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2007.7.4
 
 


日本のスーパーコンピュータはどうなるのか…

 最先端のスーパーコンピュータの研究開発は競争力維持に重要であると、皆、口を揃えたように言う。
 従って、世界最高能力を発揮した、特別な半導体チップを搭載した、巨大なベクトル型コンピュータ「地球シュミレータ」には賞賛の嵐。
 しかし、その地位も一時的なものだった。2007年6月に発表された「TOP500 List」(1)では、ついに20位にまで落ちてしまった。
 ・・・それでは、抜き返すために、さらなる巨大システムに挑戦するのか、という議論がありそうなものだが、そうはならない。

 ともかく一位を目指して挑戦すべきとの結論だけは決まっているが、どうすべきか思想は固まっていないのである。
 日本の研究開発費総額は米国に遠く及ばない。この状況なら、ベクトル型に賭けるなら、それに合ったやり方を考案すべきだと思うのだが、そうはならないようだ。

 すでに、1位の性能は、280.6 TFlopsと「地球シュミレータ」の一桁上。言うまでもなく、ベクトル型ではない。
 とんでもない電力量消費でもかまわないなら、スカラ型でこの先も性能を上げることはできそうだ。おそらく、10 PFlops程度は行くだろう。
 だが、そんな競争に意味があるのか、はなはだ疑問である。

 理屈からいえば、ベクトル型はシュミレーションに向いた構造である。しかし、気象シュミレーションの利用者でさえ、スカラー計算機を購入してしまうのが現実。
 なにせ、ベクトル計算機はあまりに高価だから。しかも、プログラム開発は難しい。TOP500 List を見ればわかるように、先細り状態。
 再び超大型で挑戦することより、どのようにして、この技術を利用すべきかを考える方が余程重要ではないかと思うのだが。

 そもそも、計算処理1つで見るなら、性能、コストのどちらをとっても、ベクトル型だろうが、スカラー型だろうが、スーパーコンピュータよりより汎用パソコンが優れていると言ってよいだろう。そこまで技術が進歩してきたのである。
 昔のスーパーコンピュータは、1つの処理で、パソコンを凌駕する高速化を実現していたが、今はそんな状況ではない。スーパーコンピュータとは、複数同時処理の数を増やすことができる装置にすぎない。パソコンでは複数処理は難しいから、スーパーコンピュータを使うだけのこと。
  ビジネスマンなら、そんなことしかできないのに高価ということは、コストパフォーマンス悪化の研究を進めるつもりなのか、と言うに違いない。
 膨大な数のパソコンをつないで、のんびりと大量のデータ処理を追求した方が余程メリットがあると考えるかも知れぬ。

 しかも、超大型のスーパーコンピュータの応用は気象学のようなものが中心だ。
 もしも本当に気象のシュミレーションの成果を出したいなら、ビジネスマンなら、こんな高価なハードに投資することはあるまい。安価な計算機を自由に使ってもらう体制をつくり、その分のお金をプログラム開発費用に回すのではなかろうか。プログラムに工夫が必要になるから、質も高まるし、新しいタイプのシュミレーションへの挑戦もし易くなると読むからだ。

 ちなみに、現在、日本でトップは東工大の「TSUBAME」で、14位だ。
 キャンパスで「みんなのスパコン」として運営されている。いかにも大学らしい構想だ。
  → 「TSUBAME Grid Cluster:みんなのスパコン 」 (C)GSIC 2006年7月

 なにせ、AMD製X86型チップを使っているから、圧倒的に安い。予算を考え、コストパフォーマンスを狙うなら、納得性ある選択と言えよう。
 これもスーパーコンピュータの一つの方向だ。

 ともかくナンバー1を目指そうというなら、「TOP500 List」とは違う基準を持ち出せばよいだけのことである。
 「TOP500 List」の基準で競争しているにもかかわらず、実効能力はこれでは測れないなどと言い出したりする姿勢はどうかと思う。本当にそう信じているのなら、始めから「TOP500 List」など無視すべきである。
 理化学研究所に構築された、蛋白質の挙動シュミレーション用の分子動力学計算に最適化したスーパーコンピュータなど、その類のものである。2006年6月に世界最高の理論ピーク性能1 PFlops(2)を出しているが、間違いなく世界最高値だ。しかし、TOP500 Listの基準で競争はできない。だが、そんな話はどうでもよいのではなかろうか。
  → 「超スパコンの登場 」 (2003年10月2日)

 このシステムが優れているのは、これだけの高速大量処理をしているにもかかわらず、電力消費が少なく、装置をコンパクト化できる点。おそらく、メインテナンスもし易いだろう。要するに、低コスト運営が可能なスーパーコンピュータということ。
 これは、もしかすると、次世代のコンピュターの一つの形かもしれない。これから半導体の製造方法や設計方法が大きく変わり、半導体のコスト構造も変わる。今使われているような専用チップなら、結構安価に作れる時代に突入するかも知れないのである。
 そんな将来構想と組み合わせ、どう発展させるか議論する価値があると思うのだが。

