→INDEX ■■■ ジャータカを知る [2019.3.21] ■■■ [11] 猪 一方、仏教の摩利支天Marīcī[陽炎神]はプラフマー/梵天の子とされており、7頭の猪の上に座す。 出自は不透明だが、猪が居ても、おそらくはヴィシュヌとは無縁。関係するのは、ゾロアスター教の英雄神[障害を打破し戦争に勝利]ウルスラグナVərəθraγna/烏魯斯拉格納の方。こちらの猪は第五化身。 戦場で鋭い牙を持つ野猪となり、光明神ミスラを先導する。数多くの図絵が残存しており、広く信仰を集めたのは間違いない。 そう言えば、和気清麻呂公を祀る護王神社@京都には狛猪がある。干支で新年参拝者が多かった筈である。 [→「狛鼠が好かれる時代」(2008.1.1)] ただ、猪像の本家本元はお寺の摩利支天堂の方。そこには様々な猪像がある筈。ご存知のように、密教信仰の範疇を越えているのだ。 ・建仁寺 禅居庵摩利支天堂@京都[臨済宗] ・南禅寺 聴松院@京都[臨済宗] ・泉岳寺@高輪[曹洞宗]…「忠臣蔵」の大石良雄念持仏 ・徳大寺@下谷(上野アメ屋横丁)[日蓮宗] ・宝泉寺@金沢[真言宗]…加賀藩前田利家公守本尊 女神だったり、男神だったりと、その実態ははっきりしていない。猪の意味も現代の視点から解釈されていたりと、情報が決定的に不足しているのだ。 それも当然。個人的守護神として密かに小さな像を抱え持つことが推奨されていたのだ。本来的に秘仏扱いということ。 ただ、軍神のシンボルとして、武家の信仰を一手に引き受けていたのは間違いなさそう。 そんなこともあるのか、南方熊楠も"大工が拾い育てた野猪の子が成長して野に還り、野猪どもに共同勇戦の強力なるを説いて教練し、猛虎を殺す"として、ジャータカの工匠養豬譚[#283]に注目していたりする。 おそらく、このお話は、虎や獅子には、流石の猪も勝てないとの思い込みがあるなかで、そうでもないゾということなのだろう。 釈尊は説法場の状況に合わせて、こうした話をはさむのが上手だったようだ。こねくり回した理屈の講釈でないから、皆、そんな話を聞きたがったに違いない。 そう思って、ジャータカを読むのも一興。 野豬譚[#153]は、腹いっぱいになっている獅子が大きな猪に出会うところから始まる。獅子は、そのうち食べてやろうということで、大人しくその場を離れようとする。猪はその態度を、自分を怖がって逃亡と勘違いし、決闘を申し込む。仲間はその馬鹿さ加減を諭し、糞尿まみれになって登場すれば獅子は不戦敗を選ぶ筈とアドバイスする。実際、その通りだったが、今度は、獅子に勝ったゾと吹聴し始める。親族はこんな輩と一緒にいると危ないと離れていく。 寶珠野豬[#285]譚も獅子 v.s. 猪。宝石でできた洞窟に30頭の猪が住んでいた。ある日、獅子が徘徊している姿が宝石に映った。これは一大事と、宝石を汚そうとするが、さっぱり上手くいかない。そこで苦行者に智慧を求めるがが、宝石は汚すことはできないから、諦めて去るしかないとのお答え。 →ジャータカ一覧(登場動物) (C) 2019 RandDManagement.com →HOME |