪二≫[#479]:同心之和
   ≪≫[#489]:常[心+舟 在二之闖繪コ 心以舟施 恆]

要するに、≪心≫はもともと合字にしか使われておらず、下部配置⿱の≪⺗/か、偏⿰の≪忄≫の2種ということになる。(みかけサンドイッチ構造⿳にみえても、⺗/合字が上部あるいは下部配置⿱になっているだけだろう。)両者は、意味上で峻別されており、⺗/は外から体に入って来た气の反応を示しており、⺗は主体的に思慮する心情的思惟行為を意味することになろう。偏であるからして、それは意味上のカテゴリーを示す記号でもある。両者を繋ぐ文字は≪思≫ということになろう。

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