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2008.7.21
 
 


外資研究所の撤退話をどう見るか…

 外資系製薬会社が日本の研究拠点閉鎖に動いたため、“日本の製薬関係者は危機感を強めている”という。(1)
 その気持ちはよくわかる。バイエル薬品の研究所といえば、日本の誇る“iPS”細胞に成功したラボでもあり、そんな研究所を閉鎖するとはどういうことだとなるのは極く自然な反応だと思う。

- 閉鎖外資研究拠点 -
2004年 Bayer 京都中央研究所
2007年 Bayer 神戸リサーチセンター
GSK 筑波研究所
2008年 Pfizer 名古屋中央研究所
Novartis 筑波研究所
 そんな雰囲気ができたのは、2008年初頭辺りからだろうか。薬学会で活躍されている研究者にとっては、確かに「憂慮すべき問題」と言えよう。
・・・“最近の欧米製薬企業による日本の研究所閉鎖の動きは、科学技術立国を目指す日本にとって大きな問題として捉えられなければなりません。
世界の製薬企業が、進んで日本を研究開発の場として選択するような環境の構築を急ぐ必要があるでしょう。”といったところだろう。(2)

 それはその通りだが、“国際共同研究の推進やベンチャー育成などを通じ、外国企業の研究拠点誘致の取り組み”を進めるべしと、短絡的に考える前に、創薬の領域から離れて、世界の大きな流れを眺めることをお勧めしたい。
 そう思うのは、外から眺めれば、グローバル企業が、シンガポールや上海での研究所開設に走るのは当然という気がするからだ。
 最近、IT系の経営者が言うところの“Global 2.0”の流れに映るからである。もちろん、ウエブの話ではない。知恵で食べる産業は、知恵が一番湧くところに拠点をおくということ。
  → 「Global 2.0の動き 」 (2008年7月17日)

 製薬産業の研究開発期間は長いから、遠い将来を考えて拠点を作る必要があるのはわかりきったこと。従って、“Global 2.0”など、製薬業界では、とっくの昔に始まっていたのである。コア研究領域毎に拠点を定め、そこへ研究者を集約する方向に進んでいたということ。そして非コア領域からの撤収。ただ、研究であっても、場合によっては現実のビジネスに影響する場合もあるから、動きが表立っていなかっただけの話。それが、いよいよ本格化してきたにすぎない。

 この程度の説明ではよくわからないだろうから、医薬品の「製造」で考えてみよう。世界のどこに拠点を置くと知恵がでそうか考えてみればよい。
 インド、ブラジル、中国が魅力的とは相当前から言われてきたが、これをコスト削減の話と考えてはいけない。それでは、“Global 1.7”程度。
 “2.0”とはどういうことかといえば、たとえば以下のような特徴を活かすということ。
 【インド】 もともと、海外の新薬のジェネリック化大国。有機合成人材は豊富だし、バイオ医薬品も可能。
     製剤技術もそろっているし、品質管理レベルも高い。言うまでもなく、コスト削減効果も大きい。
     なんといっても、英語でのコミュニケーションがとれるののが嬉しい。
 【ブラジル】 化学合成関係の人的資源の層が厚いから、複雑な中間体製造にはもってこい。
     低コストという訳にはいかないが、全体のマネジメントコストを考えると、欧米には有難かろう。
     バルクや製剤化までの一貫製造のメリットがあるかも知れぬということ。
 【中国】 インド・ブラジルに比べると、今一歩だが、急速に変わりつつある。
     理工系修士博士の創出が1万人レベルに達しつつあり、IT技術に対応できる点も魅力である。
     高度なコンピュータ管理の製造プロセスなどには向いているだろう。

 さあ、それでは、日本はこの分野ではどういう地位かということになる。特殊なドラッグデリバリーシステムや、ブラックアートのようなマスキング技術は強そうだ。だが、それにどれだけ魅力があるかということ。日本仕様が世界の標準にならないなら、拠点を置く企業はいまい。日本に優れた人材がいるかという問題ではなく、グローバルな観点で見て拠点を置く意味がどこにあるかという問題なのである。欲しい日本人研究者がいれば、リクルートして海外拠点で働いてもらえばよいだけの話。

 「開発」にしたところで、同じことがいえる。日本の部隊を強化したいと思うだろうか。健康保険制度で先端的な治験も難しいし、スピードは遅く、現場の透明性にも疑問が湧く。それなら、日本は承認を得るのに必要な機能だけでかまわないのではないかと考える方が自然である。日本でのビジネスの最適化は、ブローバルビジネスの最適化と一致するとは限らないのである。下手に「開発」で独自性でも追及されて、問題でも起こされる方が余程厄介である。

 もっとも、こんな説明では合点がいかないだろう。「研究」は技術のレベルが違うからだ。
 しかし、そこがポイントでもある。
 「研究」は技術の進歩が激しい。このことは、視点が現実ではなく、将来ということ。次世代技術を担えそうな人的資源が期待できない国には拠点を置く必然性はないのである。その観点で日本を見つめ直す必要があろう。

 例えば、“XFEL”が創薬の主流になるというのは間違いないと考えるなら、(3)それを前提にして、世界のどこに拠点を置くべきか考えてみたらよかろう。
 このような大型技術は発展の余地が大きい。しかも、膨大な投資がかかる。限られた国しかできないのは間違いない。シンガポールや中国は間違いなくそのなかに入ってくると見てよいだろう。しかも、戦略的に注力するのは間違いないから、外資研究所に最大限の特典を与えるに違いなかろう。将来を考えるなら、極めて魅力的と言わざるをえまい。
 日本の“SPring-8”技術が断トツなら別だが、そうでなければ、残念ながら、日本の魅力は薄いと見た方がよかろう。この技術が実用的なものになったら、研究組織も抜本的に変える必要が生まれると思うが、日本は、それにすぐに対応できそうにないと見られているからだ。
 人材流動性が低く、新時代に合う「人」をリクルートすることさえままならないのだから、新時代に合わせた人作りは、日本では困難と見なしておかしくなかろう。
 シンガポールや上海に、優秀な日本人を個別に引き抜く策の方がよさそうということ。

 これは研究都市にも言える。いくら優秀な人が集まったところで、人材流動性を欠き、交流も成果を生んでいないなら、それはハコもの研究所群があるにすぎない。そんな都市に研究所を置くより、自社に都合のよい場所に研究者を集めて、組織的に知恵を出す独自の仕組み作りに注力したほうがましと考えるのは当然だと思う。

 --- 参照 ---
(1) 「外資製薬 研究拠点“日本離れ” 中国などに新設相次ぐ」 FujiSankei Business i. [2008.6.30]
  http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200806300034a.nwc
(2) 笹林幹生,八木崇: 「研究開発活動の国際化」 JPMA News Letter No.126 [2008.7]
  http://www.jpma-newsletter.net/PDF/2008_126_09.pdf
(3) 勝矢良雄: 「SPring-8創薬産業ビームラインについて」 蛋白質構造解析コンソーシアム [2004.7.22]
  http://www.pcprot.gr.jp/pdf/Nagoya040722.pdf
  蛋白質構造解析コンソーシアム http://www.pcprot.gr.jp/
  「創薬に貢献する国家基幹技術−人類未踏のX線自由電子レーザーへの期待」 製薬協ニューズレター124号 [2008.3]
  http://www.jpma-newsletter.net/PDF/2008_124_16.pdf
(SPring-8の写真) [Wikipedia] (C) Artorius http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:SPring-8_2007_12img_pano.jpg


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