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■■■ 「古事記」解釈 [2021.3.24] ■■■
[82] 毘古毘賣用語への拘り
「古事記」には、/姬[=女+𦣝]も、/彥[=文+厂+彡]も、使われていない。そのヒメ・ヒコの表記文字は一様ではない。場当たり的に使われる訳もなく。太安万侶流の区別がなされていそう。
その真意を読むのは難しそうだが、少し眺めておこう。

ただ、ヒメ・ヒコという語彙は多いものの、姉弟/兄妹での対偶的登場は限定的。
色許賣-色許男、毘賣-毘古、日賣-日子という組だが、最初の文字は姫-彦の読みにはならないが、"大穴牟遅神⇒葦原色許男"で使われており、妻である須世理毘売のお蔭で大國主~かつ宇都志國玉~となったことにちなむ対偶称号に見える。

├┐
○""色許男
└─┬△n.a.
┼┼││
[8]大倭根子日子国玖琉命/孝元天皇
└┬△""色許賣命…祖:穂積臣
├─│┬┐
│○大毘古
少名日子建猪心命
…[9]
└┬│…先帝皇后
┼┼…[10]
└┬─△"伊迦賀"色許賣命・・・"伊迦賀"色許男命@[10]代
└┬△"波邇夜須"毘売(河内 青玉の娘)
└○建"波邇夜須"毘古命


├┐
○日子国"意祁都"命…祖:丸邇臣
┼┼
[9]若倭根子日子大毘毘命/開化天皇
└┬△"意祁都"比売命
└○日子坐王
┼┼└┬△沙本之大闇見戸売
┼┼┼├┐
┼┼┼○"沙本"毘古王
┼┼┼┼△"沙本"毘売命/佐波遅比売…[11]皇后

[12]大帶日子淤斯呂和気天皇/景行天皇
└┬△八坂之入日売命(八尺入日子命の娘)
【太子】若帯日子命⇒皇位継承[13]
├○【太子】"五百木之入"日売命
├○押別命
└△"五百木之入"日賣命

皇統譜では2代目から明瞭な男系で、なんらの婚姻譚も無い状態が続くが、上記の8代辺りで、ノスタルジー的な復活がみられたということだろうか。
と言っても、ヒメ・ヒコ信仰なのかはなんとも。その残滓が現代に残存しているとも言い難い。男神のみか、女神のみでペア神社になっていないようだし、合祀で対偶神を祀っている神社も少ないからだ。
  伊加加志神社@阿波麻殖/吉野川川島桑村
      (御祭神:伊加賀色許賣命 伊加賀色許雄命 天照大神)

  鐸比古鐸比賣神社@河内柏原大県
      (御祭神:鐸比売命+鐸比古命)

  龍田神社@大和平群/生駒斑鳩…法隆寺建立鎮護社
      (御祭神:龍田比古+龍田比女)⇒(現在の御祭神:天御柱大神+国御柱大神)


ヒメ・ヒコをことさら注目するのは、古代日本列島の連合王国では、祭祀巫女と軍事指揮官による共立的統治形態だったのではないかとの見方があるから。証拠がある訳ではないが、島嶼の箱庭的環境であると、母系制に適合性が高いし、その発展形として、共立的統治形態の女王国が生まれるのは自然な流れに映る。

もっとも、「魏志倭人伝」における、卑彌呼と弟による統治イメージがあるので、そのコンセプトに馴染んでいるだけのことかも知れないが。
しかも、男王を支える官の称号が"卑狗"なのが印象的。(卑狗はヒクとしか読めないが、用語的にはヒコとしか思えない。)
  其南有狗奴國 男子爲王 其官有狗古智卑狗 不属女王  [「魏書」東夷伝]
《正副大官名》📖南行@魏志倭人伝の読み方
 尊馬國 卑狗 + 卑奴母離
 一大國 卑狗
+ 卑奴母離
 伊都國 爾支 + 泄謨觚柄渠觚
 奴国_ 馬觚 + 卑奴母離
 不彌國 多模 + 卑奴母離

但し、ヒコは"比孤"と記載するようだから、そんな見方でよいのか気にはなるが。
  大業三年其王多利思比孤遣使朝貢   [「隋書」]

