→INDEX

■■■ 「古事記」解釈 [2022.2.1] ■■■
[396]沙本毘賣命譚は大衆路線的
せっかく沙本毘賣命譚を引用したので📖、もう少し見ておこう。

同腹兄妹の肉体的交情は禁忌であるが、"愛"の感情はあって当たり前ということかもしれない。
兄が妹に面と向かって問うのだから。・・・
 「孰愛夫與兄歟?」

《𢙴[㤅[旡+心]+夂]⇒夂⇒愛》
  =對人或事物有深厚真摯的感情⇒男女間有情
  [音]アイ
  [訓]いと-し かな-し おし-む めで-る

一方、天皇は恋しい皇后の膝枕で寝ていて、殺されかかったが、その時夢を見ていた。
皇后の涙で目覚めた天皇は、その話をする。・・・
 「吾見異夢
  沙本@佐保の本より暴雨零り来て
  急かに吾が面を沾した
  又 錦色の小蛇が我が頸に纒繞り」

そこで、皇后は兄とのやり取りで、言われた事を話してしまう。
 「"吾與汝共治天下 故 當殺天皇"云」

この箇所は、現代人が普通に読めば、稚拙な書きっぷりとの印象を抱く筈。
暗殺未遂の顛末を皇后が天皇に縷々語るのだが、その経緯はすでに記載済みであり、全く同じ内容が重複して記載していることになるからだ。作家の卵の習作でもこのような意味の薄い表現をすることはまずなかろう。
しかし、これは散文としての常識にとらわれているから。
叙事詩の場合は、くどい位のリフレインが語句で行われることでわかるように、文章の意味を読むことより、口誦による気分伝達が重要という歌謡の基本を示しているということではあるまいか。
要するに、この話は繰り返し聞かせられる類に該当する、人々の琴線に触れる話であることを示していることになろう。

もっとも、現代人から見ても、この話は面白い後世である。重複しているからこそ、皇后奪還に失敗しても、尚、諦めきれない様子が大衆小説的に強調されることになるからだ。
その場から去りがたい天皇はなんとかできないかと皇后に話しかけるシーンが実感的に伝わってくる仕掛け。・・・
 又問其后曰:
  「汝所堅之美豆能[みづの]小佩者 誰解?」

汝が堅く結んでくれた、瑞々しい下履きの小帯を誰が解いてくれるのだ、と切々と情で訴えるのである。当時、男性が貞操帯のようなものを身に着けているとは思えないから、交情の際には女性が男性の帯を解く習慣があったことがわかる。マ、下ネタ的で格調は低いように思ってしまうが、それは儒教的感性での評価である。
このあたりの天皇と皇后の掛け合いが面白いことが人気歌謡となる所以ではなかろうか。

 (C) 2022 RandDManagement.com  →HOME