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■■■ 「古事記」解釈 [2022.2.2] ■■■
[397]皇后遺言通りの婚姻譚は不確定伝承か
👰👰沙本毘賣命の遺言の面白さを強調したが📖、それは個人的に気にいったからではない。太安万侶が、この部分はえらく気に入られていると書いているからだ。
もちろん、直接そのような記述があるわけでは無く、異なるお話が並列的に存在していると、指摘しているからだ。この箇所であれば、それをあからさまにしてもよかろうということで。
都合、4種の異なる伝承を紹介しているのだが、ストーリー部分は他の3種すべてに通用するようになっており、一般化された記述である。お話としてはこれを標準にしておくべきとの判断だろう。

小帯を解いてくれていた恋しい汝がいなければ、交情もできないではないかと、つらつらと戻って欲しいと懇願するのだが、御子を引き渡してしまい後は死ぬのみとの、皇后の決意は固い。・・・
  答白:
  「旦波比古多多須美智宇斯王之女
    名 兄比賣 弟比賣
   茲二女王淨公民 故宜使也」

《皇后沙本毘賣命の遺言》は兄比賣 弟比賣の2柱だが、《❾若倭根子日子大毘毘命/開化天皇段冒頭皇統譜》では、比婆須比売命 真砥野比売命 弟比売命の異腹姉妹は3柱。整合性をとるなら、兄比売が姉の一般名と考え、女王に就いていない1柱を除外したことになる。・・・
❾若倭根子日子大毘毘命/開化天皇
└┬△意祁都比売命<丸邇臣先祖 日子国意祁都命の妹>
┌┘
日子坐王
└┬△息長水依比売
┼┼(近江 御上祝 が斎 する天之御影神の息女[姉])
├┬┬┬┐
○丹波 比古多多須美知能宇斯王
└─────┬△丹波河上 摩須郎女
││││├┬┬┐
││││比婆須比売命
││││┼┼真砥野比売命
││││┼┼┼弟比売命
││││┼┼┼┼朝廷別王
││││┼┼┼┼↓…祖
││││┼┼┼┼三河穂別
水穂真若王
↓…祖
近江安直
┼┼神大根王/八爪入日子王
┼┼↓…祖
┼┼三野国本巣國造
┼┼長幡部連
┼┼┼穂五百依比売
┼┼┼┼御井津比売

それで済めばどうということもないが、肝心要の筈の皇統譜上で記載が確定していないのである。遺言に従って婚姻関係を結んだと思うが、2柱ではなく3柱なのである。
《⓫伊久米伊理毘古伊佐知命/垂仁天皇段冒頭皇統譜》では、氷羽州比売命 沼羽田之入日売命 阿邪美能伊理毘売命と記載されている。3柱であり、単に微妙な文字表記上の違いであるものの、弟比売に当たるのが、次女と末女の順番が入れ替わっている。・・・
⓫伊久米伊理毘古伊佐知命/垂仁天皇
└─┬△氷羽州比売命(旦波比古多多須美知宇斯王の娘)
├〇印色之入日子命
├⓬大帯日子淤斯呂和気命/景行天皇
├〇大中津日子命(祖:山辺別, 三枝別, 稲木別, 阿太別,
   尾張国三野別, 吉備石无別, 許呂母別, 高巣鹿別, 飛鳥君, 牟礼別)
├△倭比売命(伊勢大神宮 拝祭)
└〇若木入日子命
└─┬△沼羽田之入毘売命(氷羽州比売命の妹)
├〇沼帯別命
└〇伊賀帯日子命
└─┬△阿邪美能伊理毘売命(沼羽田之入日売命の妹)
┼┼├〇伊許婆夜和気命(祖:沙本穴太部之別)
┼┼└△阿邪美都比売命
(・・・このように書くと、重箱の隅をつつくような検討に見えるだろう。しかし、「古事記」はそれに耐えるだけの内容が吟味されて盛り込まれている可能性もあり、検討する価値はあるかも。国史は有能な官僚グループが編成されているから、記載上の整合性とに気を遣い、政治的忖度をするので、必要なら"訂正"や"挿入"を厭わない筈だが、太安万侶はリスクの極小化は不可欠だから、ソースは必ず存在し、説明できない変更をするとは思えない。整合性を欠くとすれば、そこになんらか伝えたい点があったりして。こればかりは、なんとも言い難いが。)

さて、ここでこの天皇段本文に記載されている"本命"の記述を見ておこう。上記と違って、こちらはストーリーがある。娘は比婆須比売命 弟比売命 歌凝比売命 圓野比売命の4柱。そのうち婚姻したのは2柱とされ、美しくないということで2柱は返されてしまい、うち1柱は帰国途中で自死を選ぶ。・・・
《隨后之白喚》と書いてある通り、天皇は皇后の遺言を遵守し、比婆須比売命こと兄比賣と弟比賣の2柱との婚姻を実現させた。
この 婚姻譚の前に、遺児である皇子譚があるから、皇后遺言時には兄比賣と弟比賣しか婚姻可能年代に達していなかったということかも知れぬが、ともあれ、遺言になき、妹を娶ることは避けたとも読める。女系的様相を残しながらの入嫁であると、姉妹全員との婚姻が原則となるが、皇孫の南九州王朝期にも同様に娶らずという有名な話があり、同じような話の繰り返しと見ることもでき、倭で好まれるモチーフであることがわかる。
このため、色付けされたバラエティに富む伝承譚が存在していたのではなかろうか。流石に、皇嗣の母である比婆須比売命についての揺らぎはほとんどなかったようだが。

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