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■■■ ジャータカを知る [2019.3.22] ■■■
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🐘インドを代表する動物と言えば印度象Asian elephant

おそらく、アフリカとインドが繋がっていた頃にすでに存在していた種。
アフリカでは、もっぱら狩猟の対象動物でしかなかったが、インドではいち早く家畜化させたようだ。その辺りの違いが、両地域での性格の違いをもたらしているように思える。

巨大動物なので、インドでは象は王の乗り物となった。特に、アルビノだが、どうもそれだけでもなさそう。つまり、王の許しがなければみだりに使えなかったということ。

ジャータカによれば、王象の訓練はそこから逃げたくなるほどの厳しいモノ。[#105]
象使い[#231, 284]も話に登場してくるが、技量ある調教師は王に召し抱えられ、それは大変な名誉だったようだ。

当然ながら、政治的に、神の乗り物[ヴァーハナVāhaṇa]のイの一番とされる。
周囲を固める神の象軍団と言えないこともない。
  ○ローカパーラLōkapāla/方位護法神 [→]
  《インドラIndra/帝釋天》⇒アイラーヴァタAirāvata[四本牙七本鼻白象]
    or (別名)・アブラマータンガabhra-Matanga[雲象]
         ・アルカソーダラArkasodara[太陽の兄弟]
         ・ナーガマッラNaga-malla[戦う象]
         ・サダーダーナSadā-dāma[常に発情]
         ・Madāmbara[体内霊液被覆]
   <シャチーShachi/舎脂 or Indrani[帝釈天妻-阿修羅の娘]>⇒〃
  《アグニAgni/火天》⇒Pundarika
  《ヤマYama/閻王》⇒Vamana
  《スーリヤSūrya/日天》⇒Kumuda
  《ヴァルナVaruna/水天》⇒Anjana
  《ヴァーユVayu/風天》⇒Pushpa-danta
  《クベーラKubēra/毘沙門天 or 多聞天》⇒Sarba-bhauma
  《Soma/月天》⇒Supratika
もちろん、護法神のみではなく、祭祀神も騎象。
  ○ブリハスパティBrihaspati/祭主仙人[祈祷神=創造神→木星神]

仏教もこの流れをママ受け入れたと見てよいだろう。
1頭の子象が天使の役割を果たし王妃マーヤーMāyā/摩椰夫人がプッダを懐妊するからだ。

もちろん、ジャータカにも白象話あり。
六色牙象譚[#514]は8.000頭の群れの純白な象王の話。二人の妃がいたが、独占できないので恨んで逝去し、ヒトの王妃に転生。象王の牙捕獲を命じてしまう。象王は了解し、命を落とす。その象牙を見たとたん、王妃は航海して息絶えてしまう。
養母象譚[#455]ももともと象王だったが、母親への届け物をせしめる輩だらけなので母親と出奔。道に迷っている人を助けると、これがこ狡い輩で、囚われの身に。なにも食べないので心配した国王は事情を知り、盲目となった母象の元へと返す。

そのような白象イメージを継承したと思われるのが、釈迦如来の右脇待。
  ○普賢菩薩samantabhadra⇒蓮華座を乗せた六牙白象[六根清浄を意味するとか。]
その後、象は蓮華座を支える定番動物の一角を占めることになったようだ。
 《五大虚空蔵菩薩@神護寺多宝塔…唐代に恵運が招来
   法界 馬
   金剛 獅子
   宝光 象
   蓮華 金翅鳥
   業用 孔雀
   (方位や動物の対応に若干違和感。写真では確認できなかった。)

尚、日本に作例があるのか定かではないが、大陸では、蓮花台上に結跏跌坐姿の青色の阿如来に2象が侍る。

これらの尊像と動物形象はかなり磨かれており、おそらくは、古くはもっと粗削りな表現だったろう。
それを彷彿させるのが、髑髏の胸飾りをつけ、物凄い形相の深沙大将。(出自は密教ではない。「西遊記」沙悟浄。)なんと膝頭から象の顔が飛出ているのだ。とてつもない象の力を発揮する神将と言うことか。
   [→深沙大将 (C)高野山霊宝館]

そうそう、緊那羅Kiṃnara/人非人 or 疑神[楽師]は頭に角がある半鳥人だが、象冠を被っていたりする。"我々は象一派側ですゾ"と示しているのだろうか。牛帝国からの解放を目指す象軍統一戦線に所属しているとでも言いたげ。(日本の大新聞が、毎日のように、紅衛兵の呆れた暴力行為に声援を送った時代を知る世代に属すので、どうしても象帽に見えてしまう。)

ご存知のように、現代ヒンドゥー教信仰中心の両巨頭の1つ、シヴァŚiva/湿婆の出自はベーダ教ではない。従って、乗るのは象ではなく、牛の"ナンディンNandin[乳白色の牡牛="四足動物守護神"&"舞踏音楽奏者"]"。
しかも、シヴァ自身が象の姿になったり、象を殺した神の姿になったりする神話もあるので実にややこしい。しかし、難しく考えることはない。俯瞰的に見れば、どういうことを意味しているかはだいたい察しがつく。・・・
シヴァは象の姿をした悪魔マーラMāra/魔羅を滅ぼし、その遺骸上で熱狂的に"ターンダバtāṇḍava"舞踊を行うからだ。ナタラージャNaṭarāja[舞踊の王]と呼ばれるが、それはこの悪魔殺しの歓喜神を意味している訳だ。
そんなことで、ベーダ経典のパシュパティPaśupati/獣主とされているのかも。

ただ、象を敵視している訳ではない。シヴァの息子ガネーシャGaṇeśa/歓喜天 or 聖天は象頭神なのだから。
と言っても、切り落としたヒト形の首を象形に挿げ替えただけ。もちろん、他意は無く、偶然に通りかかった象が選ばれたに過ぎぬ。そこには王権象の香りは全く無い。象は近しい存在であると同時に、親しい動物だったから、大衆の象への愛着は強かった筈。そこに、王権による象接触管理など持ち込めばそんな社会はまっぴらご免となりかねない訳で、そこらを慮った神話になっている。

ジャータカには象が登場する話は多い。それらを比較しながら読むと、象の体質をよくわかっていることが見てとれる。それだけに直接的には触れたくない部分の存在にも気付かされることになる。

象は巨大だから間違え易いが、神経質な動物であり、一旦、心配になるとどうにもならなくなる。大きい体躯なので、ヒトがコントロールできないので大変という意味ではなく、突然プツンと心の糸が切れかねないのである。そのため、訓練された騎馬軍団が登場すると、象軍は自滅せざるを得ないのだ。
このことは、正真正銘の家畜ではないことを意味する。ヒトに飼われた状態での繁殖は極めて困難と言う事だからだ。従って、象を飼うためには、子象だけをさらってくるしかない。母親から無理矢理引き離すのだから、子象はヒトの社会にやってくる神聖な動物として崇めるべしとのジャータカ的精神を感じさせるのは当然とも言えよう。

もう一つ、ガネーシャ崇拝的な雰囲気を避けている点にも注意を払っておくべきだろう。
飼っている成象は雌だらけなのを忘れるべきではない。雄は時に超暴力的になるから危険すぎてとても飼えたものではないのだ。はぐれ象に近寄る馬鹿者もいない筈だ。言うまでもないが、それは繁殖のための不可欠な行動であり、日々、責任を持って家族を護るための威力見せつけ行為でもある。
そこだけとれば、ある意味、象は乱暴狼藉者の類いと言えないこともないが、その迫力の凄さこそがインド民衆が崇める根源でもあろう。

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