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2016年1月11日

蛇信仰風土を考える
(古語名の分類整理)

言語的に類似性や系譜を探るのは容易なことではない。素人説はたいていはハズレというのが経験則。といって、専門家の記述が正しいとはかぎらないから厄介極まる。
蛇の古名はヘミとされるが、それ以外の呼び名もある。同一物を異なる呼び方をしているとしたら、違う言語か、概念が異なるか、一種の比喩言葉か、のどれかと考えるしかない。
その辺りを整理してみよう。吉野裕子論で一番わかりにくいところでもあるから。

要するに、本質的には困難だが、古事記をベースに、できる限りMECE(Mutually Exclusive、Collecticely Exhaustive)のセンスで考えてみようということ。吉野論のRecapと言うか、勝手な編纂、特に意識的に削除加筆することで分類を試みただけ。

 <カカ
---信仰系---
靈[チ]・・・(畏怖対象)加賀智(古事記執筆時代の酸漿)
巫[ミ]・・・(巫女が用いる蛇目象徴的依代?)鏡?
山[ヤマ]・・・(山の神)
---生活系---
子[シ]・・・(親近感ある動物等[e.g.山楝蛇])
     [古事記では案山子という言葉は登場しない。]
身[ミ]・・・(蔓植物通称名 通常は"ツラ"[髪蔓=カヅラ])羅摩
     [ガガイモ[→]の実莢の形状を指していそう。]
実[ミ]・・・(蛇頭形状類似実莢通称名、赤実かも。)
 <ハハ
"ハハ"→"ハミ"[e.g.蟒蛇"ウハバミ"]→"ヘミ"→"ヘビ"
     [古事記ではカガチはこちらの"蛇"でもある。]
斬[キリ]・・・(剣)
矢[ヤ]・・・(矢)天大蛇矢
     [現代は酸漿→鬼灯]
付[ツキ]→"ホホツキ"・・・(蛇頭形状類似)酸漿
     [古事記では"今"の大蛇。]
木[キ]→"ホホキ"・・・
 <(ロ)チ>・・・ロはノやツと同じ助詞
尾靈[チ]・・・(異形の大蛇)八俣遠呂智
     [日本列島には大蛇は存在しない。]
 <Nagi:渡来語>・・・頭が三角の猛毒蛇(神) [下に別途記載]
 <新語>
蝮 or 真虫・・・毒蛇
朽縄/口縄 or 久知奈波・・・小さな蛇のみでは

さて、これをどう見るか。

先ず、素人感覚からすれば、上記の信仰系に「山の神」を入れている点が大いに気になる。古事記を信仰の観点での歴史書と見て、パラグラフならぬ、神々をグループに分けて考えるからだが。
   「古事記の聖数への拘り」

いかにも蛇信仰系らしさ紛々の大年系に、波比岐神、香山戸臣神、羽山戸神が生まれているが、このうち後ろの2柱は対偶の蛇山戸神であり、カカ山戸神とハハ山戸神ではないかというのだ。
肯定も否定もしがたいというのが正直なところ。
というのは、火の神にも「カカ」が使われているからだ。火之R毘古のカガはいかにも輝きを意味していそう。素人からすれば、カカチにR靈の可能性を感じてしまう。ともあれ、この火の神が蛇神とは考えにくかろう。そして、火を切欠にして生まれる代表的なのは金と泥土(波邇)の神。これらもこの時点で蛇と関係しているとはとても思えない。それに続く山津見の羽、原、戸といった神々も同じことがいえよう。
そうなると、羽山戸神が蛇信仰に関係するなら、すでに存在している神の類縁と習合したと考えるのが自然では。
そうそう、その後、これらの神々を含め、平定のために降臨した天若日子に関する神器は、天大蛇矢。蛇をもって蛇を制することになる。ここでの大蛇はもちろんハハと読む。

そういえば、カカ靈や尾靈(オロチ)はあっても、ハハ靈は無い。
そうなると、カガチとは蛇靈ではなく、R靈から来ている可能性もありそう。酸漿はカガチのことだが、読みはホホヅキ。

「カカ→ハハ」と考えるのは、母の呼び方からするとありえそうに思うが、上記を眺めるとはなはだ疑問。カカ靈はあくまでも大蛇であり、普通の蛇を差している訳ではなかろう。そんな生物は日本に棲んでいないのだから仮想でしかなく、何もないところから突然そのような信仰が生まれるとは思えない。外来概念か、ハハの延長概念と考えるべきなのでは。
酸漿を大蛇としている訳だが、古事記でのその読みはあくまでもハハ系である。一本足の山田のカカシにしても、久延毘古とか山田之曾富騰という名称であり、カカもハハとも全く無関係と見なすしかあるまい。

古事記の歴史観に忠実なら、蛇の古語は、ハハあるいはハミと考えるのが自然だろう。そのうち、抽象的な大蛇信仰が生まれたのである。それは火の神誕生以後。
つまり、超大蛇の尾に当たる地域で刀鍛冶技術が完成し、その土着蛇神が尾靈。それをスサノヲ命が支配し、都牟羽大刀(後の草那芸之大刀)が依代とされたと読める。

古事記はアンチ蛇信仰で貫かれていそう。しかし、太安万侶史観でまとめた結果ということでもある。その見方が正しいかどうかはわからないが、そこから出発するしかなかろう。

