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■■■ 日本の基底文化を考える [2018.7.17] ■■■
鳥崇拝時代のノスタルジー[7]
−雉は鳴かずにいられぬ−

キジPhasianidaeは、古事記では葬儀の哭女として登場するが、[→]その前段階では伝言のお遣い役で出向いて射殺される。縁起の悪いことこの上なしだが、肉旨しということが理由なのかは定かではないものの、国鳥とされている。
官僚が指名した訳ではないから、皆、それに満足しているのだと思う。そこらは、中華帝国の風土とは大きく違う。

古名は"きぎし"。キギの部分は発音しにくいのに、どうしてそんな音に拘ったのだろうか。

草叢や疎林の比較的明るいものの、体を隠せる繁みがある場所に棲息。地理的には、ユーラシア大陸中部〜東部の温帯域。島嶼では、日本列島と台湾も含むが、かつては北海道/対馬/八丈島では生存できなかった。

渡鳥の様子を見ていれば季節感が自然と伝わってくるが、雉は完全土着型の鳥である。長距離飛行するほどの筋力も無ければ、その気もなさそうだし。しかし、季節感を与えるのという点では、優るとも劣らない。
七十二候の日本版では「小寒」末候"雉始"。
雄が、一夫多妻制のテリトリー確保の熾烈な闘争を始める時期でけたたましく鳴くからである。
大陸では「立冬」末候"雉入大水為蜃"となんだかわからない表現。「寒露」次候"雀入大水為蛤"と似ており、こちらは、あれほど周囲に沢山居た雀も、流石に寒過ぎるので、どこかに隠れてしまい見えなくなってしまった、と言うのだろう。まるで浜でどっさり採れる蛤に化けたかのよう、と。ここでの蛤はまだまだ小さな状態と考えるのが自然。
そうなると、雉の方はなんなんだろう。
こちらは、大蛤と見なされているからだ。
時期から考え、渤海辺りの蜃気楼発生シーズン幕開けを指していそうとの説はわかるが。
 .詩五首 其四「乾闥婆詩」 {魏晋南北朝]蕭衍
 靈海自已極,滄流去無邊。蜃蛤生異氣,闥婆鬱中天。
 青城接丹霄,金樓帶紫煙。皆從望見起,非是物理然。
 因彼凡俗,此中玄又玄。

問題は、雉あるいは野鶏の鳴き声と蜃気楼がどうかかわるのかという点。そのような呪術は聞いたことがなく、納得できかねる。淮河辺りでは雉は蛇になる伝説があるから、その類という説も強引すぎようし。雉料理で、蜃気楼見物ならわからぬでもないのだが。(尚、ここではの野鴨=雉である。漢の高祖劉邦の皇后は呂氏出身で、名は雉、字は娥。劉邦の死語実権を握ったので、"雉"の使用は避けた筈。)

雉は、燕と違って、「萬葉集」にもチラホラ登場しているので、見ておこう。

「古事記]八千矛神-沼河比売-浦渚の鳥には、夜が明けようとしている頃に鳴く鳥が並んでいるが、そのなかに雉も入っている。
 ・・・さ野つ鳥 雉(きぎし)は響(とよ)む・・・
一種の枕言葉も決まっていたようである。
[巻十三#3310]
隠国の 泊瀬の国に さよばひに 吾が来れば たな曇り 雪は降り来ぬ さ曇り 雨は降り来ぬ 野つ鳥 雉は響む 家つ鳥 鶏も鳴く さ夜は明け この夜は明けぬ 入りて吾が寝む この戸開かせ
昔老翁有り、竹取の翁といふ。此の翁、季春之月に、丘に登りて遠望するとき、羮を煮る九箇女子に値へりき。百の嬌儔ひ無く、花の容止無し。時に娘子等、老翁を呼び、嗤ひて「叔父来て此の鍋火を吹け」と曰ふ。ここに翁、「唯々」と曰ひて、漸ゆきて、座の上に著接きたりき。しまらくありて娘子等、皆共に含咲み、相推し譲りけらく、「誰そ此の翁を呼びし」。すなはち竹取の翁のいふ、「非慮の外に神仙に偶逢ひ、迷惑へる心敢へがたし。近く狎れし罪、謌を以て贖ひまをさむ」。即ち作める歌一首、また短歌[巻十六#3791]
緑子の・・・さ野つ鳥 来鳴き翔らふ 秋さりて 山辺を行けば なつかしと 我れを思へか・・・
雉も夜明けに騒ぐのである。
羈旅の歌一首、また短歌[巻三#388]
海神は 霊あやしきものか 淡路島・・・この夜の明けむと 侍ふに 眠の寝かてねば 滝の上の 浅野の雉 明けぬとし 立ち動むらし いざ子ども あべて榜ぎ出む 庭も静けし

野とは、鶉と雉が棲む場所という通念ができあがっていたのだと思われる。野の環境が失われてしまうと、ヒトからそんな感覚は失せてしまうが。
両者ともに、警戒心が強いのは、狩猟対象といえば先ずは鶉雉と相場が決まっていたからだろう。日本人の嗜好に合う肉だったこともあるし。
十六年甲申春二月、安積皇子の薨へる時、内舎人大伴宿祢家持がよめる歌六首[巻三#478]
かけまくも・・・朝狩に 鹿猪踏み起し 夕狩に 鶉雉踏み立て 大御馬の 口抑へとめ・・・

ただ、歌の情緒という点では、料理の美味しさなどという下卑た話ではなく、もっぱら妻恋になる訳で、求婚のために鳴く姿を愛おしく感じていたに違いない。大変だよネ、お互いに、ということで。
大伴宿禰家持が春雉きぎしの歌一首[巻八#1446]
春の野に あさるの 妻恋ひに 己があたりを 人に知れつつ
花を詠める[巻十#1866]
鳴く 高圓の辺に 桜花 散りて流らふ 見む人もがも
暁に鳴く雉を聞く歌二首[巻十九#4148,4149]
杉の野に さ躍る いちしろく 音にしも泣かむ 隠り妻かも
あしひきの 八峯の 鳴きとよむ 朝明の霞 見れば悲しも
別れの悲しみの歌[巻十二#3210]
あしひきの 片山 立ち行かむ 君に後れて う顕しけめやも

(Wikisource 万葉集 鹿持雅澄訓訂 1891年)
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