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■■■ 「古事記」解釈 [2021.1.17] ■■■
[16] 河合中空構造論を信ずるなかれ
ユング心理学者で教育者でもあった河合隼雄は「中空構造日本の深層」中公叢書1982年で、日本の神話から、日本社会の独自性を解き明かそうとした。
単純化すれば、「古事記」の造化三神と伊邪那岐・伊邪那美が生んだ三貴神に於いて、中心たるべき神がほとんど無為の存在でしかないことこそ、日本社会の精神構造の真相を示しているとの主張。
さらに付け足し的に、番能邇邇芸命と木花之佐久夜毘売の御子三兄弟でも、長男と末子については大いに語られるのに、両者の間の火須勢理命には触れようとしない姿勢も同じとされる。

随分と強引な論理だが、情緒的には日本人が感じていることをズバリ言い当てている。しかも、簡素で素直な論調だから、価値の高い作品である。しかし、そこから先の発展性を欠いており、時代性の色濃き単発的主張だったと言えなくもない。
お神輿経営と呼ばれるマネジメントが好まれる状況にマッチしていたからである。

「古事記」を読んで、太安万侶流歴史観に触れようと思う場合は、この中空構造論に引っ張られないようにしたいもの。
そう思うのは、この3例の場合、根本は最後の3兄弟の記述にあると思うから。これこそが、日本の源流の1つというのが、太安万侶の見方と言ってもよいだろう。
3者の両端の独自性主張を取り上げているのであり、中間に関心がある訳ではないだけのこと。中空に意味があるのではなく、両者の対立に意義があるということ。
これは南海島嶼文化。

母系制社会で、原則末子相続。
従って、長男は社会のなかで居場所はなく、偉大な挑戦者として外へ出て行く以外に道はない。そういう点では、尊崇される存在でもある。
これに関係するのかは定かではないが、「古事記」が矢鱈に拘るのが聖数3。頼りにする海の神は3神体制なのである。

中空論の核の3例は、この3に拘っている点を無視すべきではないと思う。それこそ、三尊像が収まりがよいというのと同じだからだ。
その場合、中心と脇侍型ではなく、三つ並びもあれば、対立する2巨頭という構図になることもあるというに過ぎまい。
しかしながら、こと系譜の話になると、どうしても長子 v.s. 末子の話になってしまうのは致し方あるまい。
典型例が天孫三兄弟である。長子海彦 v.s. 末子山彦の展開になる。ここにおいて中空構造を考える必要は無い。それよりは、いかにも南方海人の神名という感じがでている点に着目すべきだ。意味は海とは無縁な、穂あるいは火だが、音が素晴らしい。センスの問題ではあるものの。・・・ほでり、ほすへり、ほをり。

これと比べると、三貴神はかなり思弁的な印象を与える。日神・月神が対になっているからだ。しかし、星神は登場しないから天体観念は薄そう。一般の太陽神信仰とは異なるコンセプトかも。ただ、ここは、海人的に長子 v.s. 末子なのである。
ところが、長子は女神の上に、統治権も継承し、末子の方が放逐されてしまう。海人社会のルールではない。にもかかわらず、後継の天照大御~御子天孫三兄弟はルール通り。どこかおかしい。
三貴神の女神名も説明的なのが気になるし。
 @洗左御目
  天照大御~
 @洗右御目
  月讀命
 @洗御鼻
  建速須佐之男命[須佐二字以音]


そうそう、数という点では、もう一つの拘りがあり、それは8。

せっかくだから➌⑧がどんな具合か見ておこう。・・・

この場合、ご注意頂きたいのは、数合わせなどどうでもよいという点。
重要なのは、海神が必ず3神で1組として祀られるという独特な風習。それに合わせるようにして、3兄弟とか3貴神が設定されたのではないかという点。
そして、大八嶋國から、八雲、八百万の神々まで8を瑞兆と規定している点も注意を払う必要があろう。四方八方から生まれた全方位表現とは使い方が違うようだし、数詞ヤッには倍数発想があり偶数勘定で8を最大数としていた可能性がある。そうだとすれば、八卦の古層文化を引き継いでいることになる。太安万侶は、序文で八卦用語で天地を示しているから、八卦が渡来したと見ているようだが。

その辺りは別として、3と8は、日本語の基層に触れていると見て間違いなかろう。
一応、神名を並べて番号を振るという、実に他愛もないことをするのは、"数えてみヨ。"と指示していそうだから。どういうつもりかわからぬが、一群の神名を並べた最後に、必ず神の数を記載しているし、読者を小馬鹿にするように、恣意的に実数と違えたりしている。一体ナンナンダ、となる訳だが、なにか意味があるかも知れないのでこうして並べてみたのである。

8は八尋殿から始まるようだ。<国生み>の大八嶋國に次ぐ<神生み>では、大事忍男~〜速秋津比賣~10神(対偶神[毘古/比賣と妹]を1にすると8になる、)、沫那藝~〜國之久比奢母智~8神、志那都比古~〜鹿屋野比賣~4神、天之狹土~〜大戸惑女~8神、鳥之石楠船神〜豐宇氣毘賣~8神(小計8と記載されているが実数は10。)となっている。📖

