[→本シリーズ−INDEX] ■■■ 日本の基底文化を考える [2018.6.13] ■■■ 蜘蛛をこよなく愛した人々[19] 賢淵伝説について考えてみたい。 (何時頃に生まれた話かはわからないが、枕草子には同一名称の地名が記載されているので、もしかするとすでにその時点で有名になっていたと見る人も。) この話、全国に存在する、"蜘蛛淵"とか"おとろし淵"と言われている地に伝わる蜘蛛怪奇話の類と言われている。細かい点はそれぞれ違うとはいえ大筋ではほとんど同じ。 【基本ストーリ ー】 川や滝の淵で、釣りや野良仕事をしていると水から出て来た蜘蛛が足に糸を架け始める。不審に思い、糸を払って近くの大木に付け替える。何回もそれが繰り返された後、突然にして大木が淵の中に引きづり込まれる。 ただ、場合によっては、大きな蜘蛛ということで、女郎淵とされることもあり、その場合は話がかなり違ってくる場合も。その部分は除外して考えた方がよいと思う。 ともあれ、賢淵は、普通名詞ではなく、広瀬川が仙台の城下町を外れる辺りの"淵"の地を指す。ここの伝承話と、他の地の蜘蛛淵の違いは、水の中から「賢い。賢い。」との掛け声がかかったという点。 なかなか面白いではないか。 と言うか、そんな嗜好があるので、"蜘蛛淵"の意味が想像できるのである。 柳田国男によれば、蜘蛛は水の神の仮の姿だそうだ。 (著作を読んでいないので、その理由のほどは知らないが、アイヌ民話には、石狩川筋の上流に天界から下りてきて天命で石狩[iskar]を護っている蜘蛛[yaoskep]カムイ(神)が登場する。)[散文の物語「石狩を守るクモ神の夢を見たパロアッテ」1999年収録@アイヌ民族博物館] 小生も"蜘蛛淵"に神的要素があると感じるが、それは、この地が国見場所に近かったようだから。近隣の高台が国見の地なら、そこは神聖な地だった可能性があろう。雨乞い淵だったのではなかろうか。当然ながら、むやみに踏み入ってはならぬ禁足地。しかし、次第に、そのような禁忌がないがしろにされてきて誕生した話では。 なんといっても不可思議なのは、そんな地への侵入者ならたちどころにに罰せられてもよいと思うが、そうなならない点。しかも、水に引き込もうという動きに対して、侵入者が"賢い対応"をしたことを褒めている。実に物分かりがよい水の神だ。"滑稽"的要素を感じさせる話と言ってもよさそう。 神聖な禁足地にも人が訪れるようになってしまえば、ある意味、自然な成り行きかも。賢淵は安全な場所ではないから、水難も少なくなかった筈だからだ。引き込まれたり、滑落しちして水死する危険性も高かったろう。その除難ということで、蜘蛛を篤く祀ったと考えることもできそう。 そういう意味でも、水の神と言うことができるのでは。 畏怖感を与えるというよりは、親しみを感じさせる神と違うか。 そんな風に考えると、滝の地の伝承が多いのも当然ではないかと思う。かつては、そんな場所に分け入る人もいなかった訳だが、次第に人が入るようになり、それはよそうヨというお話が"蜘蛛淵"。命を落としかねない場所にわざわざ行く必要もないでしょうとの、呼びかけ。 換言すれば、神聖な地をそのままにしておきたい地域住民の感覚がそのまま表れていると思うのだが。 ---淵伝説地の例--- (東北) 尼平の淵@花巻 蓮華沢@田野畑村 藤平淵@久慈山形町 小烏瀬川奥の淵, オマダの沼@遠野 名取川水系広瀬川賢淵@仙台茶屋町 〃(下流側)藤助淵/牛越淵賢淵@伊達国見町 前田滝@東白川郡塙町大字川上(現:発電所) (関東甲信越東海圏) 川端, 槻川の岸@秩父郡東秩父村 廻淵, 廻淵@〃荒川村 空滝滝壺, 下空滝@〃皆野町 茗荷の堰@富津市 浄蓮の滝@天城湯ヶ島 沢地川上流蜘蛛ヶ淵@三島 天狗坊@津久井郡藤野町 底なしの淵@西八代郡三珠町 蜘蛛ン淵@西八代郡 蜘蛛淵@(身延)下部 竜門淵@南佐久郡佐久穂町 くもが淵@南佐久郡北相木村 魚留の淵@西頸城郡 (近畿岐阜圏) かしこ淵@岐阜吉城郡 蜘蛛淵@飛騨神岡高原郷 蜘蛛淵@郡上市 蜘蛛が淵, 河原の畑@伊香郡余呉町 主が住む禁断の淵@大阪 道端@伊都郡九度山町 右鼓瀧奥蜘蛛淵, 皷が滝@有馬 (中国) トリガネが池@高梁市備中町 ハンヤが池@新見市 板取淵@苫田郡郡上斎原村 蜘蛛ヶ瀧@久米郡美咲町 丑ヶ淵@西伯郡南部町 やりこ淵, 彌六淵@東伯郡三朝町 蜘蛛淵@江津市桜江町 塞ぎ淵@〃波積町 千八尋淵@津和野 (四国) 惣川蜘蛛淵@東宇和郡野村 荒瀬の滝@三好郡西祖谷山村 上臈が淵@名西郡神山町 蜘蛛淵@長岡郡大豊町 ます淵@〃本山町 ごうろのかま@香美郡物部村 蜘蛛ケ淵@吾川郡池川町 千人ばね@高岡郡佐川町 (九州) おとろしが淵@阿蘇郡 勢返しの滝@菊池市 (参照) 「怪異・妖怪伝承データベース」国際文化研究センター [立石展大:「蜘蛛淵伝説の形成 ―浄蓮の滝を例として―」立教女学院短期大学紀要44 , 2012] 本シリーズ−INDEX> 超日本語大研究−INDEX> 表紙> (C) 2018 RandDManagement.com |