ヒコの漢字は、これ以外にもある。
「日本書紀」の百済国の書からの引用文で、"比跪"と記載されている。(朝鮮半島の国々には、古書など何も残っていないので逸文扱いだが、そういう部分はほとんど意味の無い記述と言ってよいだろう。実態は、常に属国だったからだ。そのため、小中華思想に染まっており、史書とは、属国としての立国史を払拭するためのものでしかない。従って、その中身は中華帝国の史書と違って信用性は極めて低かろう。そんなことを知らない筈がないが、「日本書紀」はそれに沿って記述することを強いられたことがわかる。朝鮮半島の支配層は漢語を使うしかなかったから、漢語力で本朝の人々との優劣差が大きく、本朝内部で百済王族系の力が強かったことを物語ると見て間違いないだろう。)

これ以外にも、"比垝"との表記がある。この例だけでの推定は強引ではあるが、称号は(シコヲ⇒) ヒコ⇒スクネ⇒ワケと変わって来たように見える。
[稲荷山古墳出土鉄剣銘文系譜]471年の系譜
 《獲加多支鹵大王》寺@斯鬼宮
意富比垝
 │ =大毘古命([8]大倭根子日子国玖琉命/孝元天皇第1皇子)
 │   子:武渟川別
多加利足尼[≒宿禰]
 │
弖已加利獲居[≒別]
 │
多加披次獲居
 │
多沙鬼獲居
 │
半弖比[ハテヒ]
 │
加差披余[カサハヨ]
 │
乎獲居臣<杖刀人首>


スクネは、恐らくは"大名"の謙譲的表現としての"少名(Sukuna-⇔Sukune)" の呼び変えだろう。(「伊予國風土記(逸文)」では大穴持命+宿奈毘古奈命との記載。"ne.⇔na-"は"アメ/アマ"のような語尾変化ルール。)
上記の系譜表記は、それらを示唆するためのものではあるまいか。太安万侶と稗田阿礼が熟慮の上相談して(叙事詩の文字記録書であれば、どのような精神を籠めた口誦か確認しながら、その表現に最適な表音文字を選定することになる。)、<内色許男命、大毘古命、少名日子建猪心命>と異なる尊称を並べることで、時代性を伝えようとしているように見えるからだ。
随分と凝ったことをするもの。

そうだとすれば、<毘古、日子>の違いについても、そこには太安万侶の考え方が示されているに違いない。天孫系は"日子"とするという単純な表記ではなさそうである。・・・

【別天神】
  宇麻志阿斯訶備比古遲神
【天照大御神の珠の物実神@誓約】
  天津日子根命 活津日子根命
【降臨】
 天若日子 [妻]下照比賣
 阿遲志貴高日子根神
  (猿田
毘古(大)神+天兒屋命+布刀玉命+天宇受賣命+伊斯許理度賣命+玉祖命)
[i]太子正勝吾勝勝速日天忍穗

  ┬萬幡豐秋津師
比賣
[ii]天邇岐志國邇岐志/天津日高
日子番能邇邇藝命
  ┬神阿多都
比売/木花之佐久夜毘売
火照命者/海佐知毘古+火須勢理命+[iii]火遠理命/山佐知毘古/天津日高
日子穗穗手見命
  ┬豊玉
毘賣     穗穗手見命作歌紹介時"比古遲"と記載↑
[iv]天津日高
日子波限建鵜葺草葺不合命(天津日高御子 虚空津日高)
  ┬玉依
毘売
五P命+稻氷命+御毛沼命+[1]若御毛沼命/豐御毛沼命/神倭伊波禮
毘古

[_1]神倭伊波禮毘古命/神武天皇
[_2]神沼河耳命/綏靖天皇

[_3]師木津
日子玉手見命/安寧天皇
[_4]大倭
日子鉏友命/懿コ天皇
[_5]御眞津
日子訶惠志泥命/孝昭天皇
[_6]大倭帶
日子國押人命/孝安天皇
[_7]大倭根子
日子賦斗邇命/孝靈天皇
[_8]大倭根子
日子國玖琉命/孝元天皇
[_9]若倭根子
日子大毘毘命/開化天皇
[10]御眞木入
日子印惠命/崇神天皇
[11]伊久米伊理
毘古伊佐知命/垂仁天皇
[12]大帶
日子淤斯呂和氣天皇/景行天皇
[13]若帶
日子天皇/成務天皇
[14]帶中
日子天皇/仲哀天皇
[15]品陀和氣命/應神天皇