伊邪那美命避坐となり、伊邪那岐命の涙から1神。そして、迦具土~を斬頸し、<十拳剣の血の8神><迦具土~を殺した所の8神> 。さらに、<伊邪那美命遺体に八雷神>

<禊@竺紫日向之橘小門之阿波岐[此三字以音]原で脱著身之物8品
  から生まれた12~>
①②③④⑤⑥---6陸神
_1衝立船戸~@投棄御杖
  日先神社@土浦右籾
  御杖神社@宇陀御杖神末(久那斗神)
_2道之長乳齒~@投棄御帶
  石前神社@伊勢松阪中万戸笠
_3時量師~@投棄御?
_4和豆良比能宇斯能~[此~名以音]@投棄御衣
_5道俣~@投棄御褌
  息栖神社@神栖息栖(岐神)
_6飽咋之宇斯能~[自宇以下三字以音]@投棄御冠
⑦---沖海神1組3神
_7➊奧疎~[訓奧云於伎下效此訓疎云奢加留下效此]@投棄左御手之手纒
_8➋奥津那藝佐毘古~[自那以下五字以音下效此]@〃
_9➌奧津甲斐辨羅~[自甲以下四字以音下效此]@〃
  当所神社@阿南伊島
⑧---海辺海神1組3神
10➊邊疎~@投棄右御手手纒
11➋邊津那藝佐毘古~@〃
  石前神社@越中富山婦中浜子
12➌邊津甲斐辨羅~@〃

<滌御身で生まれた14~>
①②---汚垢[禍]2神@中瀬
_1八十禍津日~[訓禍云摩賀下效此]
  早吸日女神社@大分佐賀関
_2大禍津日~
③---禍直し1組
_3➊~直毘~[毘字以音下效此]
_4➋大直毘~
_5➌伊豆能賣[幷三~也 伊以下四字以音]
  神魂伊豆乃売神社[伊努神社 内]@出雲出雲
  鳥屋神社@陸奥牡鹿[⇒鳥屋崎神社@相馬石巻]
  加良比乃神社@伊勢安濃[⇒津]
④⑤---2組遠洋/湊海神
@水底滌
_6➊底津綿津見~
_7➊底筒之男命
@中滌
_8➋中津綿津見~
_9➋中筒之男命
@水上滌
10➌上津綿津見~[訓上云宇閇]
11➌上筒之男命
⑥⑦⑧---3貴神
@洗左御目
12➊天照大御~
@洗右御目
13➋月讀命
@洗御鼻
14➌建速須佐之男命[須佐二字以音]

一方、「古事記」冒頭は造化3神で、南海島嶼文化的な➌ルールを示しているように見えるが、3神を含む別天神5神としており、引継ぐのも神世七代で、江南海人と思われる⑧ルールを取り入れる気配が無い。このことは、ここでの三神とは、➌ルールに従っての表現ではない可能性が高い。

そうなると、中空発想というより、いかにも道教的な至高3神の中心的なしつらいに映る。太安万侶が序文で語る通りだ。
ただ、神名が"みなかぬし"で、どうにもしっくりこない。王権樹立後の命名のようでもあるからだ。さらに付け加えるなら、プロフィール不詳なので、後世建立と思しきお社は見掛けるものの、天之御中主~信仰のトレースが皆無である点。
このことは、⑧ルール+➌ルールの前に、もう1つのルールがあったことを意味しているのではないか。2つの文化は"むす霊"2神で代表されており、それ以前の基層文化の標章が"天之御中主~"ということになる。
それは中空とは違うのではあるまいか。

そして、その神には名称が無かった可能性があろう。天之御中主神とは、後世、必要なのでつけられただけ。神のお名前を口に出してはいけないので、伝承されなかったのであろう。

それは、言語学者大野晋のタミル語同族説的なものの見方でもある。比較言語論的には系統的同族の筈無しとされたため、クレオールとしたが、ポイントをついている。新たな論理を創る必要がある訳だが、そこまでは進めなかったようで残念至極。
(尚、日本語がクレオール語の筈は無い。漢文訓読の文化なのだから。当てはまるのは朝鮮語。
宗主国が入れ替わって来た歴史を持ち、支配層は宗主国言語を使用していたのだから。ハングルが登場したのは、日本の武家社会期であり、それ以前は言語表記方法が無かった。しかもハングルが通用したのも、識字率の余りの低さから宗主国の圧力があったから。ずっと後世のこと。
はたして、日本語との言語比較に意味があるのか、なんとも言い難しである。)


古代の日本列島には、異なる文化圏から、言語も通じない貴族や超人といった様々な人々が渡来してきたのは間違いない。
普通に考えれば、バラバラと、それぞれの部族が独自文化の閉鎖社会を造り上げて、抗争を繰り返していてもおかしくない。(現代世界でも、イスラム圏にそのような風土が色濃い国があるように。)
しかし、渡来人の大半は先住民の基層文化に習合しながら生きることにしたようだ。程度問題はあるものの、なんとかまとまっていこうとのパトスがあったのだろう。
当然ながら、言語は、宗主国の祖語から発展していくのではなく、多数である先住民語の基層を保ちながら、雑多な言語が習合していくことになる。これは、宗主国の言語が支配する状況から生まれるクレオール現象とは全く違うし、祖語から発展分岐していく流れでもないから、いくら祖語を捜しても見つかる訳が無い。
従って、日本語に系統論を当てはめても全く無意味と言うことになる。

そのような社会では、祖神名称の適当な言葉はなかったかも知れない。
皆、それぞれ独自の神々を崇拝していた可能性が高いからだ。しかし、そのプロフィールが知られ、尊崇すべき神となれば、文化の違いを乗り越えて」信仰が広がったということなのだろう。
ただ、大きな流れとしては、⑧ルール+➌ルールが通用する社会ができていったということか。
・・・太安万侶流歴史観とはこのようなものでは。
【コメント】3貴神譚を真似たかのような3皇子話もありそうだが、巻が異なる場合は同一地平で考えるべきではないと思う。
<~倭伊波禮毘古天皇>日子八井命・八井耳命・沼河耳命
<品陀和氣命>大山守皇子・大雀命・宇遲能和紀郎子
<大雀天皇>伊邪本和気命・蝮之水歯別命・男浅津間若子宿祢命


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