 ところが、議論はどうも逆方向に進んできた。
 1 PFlopsが出せたのなら、この計算機を汎用化しようという意見を耳にするからだ。もともと、汎用の非効率な部分をカットすることで高性能化を目指したというのに、元に戻れというようなもの。
 おそらく、既存CPUチップの対抗品を開発できるのではないか、との期待感だと思うが、これは無理筋。
 ゲーム機器用チップがほとんど転用がきかないのを見ればわかるが、よくて、一過性の優位性が発揮できる程度だろう。どう見ても、既存チップが追いつけない仕様が実現できるとは思えないのだ。既存チップは、互換性維持のために膨大な命令セットを抱えているから、対応しにくいだけで、決して内容が劣っている訳ではないのである。

 と言っても、“専用”レベルを明確化する必要はあろう。ビジネスマンは、ここに一番の関心がある。応用分野毎に標準化を狙えるようになれば、イノベーション創出の可能性があるからだ。
 今の“専用”スーパーコンピュータで商業化をしたいと思う人は少ないだろう。どう見たところで一品モノに近いからだ。
 しかし、“専用”と言っても、機器モデル間での互換性を保てるレベルになれば、話は別だ。イノベータがでてきてもおかしくない。プログラム開発人口が確保できそうなら、専用“チップ”と安価な汎用サーバを組み合わせ、コストパフォーマンスが極めて高い“専用”スーパーコンピュータを提供できるからだ。本当に素晴らしいものなら、汎用機に魅力など無い。従って、“専用”スーパーコンピュータが当該領域の標準になってもおかしくない。

 大規模施設で膨大な電力消費量のスーパーコンピュータを利用するのではなく、それぞれの研究所の傍らに設置された安価なスーパーコンピュータを何時でも好きな時に使える方が嬉しい研究者・エンジニアも多いのではないかと思うのだが。・・・そんな“夢”を語れる人がいない訳でもあるまい。

 だが、そんな方向に進む感じはしない。
 日本の科学政策は、一貫して、そのようなビジネス発想を毛嫌いしているように見えるからだ。目指しているのは、あくまでもスーパーコンピュタの先端“要素技術”の開発。(3)

 従って、利用者側も含めた全体の枠組みを変える発想は受け入れられないのである。それに、枠組みに対応する科学領域は無いから、評価する人も選べない。評価の対象にさえならないだろう。
 ビジネスマンにとっては、要素技術にいくら注力しても、現行の仕組みと齟齬があると、競争力向上に繋がらないという体験など珍しくない。要素技術の最高峰だけを目指すしていると、自らの首を絞めかねないから、常に考えるものだが、科学の分野ではそうならないということ。

 ここまで述べれば、おわかりだと思うが、ベクトル型スーパーコンピュータにしても、枠組みを変えれば飛躍の可能性はあるということ。
 このタイプの一番の弱みは、ベクトル型用のプログラム作成人口があまりに少ない点。しかし、グローバルで見れば、インドや中国では専門家が大増産されていく。この力を活用できるなら、状況は変わるかも知れないのである。
 これは一つの例だが、いくらでも工夫の余地はあると思う。

 長期的に競争力を強化したいのなら、全体の仕組みや、技術の枠組みを考えることから始めるべきだろう。そうでないと、木を見て森を見ずになってしまうからだ。
 個々の要素技術の将来を考え、どの要素技術に注力するかという、近視眼的な政策は危険だ。こんなことを続けていれば、確実に力は弱まっていく。

 2007年6月に出された「次世代スーパーコンピュータ概念設計評価報告書」(4)の結論を眺め、つくづくそんな気分になった。
 マイコミジャーナルの記事(5)がわかり易い。狙うのは、巨大な“汎用複合システム”。
 技術的には、“45nm半導体テクノロジや光インターコネクトなどの先端技術を用いて、画期的な省電力と省スペースを実現”するのが目玉となっているようだ。
 そして、“スカラとベクトルの両演算部の最適な使い分けと両方の同時使用による複雑系のシミュレーション”を特徴とする。
 要するに、様々な要素技術をてんこ盛り的に集めて、巨大システムを作ろうというのである。研究開発に関与している全員が参加できるかも知れないから、皆が嬉しいのかも知れぬが、そんなものを狙って意味があるのだろうか。

 --- 参照 ---
(1) http://www.top500.org/list/2007/06/
(2) http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2006/060619/index.html
(3) http://www8.cao.go.jp/cstp/project/super/haihu01/siryo2-3.pdf
(4) http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/toushin/07061321.htm
(5) 「次世代『日の丸スパコン』はスカラ、ベクトルの汎用複合システム」 [2007.6.21]
  http://journal.mycom.co.jp/articles/2007/06/21/supercomputer/index.html


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