[→本シリーズ−INDEX]

■■■ 日本の基底文化を考える [2018.7.21] ■■■
鳥崇拝時代のノスタルジー[11]
−托卵系はゴチャゴチャ−

托卵に徹することで知られる鳥の仲間がいる。
望遠鏡での観察が始まってそんな習性が判明したのではないから、古代の人々の観察にかける意気込みの違いを感じてしまう。・・・
霍公鳥詠める歌一首、また短歌 [巻九#1755]
鴬の 卵の中に 霍公鳥 独り生れて 己が父に 似ては鳴かず 己が母に 似ては鳴かず 卯の花の 咲きたる野辺よ 飛び翔り 来鳴き響もし 橘の 花を居散らし ひねもすに 鳴けど聞きよし 幣はせむ 遠くな行きそ 我が屋戸の 花橘に 住みわたり鳴け

上記の"霍公鳥"は"ホトトギス保登等藝須"だが、托卵鳥類は、現在は"カッコウ"の仲間と呼ぶことになっている。
中国語では"杜鵑"のグループであり、こちらの方が誤解を防げるし分かりやすい。"大"は"カッコウ"、"中"は"ツツドリ"、"小"は"ホトトギス"となるだけのことだが。
こんな具合。・・・
  郭公/閑古鳥【大杜鵑】カッコウはこどり
      or 布穀鳥フフドリ…ふふどり
  杜鵑/時鳥/不如帰/名告り鳥【小杜鵑】ホトトギスほととぎす
      or しめ
  筒鳥/都々鳥【中杜鵑】ツツドリつつどり
      or [未確定]呼子鳥よぶこどり
  十一/慈悲心鳥【棕腹杜鵑】ジュウイチ
  背黒郭公セグロカッコウ…希少渡来

郭公は本州だと5月ころ渡って来るようだ。その時期になると、♂鳴声「カッコウ」が聞こえるから。そのため、農事暦的には豆播き鳥とも呼ばれるそうだが、誰でもが知る名前は"カッコウ"だ。
世界的にその鳴声表現はよく似ているとされ、ここから鳥名がついたとの説明だらけ。
 日:kakkō
 英:cuckoo
 仏:coucou
 独:kuckuck
 蘭:koekoek
 西:cuco
 伊:cuculo
 希:koúkos
 露:kukushka
 カザフ:Kwkopa
 パンジャブ:Kōkī
 タミル:kuyil
 ヒンディー:koyal

それはそうなのだろうが、日本の古名は必ずしも、"郭公"ではない。理由が書いてないが、"かっこう"という鳥名の初出は判然としないそうで、そもそもそんな呼び方がさっぱり見つからないらしい。「カッコウ」は外来語と考えるべきかも。
解説でよく見かける異名は、"ふふどり"[布穀鳥]
しかし、それは"かっこう"ではなく"つつどり"だとも。こうなると、なにがなにやらである。
 これも又 さすがにものぞ あはれなる かた山かげの つゝどりの声
   寂蓮法師[「夫木和歌抄」巻二十七雑九#1290]
小生は、「カッコウ カッコウ」という鳴き声を大陸では「布谷 布谷」「布穀 布穀」としていたので、それを取り入れたのだと思うが。

このように漫然と記載していくと誤解を生むか。

要はこういうこと。・・・
"郭公"という漢字の単語が使われているが、その読みは"カッコウ"ではなく、"ほととぎす"なのが問題なのだ。"かっこう"との、当然の呼び方にしたのは、武士政権の時代になってから。インターナショナルな流れに合わせて変えたとしか思えまい。言い方をかえれば、軟らかい音の訓読みを避け、無骨な漢語読みの音が格好良しとなっただけ。武家御用達になった禅宗が漢語を好んだこともその流れを後押ししたに違いない。

ことは、これだけではない。小生は、"筒鳥"の異名を勝手に"呼子鳥"としたが、「徒然草」第二百十段での指摘通り現在でも何を指すかは不明。
喚子鳥は春の物なりとばかりいひて、いかなる鳥とも定かに記せる書なし。
常識的には、"筒鳥"という名前は、"筒"を叩くような鳴き声を出すからだろうが、親鳥が鳴くと子が来るという話があるらしいから、マ、妥当な推定ではないか。
をちこちの たづきも知らぬ 山なかに おぼつかなくも 呼子鳥かな
   [「古今和歌集」]

