→INDEX ■■■ 今昔物語集の由来 [2019.8.4] ■■■ [35] 観音ノ寺参詣 上流の人々が主導する平城京型鎮護仏教観が消え去って、個人ベースの観世音菩薩信仰が確固たる存在感を示す時代に入ったことを示している。仏教が大衆化し、貧困層が信者に加わったことわかる。 巻十一本朝 付仏法(仏教渡来〜流布史)に登場する寺以外の、霊験顕れしお寺に人々が大挙して参詣し始めたのだ。 →寺の創建由来寺名[巻十一#13〜38]一覧 その書きっぷりから見て、大流行と見てもよいだろう。 従って、この巻は、観音菩薩像安置寺のご利益解説書的様相。現代と違って仏像鑑賞感覚はないものの、書店に並ぶ寺院参詣ガイド本となんら変わるところはない。 そのなかでのハイライトは京〜畿内の観音像安置寺巡礼ではなかろうか。 《百観音》巡礼 ●[巻十六#15]仕観音人行龍宮得富語 …京 百ノ寺 観音霊場巡礼で験力を磨いたという。 ただ、様々なお寺への参詣もさることながら、一大人気スポットがあった。ご利益ありは当然のこととして受け止められていたようだ。従って、お願いがなかなか届かずということで、「清水に参て、泣々観音を恨み奉て、」という恨み節が入ることが多い。 《清水寺》参詣 ---縁起---[巻十一#32]清水寺 (田村将軍) "時、世の末に臨と云へども、 人、願ひ求むる事有て、此の観音に心を至して祈り申すに、 霊験を施給はずと云ふ事無し。 然れば、于今都□□の上中下の人、 皆首を低て、歩を運ばずと云ふ事無し。 今の清水寺と云ふ是也。"とされている。 ●[巻十六#_9]女人仕清水観音蒙利益語 父母親類無しの極貧の女、陸奥守子息に見初められる。 ●[巻十六#30]貧女仕清水観音給御帳語 御帳許を給はり、着物の無きに、衣に縫て着む。 ●[巻十六#31]貧女仕清水観音給金語 指る夫無くして懐妊の貧女産むべき所無し。一緒に参詣の隣人が突然カネをもらう。 ●[巻十六#33]貧女仕清水観音値盗人夫語 盗賊の盗品を盗り富裕に。【⇒芥川龍之介「運」】 ●[巻十六#34]無縁僧仕清水観音成乞食聟得便語 小僧出自の僧、乞食首領の娘と契。富裕を得る。 ●[巻十六#37]清水二千度詣男打入双六語 2,000回参拝の青侍、富裕を得る。 長谷寺は、大和 桜井から伊勢を結ぶ街道沿いの山中にあり、都近辺の清水寺と違って参詣は大変だったと思うが、観音霊場としては定番だったようだ。 何と言っても圧巻は【藁しべ長者】である。菩薩を脅迫して、助けを乞うのだから。 「若し、此の世に此くて止むべくば、此の御前にして干死に死なむ。」 《長谷寺》参詣 ---縁起---[巻十一#31]長谷寺 (徳道上人) 震旦の国まで霊験を施し給ふ観音に御ます。 今の長谷と申す寺是也。 専ら、歩を運び心を係け奉るべしとなむ語り伝へたるとや。 ●[巻十六#19]新羅后蒙国王咎得長谷観音助語 新羅后の辛苦を救う。 ●[巻十六#20]従鎮西上人依観音助遁賊難持命語 中流貴族の武勇譚 盗賊に捕まった夫婦が力を合わせて. 切り抜ける ●[巻十六#27]依観音助借寺銭自然償語 大安寺僧弁宗金銭得る。 ●[巻十六#28]参長谷男依観音助得富語 長谷に参る男、観音の助けにより富を得る【藁しべ長者】 ●[巻十六#29]仕長谷観音貧男得金死人語 長谷の観音に仕えまつる貧しい男、金の死人を得る 薬師寺の場合は、縁起ではもっぱら薬師の像だが、千手観音信仰も。 その霊験にはこのお寺らしさを感じさせる。 《薬師寺》参詣 ---縁起---[巻十一#17]薬師寺 (天智天皇) ●[巻十六#23] 盲人依観音助開眼語 東門で日摩尼の御名を呼んでいた盲人治る。 