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■■■ 「古事記」解釈 [2021.4.21] ■■■
[110] 「はら」の概念を今に伝える書
"呉原"について取り上げた。📖突然に呉を特別扱い
"呉"がどうのこうのと書いたが、実は、検討したかったのは"はら"の方。

/はらは、ご存じ中華帝国の中原とか太原と地名としてよく知られている漢字。「古事記」でも、高天原や葦原中國という核心的場所を表記する文字である。しかし、その倭語としての概念は、わかっていそうで、なにもわかっていないのが現実。
(従って、漢籍からの漢語引用を誇る「日本書紀」と、その正反対で倭語使用を原則とする「古事記」や「万葉集」での用法を混ぜて解釈したりすれば、益々わからなくなること必定。)

"原"の特徴は、この文字だけでは意味をなさない点。

"腹"とは違って、概念としては抽象そのもので、自立していないのだ。だからと言って、形容語的に使われたりはしない。あくまでも平らで広がっているイメージの具象のようにも思える。心象風景としての地域概念と考えるとよいのかも。
従って、"中核"とか"大元"といった純然たる抽象概念として用いる場合は、文字が変わり、訓も異なってくるのが原則。

例えば、"野"だけで十分に意味が通じるから、その一文字だけでよさそうなものだが、それだけでは山麓域感しかなく、平らに広がっている気分に欠けるから、どうしても"野原"としてしまうように見える。同時に、それによってしみじみとした情感が湧き出して来るようだ。("野原"には訓読みしかないのでは。一方、"原野"と書くと、倭語の原則を逸脱してしまうから、訓読みは避けることになる。源野とすれば、訓読みありとなる。)

以下が漢字の推定由緒だが、これが、神霊を"孕む"地としての"はら"のイメージに当て嵌ったのではあるまいか。特に、植物が鬱蒼と繁茂していたり、古木・大木・奇木の類があると、そこに神々しさや霊気を感じ取れる倭人にとってはドンピシャだったろう。
  [=厂[=崖]+泉[=竹+日+水]]
   ⇒("大元"の意味に集約)…
   ⇒("起源"コンセプトへ限定のための作字)…
    既修太原,至於岳陽。[「史記」夏本紀]
    原心定罪。【注】師古曰:原,謂尋其本也。[「薛宣傳」@前漢]
従って、上述したように、神が差配する広々とした地は、必ず"原"と呼ばれる。
【神の地】
  高天原 & (天安之)河原
  海原
  葦原(中國) or (豐)葦原(之千秋長五百秋之水穗國)

このため、「万葉集」には植物名の原が詠まれた歌が多くなる。ところが、「古事記」での地名には余り登場してこない。
ザッと眺めてみよう。
【植生的情景の地】
  萩原
  (竺紫日向之橘小門之)阿波岐原[橿木の一種]
これしか無いようだから、意識的にできる限り避けたのかも。植物名の原の地を出自としている氏族が多いから。
【植生地名=居住氏族代名≒名代】
   栗原 樫原 檮原 浅茅原 草原 竹原 檜原 榛原 藤原 菅原 等々
もちろん、地名を動物名にすることもできるが、「古事記」には出てこない。
【棲息動物的情景】
  − ・・・菟原 鹿原が知られている。
特定の生き物が目立たない地でも、石原や池原のように呼ばれるが、地名としては限定的。「古事記」登場は河原だけか。
【地勢的情景】
  (飛鳥河之)河原

こうして眺めてみると、"呉原"という表現はかなり特殊という気にさせる。それに、場所的に開けた土地でも無さそうなのに原だし。
葦原中國と並ぶ国としての呉を尊重して名付けられたことを指摘している可能性もある。
この時代の呉ではないが、「梁書」によれば、倭王は"(呉の)太伯之後(裔)"と外交官が語ったようだし。
【民族居住域】
  呉原