ともあれ、これら托卵系の鳥の一大特徴は激しい囀りと言ってよいだろう。鳴き声に格段の関心を払っている「万葉集」では、153件も"ホトトギス"が詠まれているそうだ。

その鳴声は「テッペンカケタカ」であると言われることが多いが、大伴家持によれば、「ほととぎす」らしい。
別に心をのぶ一首 [巻十八#4084]
暁に 名告り鳴くなる 霍公鳥 いやめづらしく 思ほゆるかも

当然ながら、異名として記載した"はこどり"も出自はわからぬから、"カッコウ"であると確定はできぬ。
推定不能な【貌鳥/顔鳥/容鳥かほどり】と同義との説もある位だ。
山部宿禰赤人が春日野に登りてよめる歌一首、また短歌 [巻三#372]
春日を 春日の山の 高座の 御笠の山に 朝さらず 雲居たなびき 容鳥の 間なく屡鳴く 雲居なす 心いさよひ その鳥の 片恋のみに 昼はも 日のことごと 夜はも 夜のことごと 立ちて居て 思ひぞ我がする 逢はぬ子故に
鳥に寄す [巻十#1898]
容鳥の 間なくしば鳴く 春の野の 草根の繁き 恋もするかも
掾大伴宿禰池主が報贈ふる歌二首、また短歌 昨日短懐を述べ、今朝耳目を汗す。・・・ [巻十七#3973]
 :
 山傍には 桜花散り 容鳥の 間なくしば鳴く
 :