他の参詣寺院は当然ながら都から足がのばせそうな場所にある。 《観音ノ寺》参詣 ●[巻十六#_3]周防国判官代依観音助存命語 …周防 三井寺 (744年玖珂郡代 秦皆足創建の二井寺山極楽寺@岩国周東) [周防三十三観音霊場 一番札所] 判官代、命が助かる。 ●[巻十六#_4]丹後国成合観音霊験語 …丹後 成合寺 (704年真応上人開基の成相寺[なりあい]@宮津) {天橋立一望處] 貧困僧、食を得てなんとかなる。 ●[巻十六#_5]丹波国郡司造観音像語 …丹後 穴穂寺/穴太寺 (705年大伴古麻呂創建@亀岡) 代わりに矢を受けてもらう。 ●[巻十六#_8]殖槻寺観音助貧女給語 …大和 殖槻寺 (709年藤原不比等が維摩会挙行@大和郡山) [殖槻/建法寺観音堂跡:植槻神社] 孤児の娘、幸福な生活に。 「枕草子」[三巻本第百七段/第百九十三段]の"森は"に選ばれている場所。 ●[巻十六#10]女人穂積寺観音利益語 …奈良左京 穂積寺 (@東九条) [土檀礎石跡(菅原神社稲荷社)] 9人の子を抱えた女は妹に変化した寺の菩薩から建造費用だった銭をもらう。 ●[巻十六#16]山城国女人依観音助遁蛇難語 …山城 蟹満多寺 (690年代秦氏創建の普門山紙幡寺@木津川) 観音を厚く信仰していた娘が蟹を助ける。その娘が蛇に求婚されて困っていると、蟹が蛇を殺して恩返し。 →"山背古道の蟹満寺に、蟹にまつわる縁起が伝わっている" ●[巻十六#18]石山観音為利人付和歌末語 …近江 石山寺 (747年良弁僧正開基@大津) 伊香郡司妻に近江守が横恋慕。和歌上句に合う下句を詠めるかという、分割統治と妻の賭けを迫られたが無事解決。 ●[巻十六#22]唖女依石山観音助得言語 …近江 石山寺 美麗だが生来唖の娘。石山の御堂に籠っていたが、比叡山東塔の阿闍梨に除病を受ける。比叡に戻ると、その娘と合いたかったが無理なので出家していた僧がそれに気付き、都で夫婦に。 ●[巻十六#_1]僧行善依観音助従震旦帰来語 …高麗/唐⇒奈良 興福寺 僧行善 除水難無事帰還。 ●[巻十六#_2]伊予国越智直依観音助従震旦返来語 …@百濟/唐⇒伊予 越智氏寺 越智の直 除水難無事帰還。 ●[巻十六#32]隠形男依六角堂観音助顕身語 …京 六角堂 (587年聖徳太子創建の紫雲山頂法寺@中京六角通) 若き生侍、鬼の行列に合い、見つかったが唾をかけられ放免。すると、家族から姿が見えなくなってしまう。しかし、牛飼の童が登場し、祈祷の席につれていかれ衣に火がつき、元の姿に。 100%現世譚だが、隠形にされるので、家族から見れば鬼に殺されたことになる。冥界にはいかないが、擬似【蘇生譚】とも言えよう。 ●[巻十六#36]醍醐僧蓮秀仕観音得活語 …京 醍醐寺 (874年聖宝理源大師開基@伏見醍醐) この巻で唯一の【蘇生譚】。 ●[巻十六#38]紀伊国人邪見不信蒙現罸語 …紀伊伊都桑原 狭屋寺 (佐野[さや]寺跡@伊都かつらぎ) 狭屋寺の尼が薬師寺の題恵禅師の十一面観音の悔過法事をおこなった。村に、三宝を信じていない、悪人 文忌寸上田三郎がおり、その妻が懺悔をした。帰ってきてそれを聞き立腹。妻を戻させようとしたので、禅師は説得。それに対し、妻を犯した云々から始まる悪口雑言を尽くした。そして戻ってきた妻と性行為に及んだところ、蟻に男根を嚼みつかれ死んでしまった。 この話、ナンダカネ〜。 ●[巻十六#39]招提寺千手観音値盗人辞不取語 (下文欠) …奈良 唐招(提)寺 (759年鑑真大和上開基私寺/道場@五条 田部親王旧宅地) 盗人が鋳銅観音像を盗み取て吹下して売ろう、とした。 この先どんな話になっているか想像がつかぬが、現存の1,000手像とすれば、それは乾漆漆箔像。