[→本シリーズ−INDEX]

■■■ 日本の基底文化を考える [2018.9.24] ■■■
鳥崇拝時代のノスタルジー[75]
−迦毛大御神[阿遅高日子根神]−

天照大御神という表記はよく使われるが、同じように"大御神"との位置づけなのに迦毛大御神の記述は滅多にお目にかかれぬ。その割に、京都の神社名は結構知られており、なかなか面白い現象である。迦毛は鴨であり、当て字ではなく鳥を指すようだから、その辺りを読み解いてみよう。

難しいことに挑戦しようという訳でもないし、好事家的な「謎を読み解く」気分も皆無。流れからみて、この辺りをみておけば、全体像が見えてきそうというに過ぎない。

本来ならたいした労苦は必要ではなく、自分の頭を使えばよいだけのことだが、情報が錯綜している上に、レビューが欠落しているのでバリアは高い。

ただ、非国史である「古事記」をベースに、古い歌集を眺めれば、自分なりの見方が生まれる筈だ。と言っても、「万葉集」は"青丹によし飛鳥懐かし"が基調だから、それを踏まえて考える必要があろう。

先ず、迦毛大御神だが、「古事記」では以下の様な位置付け。

伊邪那岐命
<禊>@筑紫 日向 橘の小戸 阿波岐原
建速須佐之男命
<誓約>
|└─[宗像三女神]多紀理毘売命 市寸島比売命 多岐都比売命

├┬櫛名田比売
|└─八島士奴美神木花知流比売
┼┼┼┼┼┼┼┼└─布波能母遅久奴須奴神日河比売
┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼
├┬神大市比売
|├─大年神香用比売
||┼┼┼└─御歳神
|└─宇迦之御魂神
@根の堅州国
┼┼└─須勢理毘売命
┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼
┌─────────────────┘
深淵之水夜礼花神天之都度閇知泥神
┼┼┼┼┼┼┼┼└─淤美豆奴神布帝耳神
┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼└─天之冬衣神刺国若比売
┌─←┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼←┘
大国主命
├─須勢理毘売命@根の堅州国
├┬沼河比売@高志
|└─建御名方神
├┬多紀理毘売命@宗像沖津宮
|├─阿遅高日子根神/迦毛大御神
|└─高比売命/下照比売命天若日子@高天原
├┬神屋楯比売命…どこにも登場しない。宗像女神か。
|└─事代主
├┬鳥取神(八嶋牟邇能神の娘)
|└─鳥鳴海神日名照額田田昆道男伊許知邇神
┼┼┼┼┼┼└─國忍富神葦那陀迦神/八河江比
┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼ 以降十七代迄
└┬八上比売@因幡 玉造
┼┼└─木俣神/御井神

大山津見神鹿屋野比売神/野椎神
┼┼┼┼┼├─足名椎神手名椎
┼┼┼┼┼┼┼┼┼└─櫛名田比売
┼┼┼┼┼├─神大市比売
┼┼┼┼┼└─石長媛 木花開耶媛 木花知流比売

事績を欠き系譜だけの記載が目立つが、迦毛大御神は高天原派遣の天若日子の殯儀式で、喪屋を叩き壊し、出雲の権威をないがしろにして去って行く神として登場する。しかし、「出雲風土記」では幼少譚も収載されており、扱いは随分違う。
神社由緒書は時々の為政者や祭祀勢力のご都合でゆがめられているので信用し難いものだらけだが、存在そのものが古代の状況を反映していること社もあるのでそれなりに参考になりそうなので、そこらも見ておこう。
【出雲 意宇 賀茂神戸】@安来 大塚
所造天下大神命之御子、阿遅須枳高日子命、坐葛城賀茂社。此神之神子戸。故云鴨。
【出雲 神門 治】
阿遅須枳高日子命御子、治毘古能命坐之。故云止屋。
【出雲 神門 高岸】
所造天下大神御子阿遅須枳高日子命。甚昼夜哭坐。仍其處高屋造而坐之。即建高椅而登降養奉。故云高峯。
【出雲 仁多 三澤】
郡家西南廿五里。大神大穴持命御子、阿遅須伎高日子命、御須髪八握于生、昼夜哭坐之、辞不通。爾時、御祖命、御子乗船而、率巡八十嶋、宇良加志給鞆、猶不止哭之。大神夢願給、告御子之哭由、夢爾願坐。則夜夢見坐之御子辞通、則寤問給。爾時、御津、申。爾時、何處然云、問給。即御祖御前立去出坐而、石川度、坂上至留、申是處也。爾時、其津水汲出而、御身沐浴坐。故國造、神吉事奏参向朝廷時、其水汲出而、用初也。依此、今産婦彼村稲不食。若有食者、所生子已云也。故云三澤。即有正倉。
【出雲 楯縫】
神名樋山(多久 大船山): 古老傳云、阿遅須枳高日子命之后、天御梶日女命、来坐多忠村、産給多伎都比古命。爾時教詔、汝命之御祖之向位欲生。此處宜也。所謂石神者、即是多伎都比古命之御託、当旱乞雨時、必令零也。
大穴持命(=「古事記」では大国主命の幼名)