ただ、それは吉野説の根幹である、日本の祭祀には蛇象徴物が矢鱈に多く、しかもそれに強烈な畏敬の念が払われているとの事実の指摘となんら矛盾するものではなかろう。
繰り返すが、天ッ神が大蛇矢を授与せざるを得ないほどだった訳だし、尾靈から得た都牟羽大刀は天皇家の神器となったのであるから。

そして、吉野説の鋭いところは、畏敬の念が矢鱈に強いにもかかわらず、同時に物凄い嫌悪感が広がっているとの事実認識。全く矛盾する信仰を同時に抱えているというのが、日本の精神風土と看破したのである。
言ってみれば、蛇は信仰していないと称しながら、蛇体を拝むような体質。外部からは極めて理解し難い信仰と言えよう。

これは、多神教とか、アニミズムとは本質的に異なる訳で、「Yes or No?」に「or」と答えるとの冗談とも根本的に違うのである。

【Nagi】 「/n/-/g/-/」音の単語はこんなところか。・・・
<名詞>
  凪
  薙[山腹崩壊地]
  梛 水葱[水葵] 葱 芒
  名子[下層農民]
  長虫(当て字か)/媚蠱
<名詞的>
  投げ 無げ
<畳語>
  ナがナが 長々
  ニがニが 苦々しい
  ニぎニぎ 賑々しい、握々
<擬声語>
  ニャごニャご 猫声
<擬態語>
  ニィきニィき 塗油的表面状態
  ニョごニョご 匍匐的動作
  (反転)ぐニャぐニャ 柔軟で変形容易な様子
<参考>
「鰻/鰻/武奈伎」はnagiが入っているので、身ナギとの説もあるようだ。「穴子/海鰻/海鰻/糯鰻」にもnagoが入ってはいるが、それは長魚の頭部分かも。「鱧/海鰻[hǎimán]/虎鰻」は歯魚とか咬むが語源と見た方がよさげ。「//」は靫(矢を入れる容器)。

【古事記上巻で「蛇」が登場するパラグラフ】
●八俣遠呂智は蛇であるとされている。
   足名椎、手名椎とその娘、櫛名田比売が登場。
   ヒメは湯津爪櫛でもある。
   ヲロチを殺戮して得たのは都牟羽大刀。
   系譜では大山津見神[山]に繋がる
   その親類は3神。
   志那都比古神[風]、久久能智神[木]、鹿屋野比売神/野椎神[野分担]
●根の国で、大穴牟遅神神はスサノヲ大神の試練で、蛇・呉公矢・蜂に対処せざるを得なくなる。帰還し大黒主神となり、須世理毘売命を正妻とする。
●天若日子に関係するのは、天真鹿子弓と天大蛇矢。
【しばしば、関係しているとされる箇所】
●黄泉国でイサナミの屍体にいたのはイカヅチ[雷]であり、蛇に関係していると示唆する記述は皆無。
●豊玉毘売命は出産の際に蛇になったのではなく、八尋和邇である。
●日河比売は、靈川を意味する肥川のヒメと考えるのが自然。蛇や龍を示唆する記述は無い。
●火之迦具土神斬り殺した際、十拳剱の柄の血から生まれた二柱は闇淤加美[クラオカミ]神と闇御津羽[クラミツハ]神。前者が日河比売の系譜。暗闇の意味であって、蛇や龍を意味すると考える理由はなかろう。尚、クラに関連する神は3神ある。
  天之闇戸神+国之闇戸神・・・神産み
  闇山津見神・・・屍体の陰(男根)
龍神信仰とか水の精(罔象/御津羽)とされるのは、日本書紀記載の「[+龍]」こと「闇」を援用するから。古事記にはそのような記載は無い。
●勢夜陀多良比売が大物主神によって孕む神婚では、神は穴を通過して山に帰っていったということで、手足が無い蛇神の可能性はあるものの、そのように記述している訳ではない。
【非上巻】
●虹が蛇であるとの考え方が大陸で広く存在しており、南島中心に残っているのは事実。しかし、虹や龍、蛇による身籠り話は古事記には一切あがっていない。多少似ているのは、大陸の王子が日本亡命のために語った異国の生誕譚(新羅国王子の天之日矛の渡来理由)。・・・阿具奴摩のほとりで昼寝していた賤しき女の陰部に虹のように輝く日の光が射し妊娠。[日躍如虹、指其陰上。]生まれたのが赤玉で、王子が入手し床辺に置くと、麗しき嬢子と化したので、正妻に。高慢になった王子が罵ったので、祖国の難波へと逃げたため、それを追って渡来。(「日光感精譚+卵生譚」は大陸では珍しくもない話のようだ。しかし、古事記にはそのような話はでてこない)
●稲城の焼かれる火中で生まれた本牟都和気命は父天皇に大変寵愛されたが言葉を発することがなかった。出雲大神の祟りとわかり対処し、しゃべれるようになる。出雲からの帰途、肥長比売と婚姻したが、垣間見ると肥長比売が蛇体であったため、畏れて逃げた。肥長比売は海原を照らしながら追いかけてきたので、皇子はますます畏れて、船を山に引き上げて大和に逃げ帰った。

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