鋳銅ではないので、どこか問題があったか。 ●[巻十六#40]十一面観音変老翁立山崎橋柱語 (欠文) …山崎橋/山崎太郎(淀川に架かる古橋) (724年行基開基宝積寺@乙訓郡大山崎) [三川合流を望む天王山中腹の山崎橋架観音寺] 欠文にした理由は当該寺の御本尊が十一面観音という点にあろう。橋が流され菩薩が架橋するのだろうから、長谷寺の菩薩が遠路渡来としてもおかしくないからだ。 なかには毛色が違う譚もある。ヒトではなく仏像の話なのでご利益とは言いかねるが、現世での霊威譚である。有り難く、力がある観音像であることは間違いない。寺が地域文化に溶け込んでおり、仏像を大切に護り続ける風土が確立したことを示している話のようにも思える。 ●[巻十六#11]観音落御頭自然継語 …奈良 下毛野寺 (近衛府舎人、院・摂関家随身の下毛野氏創建寺か。) 金堂東の脇士の観音像。頸より御頭が落ちてしまう。檀越は継がねばと思ったが、一日一夜経ると自然に元通り。なんらかの身代わり話があったと、思わせる内容。 ●[巻十六#12]観音為遁火難去堂給語 …和泉 珍努ノ山寺 (6世紀中頃行満上人開基の血渟の山寺/施福寺@槙尾山) 山寺に木像正観音像があった。火災でお堂焼失。観音像は外に出て損傷なし。 日本の家屋は木造なので、この手の霊威譚は少なくなかろう。 ●[巻十六#13]観音為人被盗後自現給語 …大和平群鵤 岡本寺 (638年山背大兄王開基の岡本山池後寺/法起寺@斑鳩 岡本) 銅観音像十二体のうち六体が盗まれた。駅の西方にある小さな池の中に小木が出ており、鵄が止まっていたので、牛飼童部達が礫塊を投げても去らず、捕まえようと池にはいると忽然と消えた。よく見ると、その木は金の指だった。里人が知らべると、それはくだんの仏像で、金箔は剥げ落ちていた。尼達が輿に乗せ元へと。其の辺の道俗男女集り来て礼拝恭敬。 都から離れた遠隔地になると、寺は登場しなくなる。登場するのも、盗人を含む、いかにもいそうな人達。 ●[巻十六#_6]陸奥国鷹取男依観音助存命語 …陸奥 鷹取男助かる。 ●[巻十六#_7]越前国敦賀女蒙観音利益語 …越前 孤独な貧女、富裕に。寺ではなく、屋敷内のお堂。 ●[巻十六#14]御手代東人念観音願得富語 …大和 吉野山(修験道) 御手代東人、修行中に観音様に念じるに南無銅銭万貫白米万石好女多得。富裕に。 ●[巻十六#17]備中国賀陽良藤為狐夫得観音助語 …備中 備中賀陽葦守の賀陽良藤は裕福な両替商(金貸)。 896年秋。妻が京に出かけ独りで過ごしていた暮方のこと。 散歩中に美麗な娘を見かけたので駆け寄る捕まえた。 誘っても来ないので、家に付いていった。 そこはなかなかのお屋敷。 情がうつり居ついてしまい、子供もできた。 しかし、それは狐の集団が暮らす世界だった。 そこに、杖をついた男が訪れ、一気に壊滅。 そこは時間の流れも違っており、13日が13年。 元の屋敷では主人が行方知れずで、 十一面観音を造像し弔い気分だったのである。 突然、良藤が蔵から這いだしてきた。 助かったのである。 61才まで生きたという。 ●[巻十六#24]錯入海人依観音助存命語 …駿河 中原惟孝郎等源二、除水難。持仏。 ●[巻十六#25]島被放人依観音助存命語 …周防〜安芸 大隈掾紀、孤島から帰還。 ●[巻十六#26]盗人負箭依観音助不当存命語 …播磨 盗人、矢が外れ助かる。 ●[巻十六#35]筑前国人仕観音生浄土語 …筑前 この巻唯一の【極楽往生譚】。 ●[巻十六#21]下鎮西女依観音助遁賊難持命語 …伏字多し。 宮仕えの女、盗賊の難から逃れる。 (C) 2019 RandDManagement.com →HOME |