阿遅須枳高日子命天御梶日女命
┼┼┼┼┼┼┼┼├─多伎都比古命
┼┼┼┼┼┼┼┼└─冶毘古命
子供時代、朝も夜も泣くばかりで言葉を話せず、大穴持命が対処したところは、「古事記」譽津別王の話とよく似ている。迦毛大御神が憑依したかのよう。
ともあれ、"鴨"の出自は宗像系の出雲勢力なのだろう。その土着地もあるようだし。
賀茂神社(賀茂別雷命)@邑智 邑南 阿須那
三澤神社(阿遅志貴高日子根命)@仁多(奥出雲) 三成
阿利神社(阿遅須枳高彦根命)@塩冶
屋代社(⇒賀茂神社)@雲南 加茂 三代

しかし、天若日子葬儀で狼藉を働き出雲から出奔したのである。その先は瀬戸海(吉備〜伊予〜播磨〜摂津)だったようだ。滞在伝承を残す神社もあるし。
【備前 赤坂】
鴨神社(京都上加茂勧請)@赤磐 仁堀西 馬場
片山神社(阿遅高日子根神)@赤磐 由津里
【美作 真嶋 美甘】
御鴨神社(味鋤高彦根命)@真庭 新庄▲宮座山
【伊予 周布】
(周桑)高鴨神社@西条 小松 南川
【播磨】
「播磨国風土記」によれば、賀茂郡の由来は番の鴨が卵を産んだことから。阿遅須伎高日石尼命が神前郡多駝里新次杜には宮を造ったと。
新次神社(葛城大神)@姫路 豊富 御蔭
瑞岡神社(味鋤高彦根神)@姫路 船津
ただ、葛城と出雲との繋がりという観点では、加古川ルートが存在していた可能性は高い。…葛城⇒河内⇒播磨(加古川河口〜由良川水系:篠山盆地)⇒(丹波氷上回廊)多遅麻/但馬⇒稲羽/因幡⇒伯伎/伯耆⇒出雲
  味耜高神社(味耜高彦根神)@丹波 氷上 本郷
  加茂神社(味鋤高彦根神)@篠山 西木之部 宮ノ下ノ坪
【摂津】
阿遅速雄神社@大阪 鶴見(阿遅高日子根神)・・・"降臨"[社伝]

本来的には、山の神なのだろうが海の神となっている大三島の神も関係しているようだ。
【伊予 大三島】
「伊豫國風土記」逸文では、「古事記」とは異なり、渡来神とされている。
御嶋。坐す神の御名は大山積の神。
一名は和多志の大神なり。
是の神は、難波の高津の宮に御宇しめしし天皇の御世に顕れましき。
此神、百済の國より度り来まして、津の國の御嶋に坐しき。云々。
御嶋と謂ふは、津の國の御嶋の名なり。

大山祇神社(大山津見神)@宮浦
百済の武寧王[462-523年<諱>斯麻]の没後の話との由緒書がある神社が摂津 嶋下に。鴨の名称が付随しており、迦毛大御神が瀬戸海を支配していたのであろう。
三島鴨神社(大山津見神)@高槻 三島江
土佐もその影響下だった可能性も。
【土佐〜幡多】
「土佐風土記」逸文
土左の郡。郡家の西のかた去くこと四里に土左の高賀茂の大社あり、其の神のみ名を一言主尊と為す。其のみ祖は詳かならず。一説に日へらく、大穴六道尊のみ子、味鋤高彦根尊なりといへり。
土佐神社/都佐坐神社(高賀茂神)@高知 一宮しなね
殖田神社@南国 植田 東野(味高日子根命)
大川上美良布神社(大田々祢古命)@香美 香北 韮生野 大宮
 
全体を俯瞰して見れば、流石、"大御神"と呼ばれるだけのことはあるとなろう。瀬戸海王国が存在していたと見て間違いなさそうである。しかしながら、「古事記」では、冒頭部分から瀬戸海の島々を重要視しているし、天皇家が大和へ入るに当たって支援勢力が形成された地でもあるから、その影響力は相当なものだったと見るべきだろう。
しかしながら、その存在は「古事記」からは直接読みとることはできない。

(参照:ママ引用ではありません。) 秋本吉郎[校注]:「風土記」日本古典文学大系2 岩波書店 1958年
[→鳥類分類で見る日本の鳥と古代名]

  本シリーズ−INDEX> 超日本語大研究−INDEX>  表紙>
 (C) 2018 RandDManagement.com