ちなみに、この呉=吳[=口+夨]だが、白川によれば、祭器を担いで踊る姿の形象であり、娯楽の発祥元と考えてよさそう。

ただ、特殊という点では、もう一つの命名もあげることができるが、これは元々存在していた植物名の原に物語性を付与したように見える。
【戦闘的情景】
  (宇陀之)血原

参考に【「古事記」地名譚】を網羅的に並べておこう。

--伊邪那岐命伊邪那美命二柱神段--
   是"淤能碁呂嶋"。
   故因此八嶋先所生謂大八嶋國"
--速須佐之男命段--
   故其地者於今云"須賀"也。
   …須我社@「出雲國風土記」大原郡はあるが、話は"須佐"。
--神倭伊波禮毘古命/[1]神武天皇段--
   故號其地 謂"楯津"。於今者云日下之"蓼津"也。
   …東大阪市盾津
   故謂"血沼海
   …大阪湾"茅渟"@堺〜岸和田〜泉南
   故號其水門 謂"男水門"也。"也。
   …水門吹上神社@和歌山小野
   故曰:"宇陀之穿也。
   …宇陀菟田野宇賀志
   故其鳴鏑所落之地。謂"訶夫羅"前"也。
   …n.a. 宇陀周辺に当該地名見当たらず。
   故其地謂"宇陀之血原"也。
   …宇陀菟田野宇賀志
--御眞木入日子印惠命/[10]崇神天皇段--
   名其地謂"美和"也。
   …大神神社@三輪
   故號其地 謂"伊杼美"。今謂"伊豆美"也。
   …木津川加茂法花寺野(泉川⇒和訶羅川⇒木津川)
   故號其地 謂"屎褌"。今者謂"久須婆"。
   …枚方楠葉
   故號其河 謂"鵜河"也。"。
   …n.a.@淀川/木津川流域
   號其地 謂"波布理曾能"。"。
   …相楽精華祝園出森
   故其地 謂"相津"也。"。
   …会津若松一箕八幡北滝沢
--伊久米伊理毘古伊佐知命/[11]垂仁天皇段--
   故號其水門 謂"和那美之水門"也。
   …長岡川口和南津
   故號其地謂"懸木"。今云"相樂"
   …相楽和束白栖
   故號其地 謂"墮國"。今云"弟國"也。
   …山城乙訓/長岡京天神
--大帶日子淤斯呂和氣天皇/[12]景行天皇段--
   故其地者 於今謂"燒津"也。
   …焼津で無いかも。
   故號其國謂"阿豆麻"也。
   …駿東小山竹之下
   故號其清泉 謂"居寤清泉"也。
   …米原醒井
   故號其地 謂"當藝"也。
   …美濃養老
   故號其地 謂"杖衝坂"也。
   …四日市釆女
   故號其地 謂"三重"。
   …四日市釆女
--帶中日子天皇/[14]仲哀天皇段--
   故號其御子生地 謂"宇美"也。
   …福岡糟屋宇美
   故號其浦謂"血浦" 今謂"都奴賀"也。
   …敦賀曙
--品陀和氣命/[15]応神天皇段--
   故號其地 謂"訶和羅前"也。
   …京田辺河原里ノ内
--大雀命/[16]仁徳天皇段--
   故號其地 謂"御津前"也。
   …大阪心斎橋筋
--伊邪本和氣命/[17]履中天皇段--
   故號其地 謂"近飛鳥"也。
   …羽曳野飛鳥
   故號其地 謂"遠飛鳥"也。
   …高市明日香村稲渕
--大長谷若建命/[21]雄略天皇段--
   故號其地 謂"呉原"也。
   …高市明日香栗原
   故自其時號其野 謂"阿岐豆野"也。
   …吉野川上西河
   故號其岡 謂"金鉏岡"也。
   …n.a.@春日
--袁祁之石巣別命/[23]顕宗天皇段--
   故其地謂"志米須"也。
   …高市明日香祝戸

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