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2006.10.24
 
 


超低不良率要求問題…

 前回から間があいてしまって恐縮だが、話を続けよう。

 前回は、3つ目の問題の入り口として、2つ目の問題に続いてプログラムのバグをとりあげた。そして、品質問題への対処が大きく変わる要因として、製品に対する社会要求の厳しさをあげた。
  → 「軍事技術型民生用技術の勃興 」 (2006年10月10日)

 間違えて欲しくないのだが、PL問題などで、企業が社会的責任を果たさなければならなくなってきたから、製品の欠陥に対しても、高い要求に応える必要があるという話をしているのではない。

 技術が複合化し、機能が高度化してくれば、便利で素晴らしいことができるが、裏返せば、事故の影響も甚大になるから、要求は厳しくなると言っているだけのこと。
 例えば、飛行機は便利だ。しかし、飛行中に故障でもして墜落したらえらいこと。高度な機能が実現するということは、万が一の時の影響が甚大になることを意味するのである。

 つまり、機能が高度化したら、故障は発生しても、重篤な問題には至らないとの保証が要求されるということだ。

 言うまでもないが、安全のための二重化など、設計での対処が重要だが、普通は、極めて低い不良率が要求される部分が必ずでてくる。
 これが、実は大問題なのだ。

 極めて低い不良率が要求され始めると、従来型の民生用コスト低減の考え方では対処できなくなるからである。

 民生用製品での競争で、日本の品質向上運動が奏功したのは、品質向上とコスト削減が両立できたからである。
 欧米は、表面的な理解から、品質向上はコストアップになると短絡していたが、日本は時間と労力を費やして品質向上に励めば、結果としてコストも削減できることに気付いた。この違いが、日本の産業の強さに繋がった。

 ところが、これが成り立たなくなりつつある。
 各部品で故障率をいくら下げても、統合化が進めば、全体の故障率は、掛け算で効いてくるから、下がるどころか上がることさえあるからだ。品質は向上しているのだが、統合が進むから、目に見える故障は増える可能性があるということ。

 従って、今までと同じことをしていれば、各部品で要求される故障率は、早晩、民生用ではとても考えられない数字に到達しかねない。高コストで商品として成り立たなくなりかねないのだ。

 特にやっかいなのは、半導体の集積度が物理的限界にまで進んできた点。
 素子の絶対数が膨大になったから、いくら故障率が低くても、素子不良は間違いなく発生する。  これが液晶ディスプレーのようなものなら、ドット抜けはご容赦下さいですむが、製品の心臓部として使われている半導体ではそうはいくまい。

 こうした現象は、半導体にとどまらない。統合化製品ではそのうち必ずおきる。

 従って、品質担保の考え方を変えざるを得なくなるのは時間の問題と言えよう。
 故障は発生するが、重大事故は発生しないように、全体構造を設計するしかないのである。

 と言うことは、地道な品質向上のスキルに加えて、品質の最低保証ができるスキルが重要になってきたということ。
 全体の品質が高い部品より、低品質でも最低保証できる部品の方が価値が高いかもしれない時代に入ったのである。

 といっても、品質向上ができる組織にとって、このスキル習得自体は難しくはない。
 しかし、今までの品質向上運動とは方向が違うから、そう簡単に対応できるとは限らないのである。

 これが、3つ目の問題。
 要するに、超低不良率要求問題と言えるだろう。
 これは思った以上にインパクトを与える可能性がありそうだ。
続く → (2006年10月31日予定)

 --- 参照 ---
(1) http://www.ntt-east.co.jp/release/0609/060926.html


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