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■■■ 「古事記」解釈 [2021.3.17] ■■■
[75a] 稗田阿礼称賛文は遊びかも
8文字が気になるので追記。📖・・・
  度目誦口 拂耳勒心

浅学の身であるため、多少は違和感を覚えるものの、単純に似ているということで元ネタを設定しただけの話をしてしまったが、はたして、拂という文字が同じように使われていると言ってよいかは、はなはだ疑問。
"払う"は、中学校段階で全員が覚え込まされる筈だが、その感覚で"払耳"という語彙を、稗田阿礼の能力が図抜けていると称賛の表現として適切か考えると、なんとも悩ましい。

"拂"の語義は、調べれば2秒でわかるが、多義とも言いかね、常識的には称賛するに不都合な記述ではないかと思われる。
職業専門家はこんな時、都合のよい用例をどこからか探し出して文脈に合うような字義解釈の【註】を付けることになるのだろうが、ここでは不適当では。「古事記」は読者層が限定的ではあるがあくまでも上奏文であり、読み手が戸惑うような語彙を使う必要があるとは思えないからだ。

一般的に通用している字義はこういうこと。・・・
  拂耳=逆耳/不順耳
    【用例1】以忠拂耳。@「韓非子」安危
    【用例2】拂耳之言,明君爱之。@[宋]宋祁:「宋景文公筆記」雑説

元々、"拂[=手+弗]"の語義に、否定の意味があるから当然である。
    【說文】過擊也。
    【用例】臣竊有所憂、言之則拂心逆指。@「漢書」杜周傳
その感覚だと、この文脈でつかうような文字ではなさそうにと思う。

もちろん、"拭ふ"という意味があるので、耳に新しく入っていくことを表わすと言えないでもないが、強引すぎるように感じる。

ただ、他に出典と言えそうな文が無いから、マ、いいか、となってしまう。再掲しておこう。・・・
〇東方朔[前154-前93年]
  夫談 それ談は、
  
  悖於目 目に悖ひ
  拂於耳 耳に拂り
  謬於心 心に謬ち  有り。
   しかして
  便於身者 身に便なる者有り
   あるいは
  
  說於目 目に説び
  順於耳 耳に順ひ
  快於心 心に快くし  有り。
   しかして
  毀於行者 行ひに毀る者
  非有明王聖主 明王聖主に有ること非ずんば
  孰能聽之? 孰れか能く之を聴かん?
     [「漢書」列傳卷六十五東方朔傳第三十五]

そうなると、"拂耳"無しでかまわぬということで、代替原典を探すしかなくなる。そうなると、コレ。・・・
〇禰衡[173-198年]
  竊見處士平原禰衡 織かに慮士なる平原の禰衡を見るに
  年二十四 字正平 年二十四、字は正平、
  淑質貞亮 英才卓礫 淑質貞亮にして、英才卓礫たり。
  初涉藝文 昇堂睹奧 初め芸文に渉り、堂に升り奥を覩る。
  目所一見 輒誦於口 目 一たび見る所、輒ち口に誦し、
  耳所瞥聞 不忘於心 耳 暫く聞く所、心に忘れず。
  性與道合 思若有神 性 道と合ひ、思ひ神有るが若し。
     [「後漢書」卷八十下文苑列傳第七十下#9禰衡]

心ではなく、性情だが、年齢を示していることもあり、内容類似という観点ではそう悪くないし、"誦口"に触れているから内容的にはこちらとすべきとなろう。
目-見/誦-口・耳-聞/不忘-心という文字配列が揃っているからだが、それを度目誦口・拂耳勒心の元ネタとするのは、どんなものだろうか。

意味で考えるなら、次が一番似ていると言えなくもない。・・・
〇苻融[n.a.-383年]
  耳聞則誦 過目不忘 時人擬之王粲
     [「晉書」載記卷一百十四載記第十四苻堅下#3符融

おそらく、200年に渡って、出所が探し続けられたのだろうが、見つからないかったと思われる。そうなると、好みで上記から選ぶことになろう。出典なしの文章を創るとは思えないからだ。

それにしても、当代随一の知識人が、訳のわからぬ文を記載するとも思えず気にかかる。

簡単な解決策も無いではない。
太安万侶が、ここは一丁遊んでみるかということで書いてみたとすればよいのである。
拂耳は仏像を思い起こさせるからだ。古代、賢明君の大耳朵と被る有福者を表現する言葉だったし。

"勒"も、せいぜいのところ強制とか統率といった意味にならざるを得ず、心に作用するのであるから、適当な用法とは思えないこともある。
    【說文】馬頭絡銜也。
と言っても、それは現代人の眼からの判断。
誰も読めないような文章を逍遙するかのように目を通し始めた途端、それが言葉となって流れ出し、その場の人々の話も耳に入らなくなり、その世界に完全没入してしまうという情景を意味しているのかも知れない訳で。
語り部の存在は珍しくもなかった時代、天皇のお側仕えとして、とてつもない人がいたということかも。

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