ところが、下巻に入ると、天皇称号に日子の使用は途端に止んでしまう。 宿禰とか別が付く場合も。日子は皇子で例外的に用いられることがあるという程度。
[8]大倭根子日子國玖琉命/孝元天皇
└┬△伊賀迦色許賣命(娶内色許男命の女)
比古布都押之信命
└┬△山下影日賣(木國造の祖/宇豆比古の妹)
┼┼○建内宿禰
┼┼└┬△n.a.
┼┼┼(7男2女で、他の6男子は宿禰。)
┼┼┼○葛城之曾都毘古…祖:玉手臣 的臣 生江臣 阿藝那臣 等
┼┼┼│↑
┼┼┌┘↓
[16]大雀命/仁徳天皇
└┬△石之日賣

[17]伊邪本和氣命/履中天皇
[18]水歯別命/反正天皇
[19]男淺津間若子宿禰/允恭天皇
  [御子]…1后:9御子
  ○境之K日子王 八瓜之日子
[20]穴穂御子/安康天皇
  …后連れ子が斬首
[21]大長谷王子/雄略天皇

  …童の頃、上記両"日子王"が反逆に対応しないとの理由で殺害し皇位継承
[22]白髪大倭根子命/清寧天皇
[23]袁祁王之石巣/顕宗天皇
[24]意祁命(袁祁命の兄)/仁賢天皇
[25]小長谷若雀命/武烈天皇
[26]哀本杼命(品太王五世孫@近淡海國)/継体天皇
[27]広国押建金目命/安閑天皇
[28]建小広国押楯命/宣化天皇
[29]天国押波流岐広庭天皇/欽明天皇
[30]沼名倉太玉敷命/敏達天皇
  [御子]…4后妃:8+2+3+4御子
  ○忍坂日子人太子/麻呂古王
[31]橘豊日命/用明天皇
[32]長谷部若雀命/崇峻天皇
[33]豊御食炊屋比売/推古天皇

こうした文字使用は、音借文字"毘古"⇔訓借文字"日子"と考えたいところだが、よくわからない。日子の対偶が、音から訓の"日女"と思いきや、全巻、称号として全く使われていないからだ。(下巻に地名として日女嶋が登場するだけ。)
女神という称号が使われているから(大戶惑女神 泣澤女神 若昼女神)、女という文字を使いたくなかった訳ではなさそうだし、意図が分かりにくい。(尚、媛、姫、比刀A孫女は使われていない。)
ともあれ、天孫系としてもよさそうな彦・姫は"日子・日賣"が基本らしい。但し、上巻では、沼河日賣だけ。
と言っても、どの巻でも、もっぱら、使われるのは毘賣/比賣。しかも毘と比についても意味がありそう。(㊤毘主流 ㊥比主流 ㊦比のみ)

ただ、"日子"が天孫系のための用語として生まれたのかは、天孫降臨以前に以下の記載があるので、なんとも言えないが。・・・

【神生み】大戶神・・・水戶神速秋津日子神+速秋津比賣
【嫡后 須勢理毘賣命の嫉妬】日子遲~(=大国主命)
【大年神系譜中の神々】奧津日子

天孫降臨以前がオーソドックスな彦・姫の表現となろう。【毘古・毘賣】or【比古・比賣】《二字以音》だが、対偶はほんの一部。毘と比の差異は小生の頭ではわからない。

【国生み 伊豫之二名嶋】🚻
伊豫國愛比賣 讚岐國飯依比古 粟國大宜都比賣 土左國建依別
【国生み 津嶋】
天之狹手依比賣
【国生み 付随6島】
吉備兒嶋建日方別 小豆嶋大野手比賣
【神生み】
🚻石土毘古神 石巢比賣神
大屋毘古神
🚻水戶神速秋津日子神 速秋津比賣神
風神志那都比古神野神鹿屋野比賣神 大宜都比賣神
【伊耶那美神が迦具土神を生み、その結果さらに生まれる神々】
火之R毘古神/火之夜藝速男神/火之迦具土神
🚻金山毘古神 金山毘賣神
🚻波邇夜須毘古神 波邇夜須毘賣神
【黄泉国に行った時の穢れから成った神々】
奧津那藝佐毘古神@左手手纏 邊津那藝佐毘古神@右手手纏
【誓約】
多紀理毘賣命/奧津嶋比賣命 市寸嶋比賣命/狹依毘賣命 多岐都比賣命
【殺された食物神】
大氣都比賣/大宜津比賣神
【須佐之男命系譜】
櫛名田比賣 神大市比賣
【大国主命系譜】
稻羽之八上比賣
(𧏛貝比賣 蛤貝比賣)
根堅州國須勢理毘賣命
高志國之沼河比賣/日賣…上巻は1ヶ所(中/下巻にはそれなりに存在)
【大国主の国づくり】
久延毘古 少名毘古那神
【大年神の系譜中】
秋毘賣神

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