「万葉集」から【霍公鳥】の一部だけ引いておこう。卯の花との組合わせも少なくない。

額田王の和へ奉れる歌一首 [巻二#112]
古に 恋ふらむ鳥は 霍公鳥 けだしや鳴きし 吾が念へるごと
大伴清縄が歌一首 [巻八#1482]
皆人の 待ちし卯の花 散りぬとも 鳴く霍公鳥 吾れ忘れめや
詠霍公を詠める歌一首、また短歌 [巻九#1755]
鴬の 卵の中に 霍公鳥 独り生れて 己が父に 似ては鳴かず 己が母に 似ては鳴かず 卯の花の 咲きたる野辺ゆ 飛び翔り 来鳴き響もし 橘の 花を居散らし ひねもすに 鳴けど聞きよし 賄はせむ 遠くな行きそ 我が宿の 花橘に 住みわたれ鳥
反し歌 [巻九#1756]
かき霧らし 雨の降る夜を 霍公鳥 鳴きてゆくなり あはれその鳥
天平二十一年、春三月の二十三日、左大臣橘の家の使者造酒司の令史田邊福麿を、守大伴宿禰家持が舘に饗す。爰に新歌を作み、また古詠を誦ひて、各心緒を述ぶ [巻十八#4035]
霍公鳥 いとふ時なし あやめ草 かづらにせむ日 こゆ鳴き渡れ
[巻十八#4042,4043]
藤波の 咲き行く見れば 霍公鳥 鳴くべき時に 近づきにけり
右の五首は、田邊史福麿。
明日の日の 布勢の浦廻の 藤波に けだし来鳴かず 散らしてむかも
右の一首は、大伴宿禰家持が和ふ。
[巻十八#4050,4051]
めづらしき 君が来まさば 鳴けと言ひし 山ほととぎす 何か来鳴かぬ
右の一首は、掾久米朝臣廣繩。多古の崎 木晩繁に 霍公鳥 来鳴き響めば はだ恋ひめやも
右の一首は、大伴宿禰家持。掾久米朝臣廣縄が舘にて、田邊史福麿を饗する宴の歌四首 [巻十八#4052,4053,4054]
ほととぎす 今鳴かずして 明日越えむ 山に鳴くとも 験あらめやも
木晩に なりぬるものを 霍公鳥 何か来鳴かぬ 君に逢へる時
霍公鳥 こよ鳴き渡れ 灯火を 月夜になそへ その影も見む
四月の一日、掾久米朝臣廣縄が舘にて宴せる歌四首 [巻十八#4066,4067,4058,4069]
卯の花の 咲く月立ちぬ 霍公鳥 来鳴き響めよ 含みたりとも
二上の 山に隠れる 霍公鳥 今も鳴かぬか 君に聞かせむ
居り明かし 今夜は飲まむ 霍公鳥 明けむ朝は 鳴き渡らむそ
明日よりは 継ぎて聞こえむ 霍公鳥 一夜のからに 恋ひわたるかも
別に心をのぶ一首 [巻十八#4084]
暁に 名のり鳴くなる 霍公鳥 いやめづらしく 思ほゆるかも
独り幄の裏に居て、霍公鳥の喧を聞きてよめる歌一首、また短歌 [巻十八#4089]
高御倉 天の日継と すめろきの 神の命の 聞こし食す 国のまほらに 山をしも さはに多みと 百鳥の 来居て鳴く声 春されば 聞きのかなしも いづれをか 別きて偲はむ 卯の花の 咲く月立てば めづらしく 鳴く霍公鳥 あやめぐさ 玉貫くまでに 昼暮らし 夜わたし聞けど 聞くごとに 心うごきて 打ち嘆き あはれの鳥と 言はぬ時なし
独り幄の裏に居て、霍公鳥の喧を聞きてよめる歌一首、また短歌 反し歌 [巻十八#4091,4092]
卯の花の ともにし鳴けば 霍公鳥 いやめづらしも 名告り鳴くなべ
霍公鳥 いと妬けくは 橘の 花散る時に 来鳴き響むる
京の家に贈らむが為、真珠を願する歌一首、また短歌 [巻十八#4101]
珠洲の海人の 沖つ御神に い渡りて 潜き取るといふ 鰒玉 五百箇もがも 愛しきよし 妻の命の 衣手の 別れし時よ ぬば玉の 夜床片さり 朝寝髪 掻きも梳らず 出でて来し 月日数みつつ 嘆くらむ 心なぐさに 霍公鳥 来鳴く五月の あやめぐさ 花橘に 貫き交へ 縵にせよと 包みて遣らむ
橘の歌一首、また短歌 [巻十八#4111]
かけまくも あやに畏し 皇祖神の 神の大御代に 田道間守 常世に渡り 八矛持ち 参ゐ出来しとふ 時じくの 香久の木の実を 畏くも 残し賜へれ 国も狭に 生ひ立ち栄え 春されば 孫枝萌いつつ 霍公鳥 鳴く五月には 初花を 枝に手折りて をとめらに 苞にも遣りみ 白妙の 袖にも扱入れ 香ぐはしみ 置きて枯らしみ 熟ゆる実は 玉に貫きつつ 手に巻きて 見れども飽かず 秋づけば しぐれの雨降り あしひきの 山の木末は 紅に にほひ散れども 橘の なれるその実は ひた照りに いや見が欲しく み雪降る 冬に至れば 霜置けども その葉も枯れず 常磐なす いや栄えに しかれこそ 神の御代より よろしなべ この橘を 時じくの 香久の木の実と 名付けけらしも
国の掾久米朝臣廣繩、天平二十年に、朝集使に附きて京に入り、その事畢て、天平感宝元年閏五月の二十七日、本の任に還到る。仍かれ長官の館に詩酒宴楽飲べり。その時主人守大伴宿禰家持がよめる歌一首、また短歌 [巻十八#4116]
おほきみの 任きのまにまに 取り持ちて 仕ふる国の 年の内の 事結ね持ち 玉ほこの 道に出で立ち 岩根踏み 山越え野行き 都辺に 参ゐし我が兄を あら玉の 年ゆき返り 月重ね 見ぬ日さまねみ 恋ふるそら 安くしあらねば 霍公鳥 来鳴く五月の あやめぐさ 蓬かづらき 酒みづき 遊びなぐれど 射水川 雪消溢りて 行く水の いや益しにのみ 鶴が鳴く 奈呉江の菅の ねもころに 思ひ結ぼれ 嘆きつつ 吾が待つ君が 事終り 帰り罷りて 夏の野の 早百合の花の 花笑みに にふぶに笑みて 逢はしたる 今日を始めて 鏡なす かくし常見む 面変りせず
霍公鳥の喧を聞きてよめる歌一首  [巻十八#4119]
古よ 偲ひにければ 霍公鳥 鳴く声聞きて 恋しきものを

(Wikisource 万葉集 鹿持雅澄訓訂 1891年)
[→鳥類分類で見る日本の鳥と古代名]

  本シリーズ−INDEX> 超日本語大研究−INDEX>  表紙>
 (C) 2018 RandDManagement.com